ふくおかFGと十八銀が統合ーーそんな新聞の見出しを見て、多くの銀行員が溜息をついたことだろう。ことの発端は日銀の「マイナス金利政策」だ。マイナス金利政策により、銀行の収益は圧迫される。その結果、銀行の統廃合が加速されるのではないか。特に人口減少地域における地方銀行の経営環境は、これまで以上に厳しさを増すはずであり、統廃合が加速するのは容易に想像出来る。
マイナス金利政策により市場に資金がこれまで以上に供給され、経済が活性化される。そういう理屈は理解できるが、そんなことよりも、銀行員の関心は自分の銀行が今後生き残っていけるかどうかだ。
銀行員の本音は「経営統合したくない」
自分が勤める銀行が他行と合併、経営統合すればどうなるか。一般的にそれを歓迎する銀行員は少ないはずだ。雇用は確保されるのか、雇用条件は悪化しないか……様々な不安が頭をよぎる。オーバーバンキングと融資金利の不毛なダンピング競争で銀行の収益力は悪化している。行員自らの人件費が銀行の収益にとって大きな負担となっていることを多くの銀行員は自覚している。合併や経営統合となれば、現在の雇用条件が見直される可能性は高い。経営者とて同じだ。新しい組織の中で地位を確保できる保証は無い。銀行員にとっては合併や統廃合はできることなら避けたいと願う厄介事だ。
しかし、監督官庁である金融庁はかねてより、「経営統合は重要な選択肢」として、ことあるごとに地方銀行に迫り、再編のタネをまいてきた。2018年3月期には地銀の8割が減益に転じると金融庁はみている。同庁幹部は「ゆでがえるのような状況になる前に、将来像を考えてほしい」と地銀に決断を迫ってきた。岩手県や愛知県、静岡県など1県に地銀3行がひしめきオーバーバンキングとなっている地域はまだある。
特に人口減が急速に進む東北地方では、仙台銀行(仙台市)ときらやか銀行(山形市)が2012年に経営統合を行ってからは再編が進んでいない。できることなら、経営統合は避けたい。本音ではそう考えている銀行が多いということだ。
マイナス金利政策は経営統合への「最後通牒」
2月22日、日銀の黒田東彦総裁は衆議院予算委員会での答弁で、マイナス金利政策について「国債利回りが大幅に低下したほか、貸し出しの基準となる金利や住宅ローン金利も低下し始めており、金利面ではすでに政策効果が表れている」と述べ、「今後実体経済や物価面にも波及していく」との見方を示した。
我々銀行員には、それはどこか人ごとのように聞こえた。都合の良い部分だけを強調し、都合の悪い部分には全く触れようとしていない。マイナス金利導入後、銀行の住宅ローン金利が低下したのは事実だ。不動産業界にも恩恵をもたらすことになるかも知れない。しかし、我々銀行員は肌で感じている。どんなに金利が下がっても、それが民間企業の設備投資意欲を刺激することにはならないということを。
確かに銀行の住宅ローン金利が低下し、住宅ローンの借り換え特需が起こっている。しかし、それは社会全体に新たな需要を生み出すものとは考えにくい。ローン支払額が削減されたからといって、ローン利用者がこれまで以上に積極的に消費に資金をまわすようになると考えるのは、余りにも短絡的だ。ローン金利の低下は、住宅取得意欲を後押しすることになるかも知れないが、すでに低金利が浸透している状況であり、新たにどれほどの需要を掘り起こすことができるのか疑問を残す。
むしろ、マイナス金利がもたらす最大の効果は意外にも地方金融機関の統廃合を後押しする効果なのかも知れない。長期金利の低下、貸出金の低下は銀行収益の根幹である貸出金の利ざやを圧迫することは明らかである。優良な貸出先がない地方の金融機関にとって「マイナス金利政策」は、経営統合への最後通牒のようでもある。
将来のビジョンを示せない銀行経営者
銀行経営者はいつも収益環境が厳しいことを訴える。長期化する金利低迷で利ざやが縮小し収益が圧迫されている。そんなことは、誰だって分かっている。どんなに融資を積み上げたところで、かつてのようにそれは収益をもたらさない。それが分かっているのに、融資残高の増強や地域シェアにこだわる銀行経営者のなんと多いことか。彼らは融資金の増強に恐ろしい規模の経営資源をつぎ込んでいるのだ。
「銀行にとって融資が全てである」と言わんばかりの営業施策だが、最前線の現場に立つ銀行員の多くが、こうした営業方針と現実のギャップに苦しんでいる。銀行経営者は環境の悪化を言い訳にするばかりで、まるで将来のビジョンを示すことができていない。
一銀行員として私の本音を書かせてもらう。いま目の前で起きている、投資信託や保険など金融商品に対する顧客ニーズの高まりを見逃してはならない。ここに銀行が生き残るための商機があるのではないか。
多くの顧客がマイナス金利に怯え、今後の資産運用に不安を感じている。マイナス金利政策の発表後、銀行の定期預金から外貨建保険など、多少リスクを取ってでもより高利回りの金融商品を求める動きが確実に広がっている。多額の銀行預金を保有している富裕層は特に顕著だ。多額の余剰資金を貯め込んでいる法人からも高利回りで運用できる外貨建債券などの問い合わせが増えている。日銀の意図したところとは異なるが、これまでにはない資金の動きを感じることができる。「貯蓄から投資へ」というかけ声では動かなかった資金が、マイナス金利で動き出そうとしている。銀行経営者は、一刻も早くこの潮流の変化に気付くべきだ。(或る銀行員)