2月10日のトランプ大統領と安倍首相の訪米会談は、予想外に成功したとみられる。日米経済対話を設けて、いくつかの課題を議論することが決まり、今後は爆弾発言が控えられるだろう。もしも、大統領が為替に不満を漏らしても、制度上、それを政策に移す場は対話になるため、為替批判のインパクトは薄まっていくと考えられる。
読めないトランプの読み方
空気を読んだのはトランプ大統領であった。2月10日の日米首脳会談は終始トランプ大統領が安倍首相を歓迎するムードにつつまれた。事前には、為替や貿易についての爆弾発言が飛び出すのではないかと多くの関係者が身構えていたことだろう。その緊張を感じさせない配慮をトランプ大統領は十分に行い、共同会見の質疑応答でも危険な質問をうまくかわした。
まず、なぜトランプ大統領が平穏を保つ選択をしたのかを考えたい。伏線は、直前に中国に対して「1つの中国」を尊重する姿勢へと一転したことだろう。この転身が何故に行なわれたかについては、ティラーソン国務長官の意見を容れたからだとされる。日米同盟の重要性を会談で強調したのも、マティス国防長官の訪日の延長線上にみえる。つまり、会談で為替や貿易を持ち出すのが得策ではないとスタッフから言い含められていたと考えられる。日本側は、麻生財務相とペンス副大統領の間で「日米経済対話」を設けることで為替や貿易、その他の経済問題を腰を据えて議論する手法へと切り替えることに成功した(図表)。問題の処理がトップダウンから実務者協議へとシフトすることを、トランプ大統領はスタッフから説得されたとみられる。これで、一応は為替レートに対するトランプ発言が一気に不透明感を生み出すような局面は来ないと思える。なぜならば、それをすれば、今度は経済対話が蔑ろにされることになるからだ。
別の見方をすれば、トランプ大統領は現在移民排斥で争っているから、外交で新たな火種はつくりたくなかったと考えることもできる。すでに外交では、メキシコやオーストラリアとの間で摩擦がある。多面作戦を展開する余裕はなく、日本は少なくとも味方につけておきたいと思ったから、日米会談は良好に運んだと理解できる。円安批判、貿易問題は、今までの発言でもう薬は十分効いていると考えて、対面では強調する必要性は乏しいとみたのかもしれない。
トランプ大統領にどのような事情があるにせよ、日本との友好を壊したくないと考えているトランプ大統領の誘いにのったことは成功だったとみてよい。
日米経済対話の行方
この日米経済対話は、1989年からの日米構造協議を髣髴とさせる。しかし、日米構造協議は、日本の市場開放を狙っていたので、それと比べると今回の経済対話はもっと漠然としている。安倍首相は、貿易赤字批判に対して、日本からの対米直接投資の大きさを強調する反論を用意していた。残高ベースで、日本は米国に50兆円、米国は日本に6兆円しか投資をしていない。トランプ大統領が貿易赤字のアンバランスを指弾するのならば、日本は米国から企業進出(対日直接投資)のメリットを受けていないと反論できた。そのカードは直接使わなかった。
今後、経済対話で米自動車の日本市場における存在感の小ささが指摘されるかもしれない。もっとも、この分野で米国側は正当な理由を挙げて議論しにくいとみられる。むしろ、農産物の輸入拡大を求められると、TPP交渉時、農業問題が揉めたときのように日本国内の政治を揺さぶる可能性がある。
焦点は、この対話が日米FTAに展開していくかどうかである。日米の共同声明では「米国がTPPから離脱した点に留意し、両首脳は最善の方法を探究する」とある。米国が、TPPに再加入することはないとしても、バイからマルチへの展開へと舵を切るチャンスを模索したい。
ひとつ気になるのは、「自由で公正な貿易のルールに基づいて、日米両国間及び地域における経済関係を強化する」という点である。日本は関税率のない「自由」を求めている。米国は不公正な部分を指摘し、それを是正する仕組みを入れることで「公正」と言いたいのだろう。その思惑が次の経済連携を妨げる可能性があることである。
通貨安誘導との批判
日米会談の同行筋からは、為替への言及はなかったとされる。ただし、共同会見の質疑では、中国の為替政策に言及した質問への回答で「(通貨切り下げに関して)多くの人が思っているよりずっと早く、私たちは公平なフィールドでプレイすることができると考えている」と述べている。これが何を指しているのかは筆者にはよくわからない。
一方で、共同声明では「三本の矢のアプローチを用いていくとのコミットメントを再確認した」とある。日本の立場は、デフレ脱却のための金融緩和によって結果として円安になることは為替誘導ではないというものだったから、共同声明は、米国が日本の論理を認めたとも受け取れる。
トランプ大統領が長く通貨安に不満を持っていることが、動かしがたい事実であるから、今後も不満が述べられることはあるだろう。それでも、制度上、大統領の不満を政策に変えていく術がないので、今後の発言は今までよりも重視されなくなっていくとみられる。
未来は過去のイメージよりも良くできる
日米関係を鳥瞰すると、日本が2020年の東京五輪をグローバル化のチャンスに変えていくには、日米経済連携が欲しいところだ。しかし、すぐに日米FTAと交渉を進めると、他方で進めようとする他のマルチ連携との兼ね合いが難しくなる。筆者は、少し時間をかけてでも米国がマルチ連携にシフトするのを待ち、日米FTAは時間稼ぎをして進めない方が良いと考える。今回の会談だけでは、マルチ連携へのシフトを展望できない。まずは、個人的な関係から始めるという戦略性で臨めばよい。皮肉な結果として、先日の日露首脳会談とも似ていなくもない。要するに1回で決められることは少なく、それを批判しても仕方がないと構えるべきなのだろう。
思い出してほしいのは、11月の大統領選でヒラリー・クリントンが落選したときの失望である。クリントンならば日米関係を現状維持できていたと私たちは思っていた。クリントンでもTPPは反対だが、当選後は何とかなると考えていた。オバマ政権は、中国と接近して、日本の地位は大きく後退させられた。過去に思い描かれていた日米関係を、今後のトランプ=安倍の関係を軸にして、もっと好ましいレベルに引き上げることはできないのだろうか。識者やメディアが今回の日米会談を大歓迎でみている背後にある心理は、「オバマやクリントンの場合の日米関係よりも良くできるのではないだろうか」という暗黙の期待感があるからだろう。
無論、トランプ大統領が火種となるリスクを軽視すべきではない。安倍首相が今回、火中の栗を拾うかたちで、トランプ大統領の懐に飛び込んだのは、2021年まで首相を続けるとすれば、リスクをテイクする価値があると思って早期の会談を組んだのだろう。
未来の日米関係の構想力を高めることが、わが国にとって目先の摩擦に戦々兢々とするよりも、ずっと生産的なことだと考える。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 経済調査部 担当 熊野英生