髙村隼人氏の口からは、苦労話がほとんど出てこない。眠れなかった夜は「一日たりともない」。解決できないことに悩んでも仕方がない、悩むなら解決できる方法を考える——。そう言い切る。
GLC GROUP株式会社の代表取締役社長。2008年、28歳で熊本に不動産会社を興すところから始まった。
しかし実績のない若者に管理を任せるオーナーなどいない。ならば用地の仕入から販売、設計、建築まで全部やれば、最後に管理も任せてもらえるだろう。こうして生まれた「不動産SPAモデル」が、創業以来17期連続の増収を支えている。
上場時の時価総額は約20億円。そこから10倍に成長し、2025年12月期には売上高245億円、営業利益25億円を計上。2028年12月期までの中期経営計画では九州での年間着工棟数45件などの目標を掲げてさらなる成長を目指し、さらにその先の長期的なビジョンとして、プライム市場への上場と時価総額1000億円を見据えている。
起業の動機は「自分の裁量で意思決定し、スピーディに事業を進めたい」という想い。感情より合理、属人性より再現性。その徹底した合理主義がどこから来ているのか、髙村氏に聞いた。
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目次
建設会社への入社は、賃貸管理会社をつくるためだった
── 大学卒業後は建設会社で賃貸マンション建設の営業をしていたとか。そこでの経験が、創業のきっかけになったのですか?
髙村氏(以下、敬称略) もともと何かしらで起業しようとは思っていました。
どの業種で起業するかを考えたときに、資本があまりいらず、在庫を抱えずに固定収入があるもの、ということで賃貸管理会社がまずいいかなと思ったんです。
不動産会社は土地を扱いますが、その上には建築物があることが多い。それなら先に建築のことを学んだほうがいいだろうと思い、建設会社に入りました。
── 実際にどのような課題がありましたか?
髙村 それこそ「建てられればどこでもいい」というところが多いように感じましたね。
賃貸マンションが足りていない時期はそれでいいのでしょうけど、飽和に近づけば、競争力のある物件が必要で、そのためには、どこにどのようなニーズがあるかを理解して建てることが重要です。そこが抜け落ちているなというのが、感じたことのうちの一つです。
あと、逆に不動産会社は、建築の知識がないがゆえに無駄なコストを使ってしまい、適切な建築企画ができていないように思いました。だから、その両方を兼ね備えれば、収益性もよくて入居も付くという、重なり合う部分を探せるんじゃないかと。
── 最初から今の形を目指していたのですか?
髙村 最初は不動産管理会社を作ろうと思っていました。
ただ、28歳の若者がいきなり来て「今どこかに任せている管理を私に任せてください」と言っても、任せる人はいないじゃないですか。創業何十年の管理会社に10年任せているものを、という話ですから。
それなら、一から企画して建築まで全部やれば、最終的に管理も任せてもらえるだろうと思った。そういう理由です。
── そもそも起業したいと考えるようになったきっかけは何だったのですか?
髙村 記憶が定かではないのですが、物心がついたときから社長になりたいなという発想でした。誰かの下で働くことがあまり得意ではなくて、部活動でもキャプテンを務めていました。誰かの下で働くよりも、自分自身の裁量で意思決定をし、スピーディに事業を進めたいという想いから、自ら起業する道を選びました。
眠れない夜がない理由。悩むより「どう解決するか」に全力を注ぐ
── 創業メンバーとはどのような出会いだったのですか?
髙村 創業メンバーは、会社員時代の元上司です。
── 創業当初はリーマン・ショックもありました。苦労した時期はありましたか?
髙村 苦労はあまりしていないんですよね。目の前の課題解決に夢中で没頭していたため、自分自身としてはそれを『苦労』と感じる暇がなかった、というのが正直なところです。
── 眠れない夜もなかったのですか?
髙村 すごく熟睡できていますね。眠れなかった日は、一日たりともないかもしれません。上場前夜が楽しみで、30分ぐらい寝付けなかったくらいです。仕事で寝れないというのはないですね。
── 熊本地震のような事態の時はいかがでしたか?
髙村 あの時期はハードワークで眠れなかったですね。自然災害という不可抗力な事態に対して立ち止まるのではなく、今自分たちに何ができるか、どうすれば最善の解決策を見出せるかに全力を注ぎました。
── 業績面で戦略的に判断した局面はありましたか?
