英国がEU(欧州連合)を離脱する--いわゆる Brexit というパンドラの箱がついに開けられた。前代未聞の事態に直面した銀行員はこの長い一日をどのように過ごしたのか。我々銀行員の一日を紹介しながら、将来に語り継がれるであろう暴落の一日を振り返ってみよう。
目次
午前6時00分 起床、ニュースを確認する
当然ながら、この日の相場は英国の国民投票の結果によって大荒れになることが予想されていた。しかし、事前の予想では残留が優勢とされており、世界中の投資家が離脱はない思っていた。テレビの情報番組を見ながら、新聞、ネットのニュースをチェックし、状況に変化はないことを確認する。米国の株も大きく上昇しており、英国の残留を前提として世界が動いていたことを確認した。
午前7時30分 職場到着、ミーティングからスタート
私の職場の朝はミーティングからスタートする。各自がそれぞれ新聞やネットで情報は入手しているが、気になるニュースや統計、要人発表などを確認し、相場観を共有する。もちろん、部内で考え方が対立することもあるが、それはむしろ歓迎だ。それぞれが課せられた目標さえ達成できれば、眠っていようが、遊んでいようが構わない。それが私の部署だ。
「英国残留のシナリオで今日は動きそうだ。ただ、残留決定後は相場は下がると思うから、利益確定できるお客さんには今日中に利益確定してもらおう。余力のあるお客さんには売りから入ってもらおう」銀行が扱う商品ではカラ売りは出来ないが、日経平均株価と逆の値動きをする投資信託がある。これを利用することで、日経平均が下落した時に利益を出すことが出来る。
午前8時00分 誰もがさほど深刻には考えていなかった
それぞれがお客様に電話でセールスを始める。私自身も自分のお客様に「英国は残留しますよ。でもその後、相場は下がると見ています。今日は売りから入りましょう」とセールスする。他にも支店から「今日の相場の見通しについて教えて欲しい」といった問い合わせや、「このお客様に対してどのようなアドバイスや提案をすべきか」といった電話の応対に追われる。
この段階で概ね今日は誰がどんな金融商品を販売するのかを把握する。複雑なデリバティブを使っている金融商品や債券、仕組債といったものは支店では販売できず、我々の部署が対応することになるので、事前にある程度の目処を付け、人員の確保をしておく必要があるのだ。
報道では予想に反し離脱支持が優勢であることを伝えている。しかし、早く票が開くのは離脱支持派が多い地方であり、残留支持派が多い都心部の集計が出そろえば残留支持派が巻き返すというコメントも聞かれたため、誰もがさほど深刻には考えていなかった。
午前9時00分 取引開始 「おい、なんだよこれ!」
東京市場が開く。皆がパソコンのディスプレイに写し出される日経平均株価にくぎ付けになる。
「シカゴの日経先物に比べると、案外ショボイですよね。なんかイヤな雰囲気ですよ」誰かがそうつぶやく。つぶやきは次の瞬間叫びに変わった。
「おい、なんだよこれ!こんなの見たことないぞ!!」
為替相場が信じられない勢いで乱高下している。それにあわせて、日経平均もあっさりと前日比マイナスへと沈み、下げ幅を拡大している。一体何が起こっているのか分らなかった。
すでにメンバーのほとんどは営業のため事務所を出払っている。今日、注文を受ける予定のある部下に携帯で連絡を取る。「おい、相場、見てるだろうな。離脱派優勢で相場が荒れてる。今日の注文、流れても良いから無理するな!」
午前11時30分 「わたしはこういうの、耐えられそうにありません」
東証は午前の取引を終えたが、日経平均の前引けは1万5742円。暴落と呼べるほどの下落では無かった。「為替に比べると株は意外に動きが少ないな・・・。おい、昼休みの参加者が少ないタイミングで売りを仕掛けてくる可能性もあるから、先物の値見ておけ! あ、ドル・円も!」
女子行員が感慨深げにつぶやいた。「わたしたち、ひょとして歴史的な瞬間に立ち会ってるのかも知れませんね……」
「ああ多分そうかもしれない。きっと今日の相場は〇〇ショックって名前が付けられるぞ。こういう瞬間に立ち会えるなんてアドレナリン全開だよ」
「わたしはこういうの、耐えられそうにありません」
午前11時44分、ドル・円はついに99円09銭まで上昇した。
そして後場、ドル・円はいくらか戻したものの、日経平均は1万5000円にはとどかず、年初来安値を更新した。
午後3時30分 取引終了 「ノックインしてるのないかすぐに確認して!」
「ちょっとミーティングしようか」話題は今後の相場展開と顧客対応だった。
我々メンバーのなかでも今後の相場に対する考え方は様々だった。更に相場の下落が続くと考える者もいれば、今日が最高の買い場だったのではないかと考えるものもいた。当然答えは時間が過ぎてみなければわからない。しかし、我々がやらねばならないことは、山積みだ。
「仕組債、ノックインしてるのないかすぐに確認して!」
「このあと、欧州の相場開くと、第二波来る可能性あるからね。欧州株売られると思うから、ユーロストックスの仕組債持っているお客さん、リストアップ!」
午後5時00分 誰もが先行きに不安を感じている
欧州マーケットは下落こそしているものの、暴落という印象はなく、皆が胸をなで下ろした。皆クタクタになっていた。
顧客対応に追われる者、支店からの問い合わせに追われる者、だれもが先行きに不安を感じていた。そして、誰からともなく大口の顧客に対する状況説明の電話を始めた。
午後8時00分 「来週からどうして良いのか分らないです」
「お疲れ様、今日はこれくらいで終わろうか」
リーマンショック、ロシア危機、アジア通貨危機、私の世代はこれまで何度も危機という名の暴落を見てきた。でも、若い行員はリーマンショックですら、経験していないのだから、さぞかし不安だったのだろう。
「わたし、こんなの初めてです。来週からどうして良いのか分らないです」
私も明日の相場なんて分らない。今日の相場が危機の始まりに過ぎないのかも知れないという恐怖心はある。
「この部署で、こんな相場を経験できるなんてラッキーじゃないか。見ただろ、99円の数字! 後輩がここへ入ってきたとき、絶対自慢できるよ。わたしは離脱ショックの時の1日7円という史上最大の値幅を経験したって」
こうして、我々銀行員の長い一日は終わった。
いや、正確には米国の相場が終わるまで、離脱ショックが世界のマーケットを一周するまで我々の一日は終わらない。
我々は「見えない敵」と戦っている
今回の相場急変に多くのお客様が巻き込まれた。それはもちろん、不幸な出来事ではあるが、私たちも多くのことを学んだ。相場に絶対はない。これほどまでにショックが大きかったのは、「離脱はない」と誰もがタカをくくっていたからだ。
そう、「離脱はない」ーーよくよく考えてみると、一体誰がどんな責任の下にそんなことを言い出したのだろう。我々は、そして投資家は無意識に自分たちに都合の良い情報ばかりをフィルターにかけていたのだ。それは仕組まれたワナだったのかも知れない。
あの日の相場の急変で損切りせざるを得なかった投資家がたくさんいたはずだ。巨額の損失を被った投資家がたくさんいたはずだ。しかし、彼らの損失は誰かの利益となっているに違いない。我々は相場という土俵でそんな百戦錬磨の投資家達と素手で戦っているのだ。投資は楽しい。投資はおもしろい。しかし、我々は見えない敵から狙われていることを肝に銘じなければいけない。(或る銀行員)
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