明治33年創業の老舗食肉企業「杉本食肉産業株式会社」。五代目として会社を牽引してきた杉本達哉氏は、BSEやコロナ禍といった未曾有の危機を乗り越え、事業を大きく成長させてきた。すき焼き店から始まり、生産から販売まで一貫する体制を築き上げた同氏が語る、伝統を守りつつも変化を恐れず挑戦し続ける経営哲学、そして六代目への事業承継と未来への展望。

杉本 達哉(すぎもと たつや)──杉本食肉産業株式会社 代表取締役会長
兼 スギモトグループホールディングス株式会社 代表取締役社長。1982年にプリマハム株式会社入社。1986年杉本食肉産業株式会社に入社し、2005年取締役副社長、2009年代表取締役社長、グループでの更なる発展を目指し、2024年11月に親会社の株式会社杉本本社を持株会社体制へ移行。社名をスギモトグループホールディングス株式会社へ変更し、代表取締役に就任予定。2025年4月に代表取締役会長に就任する。

杉本食肉産業株式会社

明治三十三(1900)年創業、尾張名古屋の老舗スギモトは『生産・加工・卸・小売・飲食』と一貫体制を、杉本食肉産業株式会社を中核にグループ内で展開、現在はホールディングス化。松阪牛・飛騨牛・みかわ牛をはじめ、生産者の顔が見える安全な食肉を日本全国から確保し、顧客の求める質と量にスピーディーに対応できる。「安心できる食肉をご提供し、豊かな食文化に貢献する」「お肉で幸せと感動をお届けする」がモットー。2009(平成21)年より愛知ブランド企業認定。グループ従業員は約1100人。

目次

  1. ■事業承継は終えたが今後も発展をけん引する
  2. ■ BSE、コロナ禍……危機を乗り越えるためにしたこと
  3. ■変化を糧に新たな挑戦、65歳でのバトンタッチは決めていた
  4. ■ホールディングスへの移行の意図、老舗の経営者の責任

■事業承継は終えたが今後も発展をけん引する

── 今企画は「次の百年企業へ」と題し、トップが語る伝統と変革の融合をテーマとしています。創業は明治33年と、もう120年以上の歴史がおありなんですね。

杉本 ええ。私は五代目として経営を担ってきましたが、今年・2025年の4月に六代目に引き継ぎました。食肉業界は明治初期に始まった比較的新しい業界ですが、当社はその中でも全国的に見て古い部類に入ります。

もともとすき焼き店から始まり、小売りの肉屋、卸売業、そして加工メーカーへと事業を拡大してきました。最近では子会社のスギモトファームを通じて、生産から加工、販売までを一貫して行う体制を構築しているのが特徴です。

私が社長に就任したのは約17年前です。それまではBtoBが売上の70%以上を占めていましたが、BtoC事業に注力し、利益率の高い小売りや外食事業を強化しました。全国に店舗を増やし、会社全体の利益率を向上させ、強固な経営基盤を築くことに尽力しました。

老舗の経営者として、先代から引き継いだ会社をより良い形で次世代へ引き継ぐことが私の責任だと考えています。

現在はホールディングス体制に移行し、六代目への事業承継を終えたばかりですが、私自身は子会社を含めたグループ全体の統括役として、今後の発展をけん引していく立場です。今後はウェブビジネスや通販事業にも力を入れていきたいと考えています。

── 会長の代で、サプライチェーンの上流にあたる牛の生産まで手掛けられるようになったのですね。

杉本 はい。BtoCに注力するにあたり、ブランディングにも力を入れました。広告宣伝や社会貢献活動を通じて企業イメージの向上を図り、知名度とブランドイメージは大きく向上したと実感しています。私が就任した当時のグループ売上は約140億円でしたが、現在は250億円規模にまで成長しました。

── 御社の強みは、生産から販売まで一貫して手掛ける体制にあるのでしょうか。

杉本 それも強みの一つですが、一番はやはりブランド力です。120年以上続く歴史がお客様からの信用につながっていると考えており、そのブランド力を磨くことに最も力を入れてきました。

■ BSE、コロナ禍……危機を乗り越えるためにしたこと

── 先代から事業承継された経緯と、当時の心境についてお聞かせください。

杉本 BSE問題が起きたころ、私は常務でしたが、そのころから会社全体の経営に深く携わるようになりました。社長就任の約10年前から経営全般を見ていたため、いずれは自分が引き継ぐという覚悟はありました。先代が67歳くらいの時に、私が社長を引き継ぐ形となりました。

── BSEからの回復期にバトンタッチされたのですね。

杉本 社長交代はBSE回復期でしたが、実質的にはBSE発生後から副社長として会社全体の経営に携わっていたため、社長になっても業務内容に大きな変化はありませんでした。

── BSE発生時は大変厳しい状況だったと記憶しています。その時の具体的な苦労や、どのように乗り越えられたのか、また、これまでの経営で直面した壁とそれを乗り越えた経験についてお聞かせください。

杉本 この業界に入ってから、BSE、リーマンショック、コロナなど、数々の困難に直面してきました。特にBSEの際は、肉に対するお客様の信用が失われ、風評被害で売上が80%も減少、ギフトに至ってはほぼゼロになる壊滅的な状況でした。

