アジアからの観光客は「ストーリー」を求め始めた

はやとの風(写真提供:JR九州)
はやとの風(写真提供:JR九州)

JR九州ではこうした列車を「D&S列車」(デザイン&ストーリー列車)と呼んでいる。

「列車に限らず、あらゆるものにはストーリーが必要です。たとえば、鹿児島県を走る特急『はやとの風』のボディは、有名な『島津の退き口』の際の、漆黒の鎧に身を包んで疾走する島津軍をイメージしています。古くから伝わる神話や昔話をモチーフにした特急『海幸山幸』『指宿のたまて箱』もそう。観光列車と『D&S列車』の大きな違いは、こうしたストーリーがあるかどうかなのです」

日本には今、多くの外国人観光客、とくにアジアからの観光客が押し寄せている。彼らが今、敏感に反応するのもこの「ストーリー」だという。

「6年ほど前から上海に事務所を置いているのですが、九州に新幹線ができたと売り込んでも、見向きもしてくれません。今や中国には1万キロを超える高速鉄道網があるのですから、当然です。そもそも彼らは九州を『揚州』や『蘇州』のように、中国の地名だと思っている。

ただ、そんな彼らもD&S列車には『ぜひ乗ってみたい』と関心を示すのです。欧米人と同じく、今や中国やアジアの観光客も、単なる物見遊山から歴史や文化を楽しむ段階に入っているのです。とくに、水戸岡さんのデザインには、日本独自の心が入っている。だからこそ彼らを惹きつけるのでしょう」

「指宿のたまて箱」がまちづくりの核に

指宿のたまて箱(写真提供:JR九州)
指宿のたまて箱(写真提供:JR九州)

唐池氏は一方的な「観光」ではなく、「双方向の地域活性化」が必要と説く。そして、その理想は『定住してもらう』ことだという。

「一度来てもらうだけでなく、何度も来てもらい、『定年後にはここに住みたい』と思ってもらえるまちにする。大事なのは観光活性化ではなくまちづくりなのです。そのためには地域の人たちが自発的に『住みたいまち』にしなくては、ユニークな列車を走らせても、イベントを開いても意味はありません」

そんな「自発的なまちづくり」の象徴とも言えるのが、2011年に運行を開始した「指宿のたまて箱」だ。指宿温泉の女将さんたちが自発的に列車にちなんだメニューを考えたり、祭りに列車を模した山車を出したりと、列車をまちづくりの核として自発的に盛り上げる動きが始まったのだ。

「他にも、沿線の指宿市役所と指宿商業高校の人が手を振ってくれたり、たまて箱にちなんでカメを持ってきてくれたり……まぁ、そのカメはウミガメではなく、リクガメでしたが。

ただ、最も感激したのは、2年前に大雨のため線路そばの斜面から土砂が流入し、脱線事故が起きた際のことでした。地元の人が我々よりも先に車両に駆けつけ、けが人への応急処置や病院への搬送をしてくれたのです。鉄道会社として事故を起こしたのは申し訳ないことですが、地元の人が自分たちの列車だと思ってくれている何よりの証だと思ったのです」