予想外の結果として、トランプ大統領が誕生することになった。これで金融市場には円高予想が暫くは重石としてのしかかる。FRBの利上げも早期で打ち止めになる公算が高まった。我が国にとっては、2020年の東京五輪に向けて、暗雲が立ち込める。今後、安倍政権は外交努力を更に求められることになる。

2016年最大の「まさか」

 まさかの結末になった。米大統領がドナルド・トランプ氏に決まった。2016年は3つの“まさか”が起こった。マイナス金利、英国の国民投票、そして3番目がトランプ大統領のまさかである。2017年1月から2021年1月までの4年間、我が国はトランプ大統領の米国と付き合わなくてはいけない。この期間内に我が国は2020年8月に東京五輪を迎える。日本経済にとって飛躍のための最後のチャンスの時期にトランプ大統領の米国と強いパートナーシップを築いていかなければならない。今回の選挙結果は、CHANGEを掲げたオバマ大統領への8年間の不満が新しいCHANGEを目指しているトランプ氏にバトンタッチさせることを決めたのだが、日米関係がにわかにCHANGEしてもらっては困る。今後、東京五輪をCHANCEにしたい日本にとって、今最大のCHALLENGEに直面したように思える。

焦点は為替

 数々の論点を整理して考えてみたい。まず、目先の問題は次の3つ。①FRBの利上げ、②TPPの行方、③米財政赤字である。トランプ氏は常々FRBの利上げには批判的であり、ドル高も好ましくないと考えている。目先、FRBの12月利上げが困難と言う見方から暫くドル円レートは円高に向かい、日経平均株価も下落するとみられる。FRBは独立性を見せようとするだろうが、トランプ氏との間の摩擦は避けられないだろう。円高リスクは、2016年度の日本企業の収益にも重石になって、来春の春闘の見通しを暗くするだろう。

 また、TPPに反対するトランプ氏のもとで、貿易連携は仕切り直しを余儀なくされるだろう。もともと米国がTPPに参加してきたのは、対中国の連携の必要性からである。トランプ氏がAIIBを設立してパワーを拡大する中国への対抗を全く考えないということは無いだろう。TPPは頓挫するとしても、別の連携の枠組みが用意される可能性はある。日本としては、そうした連携を実現するためにリーダーシップを発揮する必要がある。

 そして、米財政赤字の懸念である。トランプ氏は大規模な減税を打ち出している。特に、法人税は35%を15%にするという大胆なものだ。一連の政策には財政を良くしようとする姿勢が見られない。米国の長期金利が、トランプ氏の諸政策をみてどう反応するかが注目である。長期金利が上昇してドル安が進むと、行き場を失った過剰マネーは再び新興国などへと向かうのだろうか。また、FRBの利上げが早めに打ち止めになると、これも過剰流動性を生む要因になる。米国内では不動産、海外では資源、新興国通貨というかたちになるのだろうか。

日本の課題

 トランプ氏は選挙中に米軍基地の負担について駐留国に「負わせる」と語っていた。その実効性は判らないが、方向性として日本が防衛費などをより多く負担しなくてはいけないという連想が働く。先の米法人税減税は、米国だけが高かった法人税率を引き下げることになり、日本でも追加的な税率の引き下げが論じられる可能性がある。米大統領選挙の結果は、日本の財政再建にも暗雲を漂わせるものである。

 トランプ氏のスタンスは、自国優先主義、すなわちモンロー主義である。中東・アジアでの米国の存在感が万一小さくなれば、日本以外でも財政負担が増して、自前で外交問題を処理するコストを有形無形に負うことになるだろう。仮に、地政学的リスクに米国が介入しなくなると、資源価格が上昇する要因にもなる。

 日本にとっては、対中国と対ロシアの関係をもっと深く考えていく必要に迫られる。韓国や台湾、ASEANと連携した新しい経済外交の軸を設けていくことにもなる。12月にロシアのプーチン大統領訪問を控えている安倍政権は、以前にも増してロシアとの経済外交が重視されるとみられる。

当面の米国

 米経済は2016年後半から成長率を加速させている。「トランプ大統領だから景気腰折れ」というシナリオではないだろう。むしろ、2017年以降、経済成長の中で不健全な部分が放置されることがリスクになる。

 当面は、トランプ政権内で誰が経済政策を仕切っていくかに注目が集まる。トランプ氏の経験が未知数であるから、人事が決まってもさらに政策の輪郭がはっきりしない可能性がある。いずれにしても、新体制の顔ぶれが焦点になると考えられる。

 トランプ大統領の誕生は、イギリスのEU離脱がグローバル化の巻き戻しという批判を受けようとしているのと同じ種類のリスクを抱えている。もしも、貿易などの分野で内向きの対応、例えば保護主義的対応を採れば、米国企業のグローバル化にも打撃が及び、日本企業にも試練が起こることが警戒される。

東京五輪に向けて

 東京五輪のチャンスを拡げるために、日本は米国、アジアとの経済連携を強めていかなければならない。内向きのトランプ大統領との間で自前の外交努力をもっと強いられるだろう。私たちはそうした負担を覚悟しながら、最後のチャンスである東京五輪の成功に向けて進んでいく必要がある。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 経済調査部
担当 熊野英生