この記事は2025年10月1日に「CAR and DRIVER」で公開された「クーペスタイルのSUVにスポーティな喜びを獲得したホンダ・ヴェゼルe:HEV RSの先行情報が公開。発売は10月を予定」を一部編集し、転載したものです。

(南アフリカ準備銀行「Quarterly Bulletin」ほか)
2025年7~8月に南アフリカで表面化した中央銀行と財務省の対立は、新興国における政策統治の難しさと経済政策を巡る権限分担の重要性をあらためて浮き彫りにした。対立の発端は、7月31日に南アフリカ準備銀行(SARB)が金融政策会合で、3~6%のレンジ(中央値4.5%)としてきたインフレ目標を、単一数値3%に設定する方針を「目指す」と一方的に表明したことにある。
同国の制度設計では、インフレ目標の策定は財務大臣が大統領・閣議と協議して決定する専管事項であり、SARBの独立性はあくまでもその目標を達成するための金融政策の手段に限定される。言い換えれば、目標自体は政府側、手段は中央銀行側の責任という分業が法制度で確立されている。
しかし今回は財務相の承認を得ておらず、既存の政策決定プロセスを迂回した行為と受け止められた。ゴドングワナ財務相は即座に反発し「一方的な発表は正統な政策審議を先取りするもの」と批判した。この摩擦には次のような複数の構造的要因が絡んでいる。
第一に、与党アフリカ民族会議(ANC)政権内部における財政・金融政策を巡る主導権争いの活発化である。1994年の民主化以降、SARBは独立性を強化する中で、政府とのバランスは微妙な状況にあったが、今回の発表はその均衡を崩すものと認識された。
第二に、国際環境の変化である。国際機関や投資家は低インフレと財政規律を重視し、格付け機関も政府と中銀の協調を評価する傾向にある。SARBが低インフレ志向を示したのは、国際的期待に応える意図があった可能性が高い。だが、正式な手続きや協議を踏まないまま目標を示すと、国内の政策信認を損なうリスクも伴う。
第三に、目標レンジの高さである。南アフリカは長年インフレ抑制に苦労し、3~6%の目標レンジは先進国と比べれば高い。パンデミック以降の世界的な物価上昇が沈静化し、より低い目標を設定する合理性はあったが、3%という基準を示す際に政策期待・信頼の形成を丁寧に行う必要があった。
この摩擦の影響下でも南アフリカの経済は、2025年第2四半期にGDP(国内総生産)が前期比0.8%の伸びを示し、大幅に改善した。しかしこれは、SARBの通算5回(累計125bp)の利下げによる家計消費の回復に支えられたものだ。7月の消費者物価指数(CPI)は前年比3.5%上昇し、8月には3.3%と若干鈍化したものの、足元では物価高が続き、経済成長と物価上昇の同時進行が懸念される(図表)。
こうした状況を受けて財務省とSARBは9月1日に共同声明を発表。インフレ目標を財務大臣と中銀総裁の合意の下で正式発表する手順に回帰することとなった。
この声明は、政策決定手続きの重要性と共に、中銀の独立性と政府協調の微妙な均衡という新興国共通の課題をあらためて認識させた。制度的正統性の維持と実効性ある政策運営の両立ができるのかが、中所得国から先進国へ移行するためのカギとなるだろう。

国際金融情報センター アフリカ部 部長/菅野 泰夫
週刊金融財政事情 2025年9月30日号