バブル崩壊から今に至るまで、日本企業は「選択と集中」と「持たざる経営」を進めてきた。だが新たな事業創造ができず、成長軌道に乗れずにいる。

そこで、『持たざる経営の虚実』(日本経済新聞出版社)を出版したフロンティア・マネジメント代表取締役の松岡真宏氏に、日本企業が目指すべき道について4回に渡って寄稿してもらった。

4回目は特集の最終回。今後、日本企業が成長するために進むべき道を示してもらった。

松岡真宏(まつおか・まさひろ)氏
東京大学経済学部卒。バークレイズ証券、UBS証券などで流通業界の証券アナリストとして活動。2003年に産業再生機構に入社し、カネボウとダイエーの再生計画を担当する。2007年よりフロンティア・マネジメント代表取締役。近著に『時間資本主義の時代 あなたの時間価値はどこまで高められるか?』(日本経済新聞出版社)がある。

中立性を捨ててまでも「プリンシパル化」

「持たざる経営」の虚実#4
(画像=Hanyu Qiu/Shutterstock, ZUU online)

この特集で触れてきた「プリンシパル化」は、既にあちこちで始まっている。その好例は日本の大手商社だ。従来の商社は、様々な商品やサービスの取引を仲介することで、取引に伴う口銭を主要な収益としてきた。その際、中立性を重要視し、どこか一つの大手の取引先との関係を意図的に深くすることは避けてきた経緯がある。

しかし、この10~20年は中立性を捨て、川上、川下のプリンシパル化を積極化させている。例えば、コンビニエンスストアに代表される流通業など事業会社への投資。三菱商事によるローソンへの出資を皮切りに、伊藤忠商事によるファミリーマートへの出資など、流通各社をグループ内へとプリンシパル化することを積極化させている。流通機能のプリンシパル化で、商社グループは、食のバリューチェーンの川上から川下までの一気通貫の最適化を行うことを志向している。中立性を放棄することによる損失と、バリューチェーンのプリンシパル化による利益とを天秤にかけた結果だろう。

サービス業においても同様の動きが進む。米国に本拠を置く著名コンサルティング会社であるアクセンチュアやジェンパクト。従来は、彼らは企業のビジネスプロセスの改善を目して、外部の第三者としてクライアントに知見を提供し、その対価を得ていた。しかし、昨今では、自らのバランスシートを使用し、クライアント企業の資産や従業員を積極的に引き受け、プリンシパル化している。

プリンシパル化は、中立性こそがビジネスの根幹と思われるような産業でも始まっている。例えば、サイト運営会社が、サイト上で売買される商品やサービスの製造や仕入れをプリンシパル化する事例だ。

持つ経営を進めるZOZO

M&Aだけが、プリンシパル化の手法ではない。衣料品通販サイト「ゾゾタウン」を運営するZOZOが、商品企画から製造・販売まで一貫して手掛けるプライベートブランド(PB)を発売することが報じられた。同社は、創業以来、販売手数料で稼ぐ「持たざる経営」をしてきたが、今後は在庫リスクも抱える「持つ経営」に踏み出す。

これも、衣料サイト運営会社が自ら商品を開発・販売するというプリンシパル化の動きだ。サイト運営者にとって、第三者であるアパレル製品提供者との様々なやり取りにかかわる取引コストを考えると、プリンシパル化した商品・サービスを扱う方が経済合理的であるという経営判断だ。

プリンシパル化とは、資本を使って、在庫、資産、株式、従業員を新たに内部化するという行為。これは、バランスシート(B/S)を使って、売上の拡大や収益性の改善を行うことであり、「B/SでP/Lを作る」と言い換えることができる。

その一つが高島屋だ。同社は、2013年11月にユーロ円建てのCBを650億円発行し、巨額の資金調達でB/Sを拡大させた。そして、翌12月にそのキャッシュを使い、同社の新宿店と立川店の不動産を追加取得した。つまり、プリンシパル化したのだ。

新宿と立川の2店舗の不動産投資の支出総額は1170億円。結果として、2店舗の家賃は、年間で合計40億円前後減少したと言われている。この一連の動きは、1170億円の投資で年間40億円のリターンを得る行為であり、年3.4%のリターンを生み出す投資だったと言える。

言わずもがなだが、店舗改装の有無、家賃など、リース店舗であれば店舗保有者との様々な交渉という取引コストが高島屋に発生するが、自社店舗としてしまえば、これら取引コストはまったくゼロとなる。