髙村 5、6年前に一回、減益にしています。あれは投資のフェーズだと割り切りました。上場の反動ですね。
上場に経営資源を集中させたため、翌年は先行投資の余力がなく、業績が一時的に落ち込みました。ただ、そこを割り切って投資のフェーズと位置づけたからこそ今があるので、戦略的な減益だったと考えています。
── 直近では、以前計画していた札幌ではなく東京に軸足を移しています。
髙村 一棟やってみて、今のタイミングでこれ以上投資をするのは適切ではないと判断しました。意外とそこは認めるタイプなんですよ。「間違ってた、ごめん」と。
サンクコストに囚われず、投資効率を冷静に見極めて早期に戦略を方向転換できるのが当社の強みです。言ったことは必ずやるんですけど、やれないときにはちゃんと訂正する。札幌ではなく東京を先に伸ばした方が事業成長が見込みやすいということで、今は東京に注力しています。
上場審査は受験と同じ。得意科目の営業で点を取りにいった
── 上場準備では、組織やバックオフィスの体制が厳しく見られます。最も苦労した点はどこですか?
髙村 上場のタイミングは全部大変でしたけど、受験みたいなものだと思うんですよ。いろんな科目があって、うちの場合は営業は強いけど管理体制は弱い。英語は強いけど国語が弱いよね、だから勉強しなきゃ、というだけの話です。
しかも毎年、そのときどきで配点のトレンドが変わる。今で言えば時価総額100億円問題のようなものがトレンドになって、今年は英語の配点が多いぞ、という感じですね。
── そのなかで、どう戦ったのですか?
髙村 当時は管理が弱かったので、その強化はどうするかという話はありましたが、どちらかというと、また受験にたとえると「(苦手なところをつぶすより)得意な英語のほうで点数を取ろうぜ」というイメージですね。
営業は強かったので、そこは思い切り取りにいく。それなら多少ほかが弱くても大丈夫だろうという戦い方ですね。
もちろん上場審査を通じて管理体制の基準をクリアし、現在ではプライム市場を見据えて内部統制やガバナンスの高度化を継続的に進めています。
── 創業メンバーと直前に入った方との間で、文化的な摩擦は起きませんでしたか?
髙村 ないですね。上場すると言ったら、みんな同じ方向を向いてやると。全員に同じ方向を向かせるのがリーダーの役割だと考えています。
── プレーヤーから経営者へ移るなかで、手放すのが難しかった仕事はありますか?
髙村 特にないですね。というのも、量をやるには渡していかないといけないですから。渡さないと進まないですし、大きなルールさえちゃんと守らせれば大丈夫です。
だから、社内の細やかな実務は知らないことのほうが多いですよ。「そうなんだ」ということも多いです。ただ、それは丸投げしているわけではなく、そのために役割や役職を明確にし、誰がどこまでの責任を持つかという仕組みをきちんと作っているんです。
── 権限委譲に悩む経営者は多いようですが、割り切れているのですね。
髙村 営業が得意といっても、基本的に事業の全体像を把握しているものの、その中のスペシャリストにはかなわないと自覚しています。
だったらスペシャリストに任せたほうがいいじゃないですか。事業全体を捉えたうえで、全体を最適に動かす役割が自分、という感じですね。自分は努力型だと思っていますから。
時価総額約20億円の小規模上場から10倍成長。次はプライムと1000億円へ
── 2018年の上場タイミングは、どのように決めたのですか?
髙村 20代で起業して30代で上場すると昔決めていたからです(上場当時39歳)。決めたことを達成しようという、それだけですね。
── 上場して、経営者として変わったことはありますか?
髙村 自分自身よりも、相手からの見られ方が変わるんじゃないですかね。ステークホルダーというより、それ以外の人たちです。こういう取材もそうですし、訪ねてくる人もそうです。
逆に、会いたい人に会えないということが減りますね。上場企業の社長という肩書きがあるので、今まで会えなかった人にも会える。自己紹介もいらないので、そこは非常に楽だなと思います。
── 上場企業ならではのプレッシャーは感じませんか?
髙村 自分は結構気に入っていて、何も思わないんですよ。株価がどうこうと言われても、市場からの客観的な評価として受け止めるくらいで。
四半期ごとに発表しないといけないというのも、パーソナルトレーニングみたいなもので、そういうのがあったほうがいいなと思っています。上場してマイナスだったことは、あまりないですね。
── 創業家の持ち株比率が下がることへの葛藤もありませんか?
髙村 ないですね。株への執着もあまりないです。自分は一から会社を作って面白かったので、今から1000人、2000人の会社になったときに、2000人からスタートしてと言われるほうがきついなと思うんです。
私自身は個人の資産や所有欲への執着よりも、ゼロから会社を成長させ、社会に提供できる価値を最大化していくプロセスそのものに大きなやりがいを感じています。
── 上場当日は、どのような心境でしたか?
