この記事は2026年10月7日に「CAR and DRIVER」で公開された「【日本車黄金時代】新たな高級車の方向性を提示した[2代目トヨタ・セルシオ(UCF21/20型)の価値」を一部編集し、転載したものです。


【日本車黄金時代】新たな高級車の方向性を提示した[2代目トヨタ・セルシオ(UCF21/20型)の価値
セルシオは1989年、トヨタの高級車ブランド「レクサス」の代表モデルLSの日本版として登場。1994年10月にモデルチェンジした2代目は“継承と深化、そして未来へ”をテーマにすべてを刷新。2代目もワールドワイドで高い評価を確立。とくに高品質が話題を呼ぶ。グレード構成はA/B/Cの3グレード構成だった

21世紀の高級車には、贅沢の先にある未来が求められる

高級車の凄さと強さを、嫌というほど思い知らされたのは、1964年、初めて海外旅行に出かけたときのことだ。当時のボクは、自動車専門誌の駆け出し編集記者。ヨーロッパとアメリカを50日ほどかけて歩いてきた。半分が仕事で、半分は遊びといった旅だった。
そんな旅の途中、イギリスのロールス・ロイス社を訪ねたときに、ボクの高級車観を決定づけることが起きたのだ。

ロールス・ロイス社はリバプールに近いクルーという町にある。ボクはロンドンから列車でクルーに向かった。若気の至りといおうか、いまでも思い出すと恥ずかしいが、そのときのボクのいでたちはといえば、ジーンズにスポーツシャツ、コットンのブルゾンにペニーローファーといったもの。ロールスロイス社を訪問するというTPOには、どう考えてもふさわしい服装ではなかった。

【日本車黄金時代】新たな高級車の方向性を提示した[2代目トヨタ・セルシオ(UCF21/20型)の価値

駅には、いかめしい制服を着たショーファーが、ファントムVで迎えに来ていた。ファントムVとは、当時、宮内庁が天皇陛下の御料車として使っていたほどのクルマである。

駅前に立ったボクに、ショーファーが近寄ってきて、「ミスター・オカザキですね。お迎えに上がりました」といわれたとき、ボクはもう完全に打ちのめされた心境だった。ファントムVと威儀を正したショーファーと、ジーンズ姿の若造……これはどう考えたってひどい。

そして、うやうやしく開けられたドアから敗走中に捕まった捕虜にでもなったような気分でファントムVに乗り込んだのだが、今度はその贅沢できらびやかなキャビンでどう振る舞えばいいのかわからない。もう、ひたすら居心地が悪い。このときから、ボクは本物の高級車が持つ威圧感と差別性のすごさ、恐ろしさをはっきりと意識するようになった。

とにかく、ロールス・ロイスのようなクルマを乗りこなすには、黙っていても周囲を圧倒するような品位と威厳を持つ人間であることがまず必要だ。そして、そんな要求を乗り手に厳しく突きつけてくる。それこそが本物の高級車だと思う。さて、ボクの個人的な高級車観の話はこれくらいにして、話を先に進めよう。

高級車には時代を牽引する姿勢が必要である

高級車とは国の歴史はむろんのこと、メーカーのたどってきた道、メーカーを支えてきた哲学などを色濃く映す存在だ。だから、高級車を見れば、そのメーカーの考え方がよくわかるし、その国の支配層の意識や趣味性、生活観などもかなり理解できる。そんな目で見ると、英国の高級車は伝統主義的であり、ドイツの高級車は権威主義的、アメリカの高級車はハリウッド主義的(この表現はボク自身の造語である)であり、日本の高級車は日和見主義的……そんな印象をボクは受ける。当たらずといえども遠からず、といったところだと思う。まさに高級車は国を映す鏡のような存在である。