超低金利がプリンシパル型経営を後押し

プリンシパル型の経営を後押ししているものとして、低金利も重要なファクターだ。

長期の低金利という経済環境は、B/Sをうまくテコにして、収益を成長させる度量を持った企業にとってはフォローの風となる。振り返ってみると、バブルが崩壊して以降、日本における経営論談は、プリンシパル型とは逆のことが経営手法の保守本流と言われていた。90年代後半の「選択と集中」がそうだったし、それ以前は80年代の「持つ経営」と「持たざる経営」がその最たるものであった。

松岡真宏
(画像=本人提供)

ダイエーやそごうなど、店舗不動産を保有して積極的な設備投資をして成長してきた小売企業が、実際に経営危機や経営破綻に見舞われたことで、「持つ経営」は不適切な経営と判断された。一方、店舗不動産を保有しない「持たざる経営」が王道と言われてきた。80年代のイトーヨーカ堂は「持たざる経営」の象徴とされ、「持つ経営」の象徴であるダイエーとの比較感で高い評価を得ていた。

しかし、「持たざる経営」の旗手だったイトーヨーカ堂自体も今は低収益に喘いでいて、店舗不動産を持つべきか、持たないべきかということは本質的なことではないことが明白になってきた。むしろ高島屋のように、資本を使って店舗不動産を従来以上に保有して期間損益を引き上げようという動きが活発化しているのが現在だ。

こうした中、「選択と集中」という呪縛から離れる動きが加速している。パナソニックは、2018年6月、民泊事業に参入することを発表した。民泊施設の設計・建設から運営まで一括して受託する。東京と大阪という需要の高いところからスタートし、一泊5000円程度で貸し出しを始める。インバウンド観光客をターゲットとし、彼らに人気の高い高付加価値の美容家電などを揃えて、使い心地を体験できる「ショールーム」としての活用も目指している。

パナソニックから見れば、自ら民泊施設を持つことは、他の民泊施設運営会社との関係といったコンフリクトを抱える。しかし、それぞれの民泊施設運営会社とのやり取りといった取引コストを削減できるのであれば、内部化して民泊施設を運営するほうに経済合理性があると判断したのだろう。

プリンシパル化の先にコングロマリット

ここまでの論考をふまえれば、企業経営に対する示唆は極めてシンプルだ。それは、プリンシパル化、またプリンシパル化の先にあるコングロマリットの形成を検討することを、日本企業は選択肢の一つに入れるべきである、ということに尽きる。

プリンシパル型の戦略を採れば採るほど、結果として各社はコングロマリット化する。これこそが、今後、少なくない日本の企業が積極的に選択肢に入れる経営ではないか。

90年代後半からの「選択と集中」で、日本企業の経営は大幅な減量を行った。日本全体の経常利益はバブル末期と比較しても約2倍の水準に達し、「選択と集中」はいったんの成果を見せた。しかし、次の成長に向けた種まきができておらず、日本全体の売上はバブル末期とほぼ同水準にとどまっている。「選択と集中」を行ってきたために、企業各社も本業以外の成長の芽が乏しくなっている。

だとすると、今こそ企業は、アニマルスピリットを使って、境界統合型のM&Aを考える時だ。あるいは、オーガニックに自社で新規ビジネスを立ち上げる時期だ。「本業以外はやらない」という過度にスリム化された思考を開放し、一つひとつ新たなビジネスの可能性を検討する。こうすることで、スリム化され過ぎたバランスシートは、少しずつ赤みを帯びた血色がいい肌色を取り戻していく。

取引コストを考慮に入れた多様なM&Aの推進、本業以外も含めて機会主義的なビジネスの可能性の追求。こうしたプリンシパル型経営を進めていく中で、コングロマリットが日本各地に生まれていく。また、既存企業やコングロマリットの資本を背景に、新しいベンチャー企業も生まれていく。

日本は中小企業の比率が世界で最も高いと言われている。しかし、重要なのは数ではない。高収益、高成長といった高質な新興企業の有無こそが、日本経済にとって重要なのだ。「選択と集中」をして世界で戦う日本企業、日本の各地に根を張るコングロマリット、新たに生まれる高質の新興企業群。こうした様々な様態の企業・企業群が切磋琢磨して存在することで、日本経済は厚みを増し、将来性を秘した存在となる。

持たざる経営の虚実
(画像=webサイトより)