特集『withコロナ時代の経営戦略』では、新型コロナウイルス感染症の感染拡大が続く中での、業界の現在と展望、どんな戦略でこの難局を乗り越えていくのかを、各社のトップに聞く。

1946年の創業当初、東京・上野で百貨店の店内装飾を手がけたことからスタートした株式会社丹青社。現在は日本全国に11拠点、全9社のグループ会社を有する総合ディスプレイ業へと成長を遂げた。商業施設や文化施設、展示会などの空間デザインで多くの業績を誇るなど、これまでリアル空間という分野に強みを持っていた同社が、コロナ禍を契機としたデジタルシフトの流れにどう対応しているのかを探った。

(取材・執筆・構成=松本智佳士)

株式会社丹青社
(画像=株式会社丹青社)
高橋 貴志(たかはし・たかし)
株式会社丹青社代表取締役社長
1955年東京都生まれ。
1974年に株式会社丹青社に入社。全国の商業施設や博物館等で制作職として実績を積む。1999年執行役員、2010年取締役執行役員、2013年には取締役に就任。取締役常務、取締役副社長を経て、2017年4月より現職。

空間創造のプロフェッショナルとしての自負

――1970年の大阪万博を契機に総合ディスプレイ業として大きく飛躍されました。高橋社長が入社された1974年当時、どの程度の規模だったのでしょうか。

当時の売上は50億円を超えたぐらいだったと思います。社員数が300人ほどで、「300=∞(無限大)」というマークが社封筒に入っていましたね。すでに札幌、仙台、東京、大阪、福岡に拠点がありました。もともと当社は百貨店の店内装飾から始まったのですが、当時すでに商業施設の内装だけでなく、展示会や博物館の展示なども手がけていました。振り返ってみると、ディスプレイ業界全体が大阪万博を契機に拡大していきました。

――競合他社と比べて強みはどこにあるとお考えですか。

やはり総合ディスプレイ業として、幅広い分野を手がけているところです。この業界では、商業施設専門の会社、展示会専門の会社など、それぞれ専門の会社も多いのですが、我々はディスプレイに関する分野を総合的に手がけているところが一番の強みです。内装工事のみならず、お客様の課題を解決するビジネスパートナーとして、企画・設計・施工に加えて、空間演出や運営まで一気通貫でサービスを提供できる空間創造のプロフェッショナルであると自負しています。

特に、博物館、美術館、企業ミュージアムといった文化施設事業は国内トップクラスで、国内唯一の文化施設の専門シンクタンク「丹青研究所」も有しています。公立博物館をはじめ、企業ミュージアムなども数多く手がけているほか、最近オープンし、話題となった「豊島区立トキワ荘マンガミュージアム」も当社がお手伝いさせていただきました。設計図などは一切残されていませんでしたが、マンガ家さんが描かれた著作内の記録や解体時の写真などの調査段階から携わり、当時の様子を再現したものです。昭和の古き時代感や内外装の風合いまでも忠実に再現し、マンガの聖地としてふさわしい施設となっています。

豊島区立トキワ荘マンガミュージアム
(事業主=豊島区/画像=株式会社丹青社/撮影=フォワードストローク)

――新型コロナウイルスの影響はどうだったでしょうか。

自社の働き方に関しては、2015年に上野から品川に本社を移転した際に、フリーアドレスを導入し、社員全員にパソコンとスマートフォンを支給しました。また、徐々にテレワーク制度やシフト勤務制度を採り入れてきましたので、コロナ禍への対応もスムーズにできました。

一方、事業展開についてはイベントの中止・延期・自粛、商業施設のオープン延期や出店計画の修正、設備投資の抑制、開発の延期・長期化に伴い、当社の事業活動も影響を受けました。特に、緊急事態宣言の発令後は、営業活動も大幅に制限されるなど、受注高に対して大きな影響がありました。地域的には、東京を中心とした首都圏よりも、地方のほうがより影響を受けたように感じています。

当社は「『社会交流空間』づくり ~人と人、人とモノ、人と情報が行き交う空間~」を事業領域とし、人が集い、にぎわう空間づくりを生業としてきたわけですが、このコロナ禍で、社会のあり方や価値観が大きく変わったことにより、社会やお客様のニーズも大きく変化しました。 それらに応えるために、空間づくりのノウハウや創造性に磨きをかけ、常に成長し、変革していく企業でありたいという経営ビジョンに立ち返るきっかけとなったと感じています。