【日本車黄金時代】新たな高級車の方向性を提示した[2代目トヨタ・セルシオ(UCF21/20型)の価値

高級車は当然のことながら、社会的地位の高さのシンボルであり、成功者のシンボルでもある。それを20世紀的価値観に置き換えれば、大きくて、強くて、華美で、贅沢で……といったことになる。しかし、21世紀では、高級車の価値観も変わっていく。いや変わらなければならない。だからといって、いままでの高級車のあり方が一気に否定されるということではない。贅沢な高級車は、それを望む人がいる限り生き続ける。成功者が、それなりのシンボルを手にするのは悪いことではない。

数多くの歴史が高級車の中で刻まれ、数多くのきらびやかな愛が高級車の中で生まれてきたに違いない。そんな贅沢でロマンチックな夢は、多くの人の向上心を養う強いエネルギー源になっている。

【日本車黄金時代】新たな高級車の方向性を提示した[2代目トヨタ・セルシオ(UCF21/20型)の価値

21世紀の高級車も贅沢であっていっこうにかまわない。しかし、その一方で社会に貢献する中身を持っていなければならない。つまり今後の高級車は、高度な技術をふんだんに取り入れ、省エネルギー、低公害性、安全性などを徹底して追いかけたクルマであるべきだとボクは思う。高級車はよりよい未来を早く招き寄せるための有効な実験台として機能してほしいのである。

お金に余裕のある人たちは、自らの贅沢への投資とともに、未来を切り開くための社会的投資の一端をも担うということである。つまり超低公害動力の開発、超軽量設計、超安全設計、新素材の採用、未来技術の導入などは、高級車を実験台にして積極的に推し進めるべきだと思う。こうした方向性を明確にするなら、贅沢さを追い求めても高級車への風当たりは緩和されるに違いない。むろん、高級車といえどもコスト競争からは逃れられない。その競争に負ければ、生き残るのは難しい。

【日本車黄金時代】新たな高級車の方向性を提示した[2代目トヨタ・セルシオ(UCF21/20型)の価値

21世紀の高級車を生産するメーカーには、社会性の旗印を高く掲げなければならないという意識を強く持ってほしい。高級車ユーザーもまた、贅沢なクルマに乗るためには、社会的コストを負担するという意識をはっきり持つべきだと思う。このあたりに、今後の高級車の探るべき最大のテーマがあるようにボクには思えてならない。

語るべき歴史を持たないこと。それこそが強みになる

高級車の味わい方のひとつに、その歴史を味わうということがある。ロールス・ロイスやメルセデス・ベンツの長い歴史の中には、無数の煌びやかな伝説が散りばめられている。その伝説を自分のものにするために多額の代価を喜んで支払うのである。

しかし新参者のセルシオ(レクサスLS)には、味わうべき歴史はない。語るべき伝説もない。セルシオが高級車としての競争力を持つためには、どんな魅力を身につけなければならないのか。トヨタはその勘所をみごとに押さえているように思える。

新参者が戦う条件として、高品質で優れた性能と快適性を持つこと、見栄えがよいこと、そしてバリュー・フォー・マネーの面で伝説の持ち主たちよりも大きく抜きん出ていること……これらを不可欠な条件として挙げたい。初代セルシオはこうした条件を高いレベルで満たしていた。それが成功に結びついたとボクは考えている。

【日本車黄金時代】新たな高級車の方向性を提示した[2代目トヨタ・セルシオ(UCF21/20型)の価値

2代目のセルシオは、さらにそのレベルを大きく引き上げている。品質の高さは、いまさら言葉を加えるまでもなく誰もが認めるところだ。性能と快適性の高さも、圧倒的な実力を獲得している。

初代セルシオは静粛性を徹底して追った。とくに、主力市場の米国と日本での多用域である120㎞/hあたりまでの静粛性は、「無響室にいるような」とさえいわれるほどだった。セルシオに乗ると、誰もが「静かだ!」と感嘆したものだ。この静粛性は、セルシオの高級車としての性能と快適性のシンボルになった。「誰にでもわかりやすい高級車の証」として大きな効果をもたらしたのである。