髙村 審査のとき、業界内の逆風がすごかったんです。審査は非常に厳しかったので、心身ともに大変だったなと思います。
それを乗り越えて承認されて、10代のころからよく分からないながら「いつか上場するんだ」と言っていたことが、ついに実現した。野球を始めてプロ野球選手になるんだと言っていて、指名をされた、入団発表の日を迎えた選手もそんな心境じゃないのかなと思いますね。
ただ、うちは上場時の時価総額が約20億円ですから、ドラフト6位か5位ぐらいだろうという感じです。今は10倍になっていますけど。それでも、ここから自分がスター選手になってやるぞ、という気持ちで臨みました。
── 目標として、プライム上場と時価総額1000億円を掲げています。
髙村 プライムに上がる上がらないと言うけれど、どうせいつか上がるんだったら早いほうがいい。そのほうが効果を長い期間取れます。
グロースやスタンダードよりプライム企業のほうが社会的信用が高くて、それを使うなら長いほうがいい。どうせ決めているなら早くしよう、というのが自分の中の答えなんです。
「今の若い経営者のほうが、環境的に商売しやすい」
── 18年経営してきて、ずっと曲げなかった考え方はありますか?
髙村 目的に対して課題を見つけて、仮説を立てて行動する。皆さんも同じでしょうが、物事を判断するときに感情に流されずに、合理的に、定量的に判断することですかね。好き嫌いではなく、効率が高いというだけで、そちらを選ぶ。
── 事業の選び方にもそれが表れていますか?
髙村 なんとなく当たりそう、という理由でビジネスモデルや事業を選ぶことはあまりなくて、ある程度実証を経てから、本格的に投資していく。
資本を投下するのは、特定の人に依存せず、再現性があって仕組み化できる事業です。偶然当たるみたいなことは、あまり好きではないです。
── コロナ禍や震災を経て、考え方が変わったことはありますか?
髙村 大きな考え方は変わっていないと思いますね。経営者として経験は積んでいるのでアップデートはされていますが、思想が変わったかというと、全然変わっていないように思います。子供のころから性格も変わっていないんです。ずっと合理主義ですし。ドライには見られやすいですけどね。
── これから起業や上場を目指す若い経営者に、何か伝えるとしたら?
髙村 今のほうが、たぶん上場は簡単なんじゃないですかね。今年はサッカーのワールドカップがありましたが、今の日本人選手は、昔の日本人選手よりも上手いじゃないですか。
なぜかというと、小さいころからテレビやネットなどでプロのサッカー選手を当たり前に見て育った世代が大人になってコーチになって、その指導のもとで学んでいるからだと思うんです。加えて、世界の情報にめちゃくちゃ触れられる。各国の試合も動画配信で見られる。
自分たちの時代は、どうしたら上場できるかなんて誰に聞けばいいのか分からないという状態でした。熊本には上場企業が10社もない、それも17、18年ぐらい上場した会社がいない状態でしたから。だからもう、可能性があるものはとにかくやってみる、という感じでした。
でも今の若い人は、正解を調べれば出るし、AIが答えてくれる。目標とする企業もすぐ見られるし、模倣もできる。時価総額100億円問題がどうこうと言うけれど、やり方は手に入るんだから、アクセスしに行けばいいと思います。環境的には全然、商売しやすいと思いますよ。
── 上場せずに事業を売却する起業家も増えています。どう見ていますか?
髙村 価値観の違いなので、それはいいと思います。ドラフト1位でも早々と引退する選手はいますし、どこかで誰かが引退勧告をしてあげる必要もある。区切りがあったら解散して、次のステージに出るという選択肢もあると思います。
みんながプロ野球選手になるわけでもないですし、自分の場合は結論的にドラフト6位でしたが、プロ野球選手になりたくてやっている。社会人野球に行く人もいる、というだけの話で、それぞれの価値観です。
むしろ、「これ以上は大きくできない」と判断する人は賢明だなと思いますよ。成長の限界を感じながら事業を続けると、そこにいる社員やお客さんを幸せにしきれないこともある。もっと幸せにできる会社に売るというのは、全然いいと思います。
── 最後に、今後御社が目指すものを教えてください。
髙村 まずはプライム上場という、より世の中に影響力を与えられる目標をやっていこうと。その先に、もっと大きい会社になっていこうというところです。会社の成長が社員の生活の充実とイコールになればいいと思っています。
自分は、お客さんから「ありがとう」「こういう生活ができている」と言われるのが嬉しくて、それでやっている部分もあるんです。
ただそういうお客さんの幅を、自分の身の回りに限らず、もっと広げていきたい。今は200人弱の規模の会社であっても、それが1000人になれば、価値を提供できる数も、「いてくれてよかった」と言ってくれる人ももっと増えるはずですからね。
- 氏名
- 髙村 隼人(たかむら はやと)
- 社名
- GLC GROUP株式会社
- 役職
- 代表取締役社長