この危機を乗り越えるため、私がまず行ったのは、仕入れ先の信用の維持です。商品がまったく動かなくても、農場や牧場からの牛の仕入れを一切止めず、買い続けました。仕入れた肉は、価格を下げて販売したり、新たな販路を開拓したり、イベントで無料で配布したりと、あらゆる手を尽くしました。

牛は生き物ですから、仕入れを止めれば生産者が立ち行かなくなります。生産者への信頼を守ることは、最も重要だと考えました。

また、消費者からの信頼を取り戻すため、お客様を直接産地に連れて行き、農家の方々の話を聞いていただいたり、生産現場を見ていただいたりする取り組みを行いました。量販店の売り場に生産者の方に立っていただき、直接お客様に販売してもらうこともありました。

こうした取り組みを通じて、お客様と生産者の間に以前にはなかった強いつながりが生まれ、当社の信用は一気に高まりました。牛肉の偽装問題などが多発していた時期に、当社が正直な対応を貫いたことで、消費者からも生産者からも大きな信頼を得られたと確信しています。

■変化を糧に新たな挑戦、65歳でのバトンタッチは決めていた

杉本 コロナ禍では店舗休業を余儀なくされましたが、これを機にBtoC事業をさらに強化しました。お客様の自宅へ商品を届ける「特鮮便」を立ち上げ、ネット注文でその日のうちに肉を配送するなど、新たな販売方法を確立しました。ライブ販売など、これまでになかった取り組みも積極的に行いました。これらの危機を乗り越えるたびに、会社全体の危機意識が高まり、体質が改善され、新しい販売手法が生まれてきたと感じています。

── 危機を乗り越えるたびに成長を遂げられたのですね。ところで、現在の社長への事業承継はいつ頃行われたのでしょうか。また、その決断の経緯についてもお聞かせください。

杉本 社長交代は今年(2025年)の4月に行いました。65歳になったらバトンタッチすると以前から決めており、その年齢にあわせて将来に向けたさまざまな種まきを行い、次世代へ引き継ぐための良い体制づくりを進めてきました。

自分がまだ動けるうちに後継者にバトンタッチし、私の人脈や考え方を受け継いでもらい、そしてホールディングス体制にすることで、全体の管理や資金管理を私が担いながらサポートできる体制が整ったと判断し、事業承継に至りました。

── 後継者はご子息様でしょうか。

杉本 いいえ、従兄弟です。私より15歳年下で、世代交代となります。

■ホールディングスへの移行の意図、老舗の経営者の責任

── 今後のビジネスプランについてですが、新規事業や既存事業の拡大、M&Aなどどのようなお考えをお持ちでしょうか。

杉本 ホールディングス体制に移行した狙いの一つは、海外事業や新規事業、M&Aに注力することです。新たな体制のもと、これらの取り組みを本格化させているところです。

── 中国ではこれまで日本の牛肉の輸入が制限されていましたが、緩和の動きがあるようですね。和牛は東南アジアでも人気が高いので、大きなビジネスチャンスとなりそうです。

杉本 そのために、約10年前に中国に会社を設立し、店舗展開を進めてきました。これまでは日本からの牛肉は持ち込めなかったため、現地で調達していましたが、現地でのブランド浸透も進んでいます。今後、日本の牛肉が輸出できるようになれば、本格的に現地で販売していきたいと考えています。

── 読者には経営者が多いのですが、もしもアドバイスするとしたら、どんな言葉を思い浮かべられますか?

杉本 アドバイスというほどではありませんが、老舗の経営者として常に考えているのは、「自分の代で終わらせてはならない」ということです。

何代も続く老舗の経営者の最大の責任は、次の世代にいかに良い形で事業をつなぐか、その中継ぎ役を果たすことだと考えています。そのためには、10年先、15年先を見据え、具体的な形にして次につなぐ努力が不可欠です。

また、時代の変化のスピードが速い現代において、チャレンジとスピード感を重視してきました。老舗だからこそ、リスクを恐れずに新しいことに挑戦し、変化していかなければ、老舗であり続けられません。老舗企業は往々にして危機感やスピード感が欠けがちですが、常に危機意識を持ち、時には無理をしてでもチャレンジしてきました。BSEやコロナのような危機的状況も、見方を変えれば変化のチャンスです。

ただ耐え忍ぶのではなく、あらゆる手を尽くして行動すれば、会社は変われると実感しています。困難な状況からこそ、新しい発見や事業のヒントが生まれるものです。

── 現在、ホールディングスを経営されていますが、その全体を後任の社長に任せているのでしょうか。傘下の会社も含め、すべて承継された形ですか。

杉本 いいえ、そうではありません。中核となる会社の社長は後任に任せていますが、まだ彼がすべてを把握しているわけではないため、私が指導しながら、他の子会社や関連会社はほとんど私が統括しています。二番目に大きい会社は、現社長の弟に任せています。

ホールディングス全体の承継は、おそらくあと10年後くらいには誰かに任せる必要があると考えていますが、具体的な後継者はまだ決まっていません。

それ以外の小規模な会社や、これから育てるべきスギモトファーム、海外の会社については、私が引き続き責任者として経営を担っていきます。

氏名
杉本 達哉(すぎもと たつや)
社名
杉本食肉産業株式会社
役職
杉本食肉産業株式会社 代表取締役会長 兼 スギモトグループホールディングス株式会社 代表取締役社長