潜在成長率を巡る問題
◆潜在成長率、GDPギャップの推移
潜在GDPとは、「中長期的に持続可能なGDPの水準」、「物価上昇率を加速させないGDPの水準」などと定義され、その変化率(年率)は潜在成長率と呼ばれる。潜在GDPと現実のGDPの乖離がGDPギャップ(需給ギャップ)とされ、現実のGDPの水準が潜在GDPの水準を上回ればGDPギャップはプラスとなり、逆の場合にはGDPギャップがマイナスとなる。
また、現実のGDP成長率が潜在成長率を上回ればGDPギャップのプラス幅が拡大(あるいはマイナス幅が縮小)、現実のGDP成長率が潜在成長率を下回ればGDPギャップのプラス幅が縮小(あるいはマイナス幅が拡大)する。
潜在GDPやGDPギャップは経済・物価情勢を判断する上で非常に重要な指標であるが、客観的なデータとして直接観測できるものではなく、推計によって求められる。そのため、推計方法や推計に用いるデータなどによって潜在GDP、GDPギャップの値は変わってくる。
日本銀行、内閣府、ニッセイ基礎研究所による直近の潜在成長率の推計値(*1)を見ると、概ね以下のような推移となっている。
1980年代に3~4%台であった日本の潜在成長率は1990年代初頭から急速に低下し、1990年代の終わり頃には1%を割り込む水準にまで低下した。2000年以降は1%台に回復する局面もあったが、2000年代後半に大きく低下しこの数年間はいずれもゼロ%台前半で推移している。直近(2015年度下期)の潜在成長率は日本銀行が0.2%、内閣府、ニッセイ基礎研究所が0.3%となっている(図表1)。
日本銀行、内閣府、ニッセイ基礎研究所による潜在成長率は、推計方法や推計に用いるデータが違うことなどから、異なった動きをすることがある。
たとえば、内閣府推計の潜在成長率は2005年頃から緩やかに低下し、リーマン・ショックよりもかなり前に1%を割り込んでいるが、日本銀行、ニッセイ基礎研究所推計の潜在成長率はリーマン・ショックが発生した2008年以降に急速に低下し、1%を割り込む形となっている。
また、日本銀行の潜在成長率は2010年頃から5年以上にわたってゼロ%台前半の推移が続いているが、内閣府、ニッセイ基礎研究所の潜在成長率がゼロ%台前半となったのは2013年頃である。
このように、短期的に見れば水準、方向が異なることもあるが、一定期間を均してみれば日本銀行、内閣府、ニッセイ基礎研究所の潜在成長率の水準は概ね等しくなっている(図表2)。
次に、潜在GDPと現実のGDPの乖離であるGDPギャップの推移を確認する。潜在成長率と同様にどの推計値を見ても大きな流れは変わらない。
GDPギャップはバブル期の1980年代後半から1990年代初頭にかけて大幅なプラスとなっていたが、バブル崩壊とともに急速に悪化し、1990年代前半にはマイナスに転じた。
2002年以降の戦後最長の景気回復局面の後半にはプラスに転じたが、リーマン・ショックによってGDPギャップのマイナス幅は急速に拡大し、2009年度には日本銀行、内閣府、ニッセイ基礎研究所のマイナス幅はいずれも▲7%台に達した。
その後は景気循環、東日本大震災などによってアップダウンを繰り返しているが、いずれの推計値でも明確なプラス圏には浮上していない。ただし、足もとのGDPギャップの水準は日本銀行の推計値が▲0.1%とゼロ近傍となっているのに対し、内閣府、ニッセイ基礎研究所の推計値が▲1%程度とマイナス幅が大きくなっている(図表3)。
なお、内閣府、ニッセイ基礎研究所の推計値に比べて日本銀行の推計値は動きが滑らかとなっている。これは内閣府、ニッセイ基礎研究所は、潜在GDPを推計したうえで、現実のGDPとの乖離をGDPギャップとしているため、現実のGDPの振れがGDPギャップの推計値に直接影響するのに対し、日本銀行は設備、労働の稼働状況からGDPギャップを推計し、そのギャップと現実のGDPから潜在GDPを求めているためと考えられる。
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(*1)内閣府は潜在成長率の四半期データ(前期比年率)を公表しているが、日本銀行は半期データ(前年比)の公表となっているため、内閣府(ニッセイ基礎研究所)のデータを半期ベースに転換した。
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