――2021年1月期の実績はいかがでしたでしょうか。また、中期経営計画で設定された目標についてお聞かせください。

2021年1月期の実績は、受注高646億円、売上高692億円、受注残高389億円、営業利益50億円で、減収減益となりました。

新型コロナウイルスの影響による受注活動の停滞や、イベントの中止・延期等の影響を受け、受注高・売上高・受注残高ともに前年同期を大きく下回りました。しかしながら、コロナ禍以前の市場環境において、収益性重視で受注していた案件の多くが完工した結果、売上総利益率は過去最高となりました。その結果、減益幅は想定していたより抑えることができました。

今期より始まった新たな中期経営計画(2022年1月期~2024年1月期)では、コロナ禍で傷んだ業績を「回復」させると同時に、デジタル活用を基軸にビジネスと働き方を「進化」させ、新しい時代にふさわしい、新しい丹青社グループに自らを「変革」することを基本方針とし、最終年度の財務目標を連結売上高840億円、連結営業利益率7%、連結ROE 12%、連結配当性向50%と定めました。

当社の事業特性上、新型コロナウイルス感染症拡大のような事態が業績に与える影響は遅行するため、初年度(2022年1月期)は厳しいスタートとなりますが、中期経営計画で定めた、デジタル活用による売り物づくり等の施策を遂行し、最終年度には、営業利益を過去最高水準まで回復させることを目指しています。

リアルとバーチャルが融合した新たな体験価値の創造

――コロナショックを乗り越える具体的な施策についてお聞かせください。

このコロナ禍でデジタルシフトが加速していますが、当社でも空間づくりにおけるデジタルの活用が挙げられます。当社では、ICTや演出技術といったテクノロジーによる空間価値向上のため、2017年に空間演出の専門チーム「CMIセンター」を創設しました。同センターは、当社が空間づくりをお手伝いした「ICT×eスポーツ」がテーマのeスポーツ施設「eXeField Akiba」のオープニングイベントにて、遠隔からもアバターで参加できる同施設を再現したバーチャル空間の構築にも携わっています。

eXeField Akiba(エグゼフィールド アキバ)
「eXeField Akiba(エグゼフィールド アキバ)」オープニングイベントで構築したバーチャル空間(事業主=株式会社NTTe-Sports/画像=株式会社丹青社)

また、5G通信も始まっており、リアルとオンラインを結びつける環境も整ってきたことで、空間に関するデータを活用した新たな価値創出も進めていきたいと考えています。その先駆けとして2018年からモバイル通信大手のNTTドコモ様と、デジタルトランスフォーメーションを推進した空間価値創出に向けた協業を開始しています。当社の空間づくりのノウハウと、モバイル空間統計®などドコモ様のICT技術・ソリューションとをかけ合わせ、より豊かで質の高い体験を得られる空間を提供してまいります。

もっとも、コロナ禍を契機にオンラインコミュニケーションが急速に普及したわけですが、一方で、リアルな空間が持つ価値も普遍であるということも再認識いたしました。これまで培ってきた「体験をデザインする力」を活かし、リアルとオンラインを融合させた、これまでになかった空間価値を実現していきたいと考えています。

――アフターコロナも見据えた地域創生にも力を入れていらっしゃいます。

現在、コロナ禍で人々の移動や外出が制限され、国内・海外からの来訪者が激減しているという困難な状況にあります。新型コロナウイルスが収束に向かうと同時に、それぞれの地域を活性化させることが大きな課題であると考えています。当社では2020年2月に地域創生支援室を開設したのですが、今後ここを拠点に日本各地における新たな事業の創出や継続的なにぎわいづくりなど、地域活性化のお役に立ちたいと考えています。

――今後の抱負をお聞かせください。

先ほど申しあげましたように、デジタル活用を基軸にビジネスと働き方の双方を進化させてまいりたいと考えています。働き方については、デジタルデザイン局やBIM*推進室などの専任部署を新設し、デジタルツールを活用した業務プロセスの見直しや働き方の再構築にも取り組んでいきます。 ビジネス展開については、社会のあり方が大きく変わり、お客様のニーズも大きく変化している中で、従来の枠組みにとらわれない不断の挑戦により、リアルとバーチャルを融合した「新たな体験価値の創造」に重点を置いた取り組みを続けてまいります。

*BIM=Building Information Modeling。3Dモデルに情報を付加し、設計・施工から維持管理までのあらゆる工程でその情報を活用することで、業務効率化・生産性向上が見込まれる。