2代目セルシオは、この静粛性にさらに磨きをかけている。初代と比較して速度や路面の違いによる騒音の変化も少なくなった。高速域では、ボディを擦過するざわついた風切り音が少し気になるものの、耳障りな高周波成分はほとんどないので、まず問題はない。
後席のフットスペースが70㎜増えて、旧型の数少ない弱点のひとつだった後席の居住性は大きく改善された。

圧倒的なパフォーマンス。だが優しさを感じる

4リッターのV8ツインカム32Vエンジン(265㎰/37.0㎏/m)はキャリーオーバー。だが当然改良の手が加わっている。さらに全体で100㎏以上の軽量化とATの改良などもあって、走りの性能はいっそう心地よく厚みのあるものになった。

中でも印象的なのは、一級の動力性能を持ちながら、それが前面にしゃしゃり出ないという点だ。これは最新のメルセデスやBMWにも共通していることだ。セルシオは強力なパワーやダッシュ力を感じさせるが、いたずらにドライバーの尻をつついてアクセルを踏み込ませるといった悪さをしない。余裕あるパワーはあくまでもドライバーが必要としたときにだけ引き出せる、リザーブパワーとして使われるようにしつけられているのである。
こうした性能はドライバーをくつろがせ、落ち着かせる。安全性にも結びつくし、無駄なガソリンを使わないことにも結びつく。

【日本車黄金時代】新たな高級車の方向性を提示した[2代目トヨタ・セルシオ(UCF21/20型)の価値

セルシオの0→100㎞/h加速は7秒プラスといったところだが、これは同クラスでピカイチの性能だ。そしてこれだけの性能を持ちながら燃費もクラストップの数値という点が素晴らしい。セルシオが、高性能化を果たしながら燃費を引き上げ、快適性を引き上げながら100㎏以上の軽量化を果たしている点は注目せざるを得ない。しかも、特別な素材など何も使わず、きめ細かい技術の積み上げでこうした答えを引き出しているのである。さらに、ブレーキ性能や高速スタビリティといった走りの基本性能が磨き込まれ、これまた一級品にレベルアップしていることにも触れておきたい。このあたりは、ライバルたちもきっと畏怖の念を持って眺めているに違いない。

C仕様に標準装備となるエアサスの性能は大幅に引き上げられた。強いうねりのあるコーナーに高速で突っ込むといった番外編のトライでもしない限り、目立ったマイナスはない。高級車らしい乗り味を味わわせてくれる。とくにヨーロッパ仕様車のハンドリングとスタビリティは、まったく文句のないレベルである。それは、スポーツドライビングの領域にまで追従してきてくれるほどのレベルである。

【日本車黄金時代】新たな高級車の方向性を提示した[2代目トヨタ・セルシオ(UCF21/20型)の価値

目立った課題を残しているのは、A/B仕様の標準コイルサス車だ。パッセンジャー数によって乗り心地が変化してしまう。4名乗車時のほうが乗り心地が明らかに悪化するのだ。

自己主張は強くないが、肩から力を抜いた平均点の高いエクステリアとインテリアの仕上がりも悪くない。風格、たたずまい、あるいは香りといったようなエモーショナルな部分での高級感に物足りなさはあるもの、製品の出来のよさは、そんなマイナスを補って余りある。

セルシオには、多額のお金を払うべき輝かしい歴史はまだない。が、高い品質と時代に寄り添った性能を安価に提供するという実質的観点から眺めれば、間違いなく優れた高級車である。新参者とはいえ、その魅力と実力には多くを引きつける力がある。
※CD誌/1995年4月10日号掲載

【日本車黄金時代】新たな高級車の方向性を提示した[2代目トヨタ・セルシオ(UCF21/20型)の価値
【日本車黄金時代】新たな高級車の方向性を提示した[2代目トヨタ・セルシオ(UCF21/20型)の価値
Writer:岡崎宏司、Photo:TOYOTA


(提供:CAR and DRIVER)