「船」と「外食」からななつ星は生まれた!?

唐池氏自身、鉄道以外の多くの事業に携わってきたが、その経験がまた鉄道事業にも活かされている。何より「ななつ星」は、鉄道以外の経験があったからこそ生まれたという。

「私はよく『自分には二つのふるさとがある』と言っています。一つが1991年に就航した博多―釜山間の高速船『ビートル』の事業立ち上げです。鉄道会社の社員がなんのノウハウもない海運に乗り出したのですから苦労もありましたが、多くの方の協力で、成功に導くことができました。

もう一つが、1993年から7年あまりにわたって手がけた外食事業。お客様に対するおもてなしやサービスの要諦を徹底的に学びました。この二つの経験から学んだ、『チャレンジする気持ち』と『サービスの重要性』が、ななつ星の原点です」

「鉄道以外」を知っているからこそ、鉄道事業の魅力も高まる。その意識は今や、全社員に根づいているという。

「JR九州では、ほとんどの社員が鉄道以外の業務に一度は出向します。むしろ、ずっと鉄道事業のままだと『俺、出世コースから外れたんじゃないか?』と不安になるそうです。こんな鉄道会社、他にないですよ」

観光という言葉が好きではない理由

ななつ星in九州(写真提供:JR九州)
ななつ星in九州(写真提供:JR九州)

外食時代に学んだサービスの重要性を折に触れて説くという唐池氏。中でも重要なのは「気づく力」だという。

「私はよく『気づきには三段階ある』と言っています。最初は、存在に気づくこと。たとえばレストランの入り口に人が来たら『いらっしゃいませ』と言う。たったそれだけのことですが、できていない店が多い。お客様は無視されることを何よりも嫌います。だから私は駅では必ず挨拶をするように、それも目の前に来たときではなく、駅の一角に入った瞬間に挨拶をしろと言っています。

次が『行動』に気づくこと。ホテルに大きな荷物を持って入ってきたお客様がいたら、スタッフは荷物を預かりに行きます。同様に、券売機の前でうろうろしているお客様がいたら、『切符の買い方がわからないのかな』と気づき、聞かれる前に案内する。行動というシグナルにいかに気づくかが大事なのです」

そして最後が「気持ち」に気づくことだが、これが最も大変だという。

「お客様が何も言わなくても、その心中を推し量ってサービスをする。一見、大変そうですが、相手の気持ちになって考えれば難しくはないはずです。この点、見事なのが、『ななつ星』を始めとしたJR九州の大半の車両をデザインしてもらっている水戸岡鋭治さん。列車に乗る人が何を望んでいて、どこに何があれば嬉しいか。それを事前に察知した心遣いが車両に溢れています。今、全国にいわゆる『観光列車』が数多くありますが、外見は真似できても、こうした心配りまでできているものはほとんどありません」

実は唐池氏、「観光列車」という言葉が好きではないのだという。

「そもそも『観光』という言葉が嫌い。先日も仕事でニューヨークに行った際、少し時間ができたので『セントラルステーションに観光に行きますか?』と誘われたのですが、『私は鉄道も好きじゃないが、観光はもっと嫌い。鉄道駅に観光なんてとんでもない』と断わりました(笑)。

観光というのは中国の故事から来た言葉で、『光を観に来る』ということ。他から人に来てもらうことばかりが強調されて、双方向になっていない気がするのです」