要旨
9日の経済財政諮問会議で2021年の骨太方針原案が示された。目下のコロナ対応のほか、中長期の観点で重点分野となる「4つの原動力」(グリーン、デジタル、地方、少子化対策)、財政再建計画などに関する記述が盛り込まれている。
昨年の骨太方針の文章と単語の出現頻度を比較すると、「グリーン」が明確に増加。世界的なグリーン社会構築の潮流の中で、重要政策に格上げされた形だ。また「安全保障」も増加。今年の骨太では「経済安全保障」の推進が掲げられており、半導体やレアアース等のサプライチェーン強化などが記されている。国際情勢の変化のなか、重要産業の内製化が意識されている。
2018年度の骨太方針で掲げられていた「2025年度の基礎的財政収支の黒字化」目標は堅持。一方で、「年度内に目標年度の見直し検討」を行う旨が記された。実際に目標修正がなされるかは不透明だが、経済財政の回復軌道が不透明なほか、グリーン、少子化対策などへの歳出拡大も今後求められていく可能性が高く、黒字化目標の実現は難しいと考えられる。
骨太2021原案が示される
9日の経済財政諮問会議では、政府の経済財政運営方針の中軸を担う2021年の「経済財政運営の基本方針」(骨太方針)の原案が示された。同方針は内容が調整されたうえで月内の閣議決定が見込まれている。本稿ではこの概観をみていく。
今回の骨太方針の内容は4章構成だ(資料1)。第1章では方針全体の考え方などとともに、ウィズコロナ期、すなわちワクチンが普及し経済が正常化するまでの過程における政策方針が述べられている。資料2では主なものをまとめた。ワクチン接種に関する方針のほか、医療キャパシティの強化のために行政が医療機関に対してコロナ対応を要請・指示できる仕組み等の整備が掲げられている。また、諸外国でも導入が進められているワクチンパスポートに関する議論も進められる。第2章では中長期の成長の源泉となる「4つの原動力」として、「グリーン」「デジタル」「地方」「少子化克服」が挙げられている。第3章では、財政再建目標をはじめとした経済財政運営について、第4章ではそれらを踏まえた2022年度予算の編成方針に関する記述がなされている。
昨年骨太からの変化:「グリーン」「人材」「子供」「安全保障」
資料3は今年の骨太方針原案と昨年骨太方針について、その大まかな違いをみるためにワードクラウド(※1)を描いたものである。語の出現頻度をみると、今回出現頻度の高まった語の一つが「グリーン」(昨年1回→今年32回)や「脱炭素」(昨年3回→今年22回)である。「グリーン」は第2章の「4つの原動力」においても一番目に挙げられている。バイデン米大統領の誕生などを契機として、世界的にグリーン化への気運が急速に高まる中、骨太方針でも重点政策として格上げされた形である。
出現頻度が大きく高まったもう一つの語が「人材」だ。昨年は47回だったが今年は79回に増えている。デジタル化のための人材育成、専門職人材の確保、人材への投資、といった形で様々な箇所で用いられており、成長戦略として人材投資、人材確保の重要性が改めて指摘される形となっている。この他、「子供」の出現頻度も増えた(昨年15回→今年31回)。新型コロナウイルスの拡大を受けて、婚姻数、妊娠件数に明確な減少がみられる中で、改めて少子化対策の強化を進める旨が述べられている。また、「安全保障」の頻度も増加(昨年7回→今年19回)。今回の骨太方針では「経済安全保障」の取組強化・推進が掲げられている。重要技術のほか、半導体やレアアースなどが重点項目として掲げられ、国内のサプライチェーン強化に必要な対策を講ずるべく分析を進める旨が記された。日本は半導体などの多くを輸入調達に頼っているが、こうした重要産業の内製化を進めることが意識された内容となっている。
財政目標を堅持も、年度内の目標再検討を明言
今回の骨太方針の焦点の一つが財政再建計画である。コロナ危機によって財政赤字が大幅に拡大する中で、2018年の骨太方針で掲げられていた「2025年度に国・地方のプライマリーバランスを黒字化」「政府債務残高GDP比の安定的な引き下げ」という財政再建目標について、修正が加えられるかどうかが焦点だった。
今回の骨太方針によれば、これらの目標はいずれも維持される形となった。同時に「本年度内に、感染症の経済財政への影響の検証を行い、その検証結果を踏まえ、目標年度を再確認する」との文言が盛り込まれた。プライマリーバランス黒字化目標の達成時期を先送りする可能性が示唆されている。「年度内」の具体的時期は不確かだが、「年度」と記載されている点を踏まえ、年明け、本年末の2022年度予算編成後のタイミングで財政目標の見直し議論が本格化すると予想している。「目標年度の再確認」となっていることから、プライマリーバランス目標そのものが取り下げられる、変更される可能性は低そうだ。
実際のところでは、2025年度黒字化の達成は難しいと考えられる。政府の財政試算では、プライマリーバランスの黒字化時期は高成長前提(成長実現ケース)で2029年度とされている(資料4)。経済財政諮問会議では、歳出抑制を進めればこの更なる前倒しが可能との分析もなされているが、ハードルは高い。第一にワクチン普及後、2025年度までに経済・財政がどこまで元に戻るかは不透明だ。打撃の大きかった業種などでは債務が増加しており、今後返済フェーズに入っていく中で企業活動への影響が長期化するおそれがある。税収については、赤字企業が翌年以降に赤字を繰り越すことのできる繰越欠損金の仕組みがあり、税収の回復には時間がかかるとみられる。第二に、この骨太方針内で掲げられている「グリーン」や「少子化対策」をはじめ、歳出拡大が今後も求められる可能性が高いことである。政府試算の歳出額は「当初予算の構造が不変」で「補正予算がゼロ」であることを前提としている。骨太方針内ではこれらの政策を行う際には財源を確保する旨も記載されているが、その実効性は不透明だ。政策経費の財源を確保するにしても、歳出拡大を先行させる形も想定される(東日本大震災の復興増税などと同様)。この場合、短期的には財政赤字の拡大要因となる。2025年度とされている達成目標時期が先送りされるかは議論の行方次第だが、その達成は難しいのではないかと考えられる。
以上、骨太方針の全体概要について述べた。今後、稿を改めて個別のテーマの詳細についてみていきたい。(提供:第一生命経済研究所)
(※1)文章内における出現頻度を文字の大きさで表したもの。大きいほどその後が文章内での出現頻度が高いことを示す。
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 主任エコノミスト 星野 卓也