トランプ次期大統領が決まって、日経平均株価は、翌日大きく戻した。楽観するのはまだ早すぎる。次の注目は、12月のFRBの利上げである。ここで、さらに次の日銀緩和観測がどうなるかが決まる。地政学リスクや米国内政治の不安定化など不透明要因は多い。

次の注目は12月利上げ

 大統領選挙から一夜明けた東京市場は、株価が前日比1,092円高と急反発し、為替レートも1ドル105円台に戻った。市場心理は、急激に楽観へと傾き「トランプ大統領は悪くないかも」と思い直し始めている。専門家と呼ばれる人々が、政治も経済もこれほど先を見通しにくくなっている時代はないと思われる。

 そこで、本稿ではより確からしい当面のイベントの予測を行なうことで、目先の市場のボラティリティに目を奪われることなく、シナリオを考えてみることとしたい。

 まず、当面のテーマは、12月に迫っているFRBの追加利上げである。トランプ氏は、イエレン議長の再任を認めないと発言した経緯がある。トランプ氏は、金融引き締めに反対姿勢であり、ドル安を歓迎する。だから、中央銀行の独立性などに配慮することなく、勝手に発言したのだろう。

 一方、イエレン議長にとっては、踏み絵を踏まされる結果となった。政治的圧力があっても、これを無視すればよいが、すでに12月利上げが秒読みになっていて、そこでの判断が火種となってしまう。FRBは政治の風向きを考慮せずに利上げする公算が高いとみるが、そうなると正式に大統領になるトランプ氏にボールを投げることになる。おそらく、これがトランプ氏のマーケット感覚を試す最初の試金石になるのではないか。

 為替レートは、トランプ氏の追加的な反応をみながら、トランプ氏をトップに頂いた米国が抱えるリスク、すなわち新しい米国リスクを織り込んでいくことだろう。トランプ氏の振る舞いが大人とみればドル高円安。意に沿わない利上げを牽制してくれば、ドル安円高への流れができるだろう。

惑わされる日銀

 FRBの今後に最も影響を受けるのが、日銀の金融政策である。9月の総括的検証で政策の枠組みを変えた。イールドカーブ・コントロールを設けて、日米長期金利差が拡大するのを、我慢強く待つという持久戦の構えに作戦を切り替えたのである。その時点では、しばらく追加緩和はないと思わせたが、今、雲行きが怪しくなっている。イールドカーブ・コントロールの下で円安が進むのは、米追加利上げがあるときである。つまり、日銀は、帆船のように米国からの追い風を推進力にして前進する仕掛けに賭けたのだ。今、その追い風が変わるかもしれないという不確実性が強まっている。

 円高リスクに日本経済が弱いことは言うまでもない。この12月は今期・来期の企業収益を予想しながら、労使が春闘の準備をし始めるという大事な時期である、円高予想が強まれば、経営者はベースアップに慎重になって2017年度一杯の賃上げを小さなものに止めようとするだろう。デフレ脱却が遠のく分、日銀に緩和圧力が強まる。

試される地政学リスクの管理

 大統領選挙が終わって、安倍首相はトランプ氏に祝福の電話をかけた。おそらく、トランプ次期大統領を最も喜んでいるのは、ロシアと中国の首脳であろう。ヒラリー・クリントン氏の積極外交とは、トランプ氏が選択する未来は180度異なるとみられているからだ。

 問題は、今後、地政学リスクが顕在化したときに米国が介入に踏み切るかどうかである。オバマ政権でさえ、世界の警察官を降りたと言われた。トランプ氏の対応が始めは不干渉の方針を持ったとしても、事の成り行きによっては、積極外交に回帰する可能性はある。8年間オバマ政権も、当初は中国と組んで問題解決に当たるG2体制をイメージしたが、ごく短期間でそれが無理だとわかって方針を変えた。一時期はG0(ジーゼロ)という言葉が流布された。この地政学リスクは、金融市場の波乱としてクローズアップされる可能性がある。今はあまり意識されない地雷のような存在とみることができる。

 地政学リスクは、資源価格を上げる要因である。そこにFRBの利上げができず、日米欧のいずれもが金融緩和をすれば、利子のつかない資源の値上がりには拍車がかかるだろう。

米国中心の世界観は続くか

 多くの人が忘れている言葉は、「政権交代リスク」である。今まで普通だったコミュニケーションが不自由になって、ある日突然、「空気が変わった」と気付かされる。現時点では、米上下院とも共和党が多数派になって、法案を通しやすいとポジティブな評価である。反面、トランプ氏の過激な発言を、そのまま政策にしても議会は通らないと言われる。これが、楽観論者の「トランプ大統領でも変わらない」という根拠になっている。しかし、落とし穴はトランプ政権のホワイトハウスと議会との関係が蜜月でいられなくなったときである。米国内政治が停滞すると、同時に外交も手薄になる。これも市場の火種としてカウントすべきだろう。

 さらに、米経済がうまく高成長したときに、日本が貿易のメリットを今まで通りに享受できるかどうかに不確実がある。悪いシナリオとして、保護主義が台頭するリスクである。TPPはマルチの交渉であり、バイラテラルな関係で保護主義政策が採れない体制である。TPPへの参加を米国が止めることは、バイラテラルな関係で保護主義的なことがやりやすくなる。

 今後、トランプ大統領が2017年1月に正式に誕生すると、安倍首相が訪米して、そこで貿易体制についての議論が行なわれるだろう。もしも、TPPの世界観から大きく離れた日米貿易の関係になると、日本にとって東京五輪前後の成長イメージが大きく変わってしまう。わかりやすく言えば、トランプ政権下の米経済成長の恩恵が日本に伝わりにくいことになる。

 筆者は、今後3ヶ月程度がそれ以降の日本経済の行方を大きく左右する大事な期間になるとみる。楽観するのは、まだ早すぎる。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 熊野英生