日本政府は莫大な債務を抱えているが、それはだれから借金をしているということなのだろうか。2015年末時点の国債残高1040兆円の保有者をみると、主要な投資家は、銀行などの預金取扱機関が238兆円(残高に占める割合は23%)、保険会社が200兆円(同19%)、公的部門と民間部門をあわせた年金基金等が85兆円(同8%)、家計が14兆円(同1%)、海外投資家が110兆円(同11%)、日銀が331兆円(同32%)となっている。
幅広い主体が政府に対する債権を保有していることがわかるが、国債を保有する目的は投資家によってさまざまである。また、近年はその保有構造に大きな変化もみられている。
(本記事は、道盛 大志郎 著,編集, 大和総研 著, 川村 雄介 編集『
明解 日本の財政入門
』きんざい 2016/10/4 の中から一部を抜粋・編集しています)
近年の金融機関が国債の保有額を減少させている
受け入れた預金を運用しなければならない銀行は、優良な貸出先を見つけることができなければ消去法で国債を保有することになる。また、銀行に課されている規制に対応するために安全資産である国債を保有している面もある。国債は信用力が高いことから、金融取引上の担保としてのニーズもある。
もっとも、2012年3月末時点で約380兆円の国債を保有していた預金取扱機関は、その後は保有額を減少させている。特に、2013年4月に日銀が導入した量的・質的金融緩和政策を背景に、日銀への売却を進めているためである。2015年6月以降は、銀行等が保有する国債残高は日銀のそれを下回るようになっている。
保険会社は、その負債とのバランスを考えて国債を保有している。保険会社は、保険金の支払を確実に行うために、資産運用によって一定の利回りを確保する必要がある。保険会社の国債保有残高は長期的に増加傾向にあったが、2015年以降はその傾向が止まって頭打ちになっている。保険会社の主要な投資対象である30年国債の利回りは、それでなくとも低い利回りで推移してきたが、2016年1月の「マイナス金利」導入の公表以降に、いっそう低下したこともあり、国債を保有するインセンティブが低下している公算がある。
年金基金は、年金給付という負債が超長期的なものであるため、超長期債を保有する傾向がある。また、年金基金に関しては、公的年金の積立金を運用しているGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の動きも注目される。
GPIFは、さまざまな資産ごとの配分割合である基本ポートフォリオについて、2006~13年6月までの間は、国内債券運用比率を67%と設定していたが、株価の上昇といった運用環境の変化を背景に、2013年6月には国内債券運用比率を60%まで引き下げた。2014年10月には基本ポートフォリオの見直しをさらに行い、60%としていた国内債券運用比率を35%に引き下げ、国内株式や海外債券・株式等の比率を引き上げた。その他の年金基金も保有する国債残高を減少させているとみられる。
家計は国債全体からみるとまだ保有額は小さいが、銀行などよりも信用力が格段に高く、安定的なインカムゲインが得られる金融商品の1つとして国債を保有しているのだろう。ただ、最近は家計による国債保有はきわめて低調である。家計はわずかな金利低下にも敏感に反応して金融商品を選択しているためで、個人向け国債の利回りの低さから、償還後の再投資が進んでいない。
海外投資家は、外国政府などの公的機関が外貨準備運用の対象として、流動性の高い日本国債へ投資を行うケースがある。もちろん、一般の海外機関投資家が、日本国債の価格上昇によるキャピタルゲインをねらって投資を行うということもみられている。海外投資家は、日本の金融政策とは関係なく継続的に日本国債の保有を増やしており、保有残高は2013年3月の82兆円から2015年末に110兆円まで増加させた。
海外の機関投資家は、2014年よりドル-円ベーシススワップという円の調達コストが低下していることで、利回りの低い短・中期の日本国債であっても、収益的に魅力があるようである。
そして、中央銀行である日銀が、デフレからの脱却を目指し、貨幣供給量を増やす手段として大量の国債購入を行っている。現在では、国債の最大の保有者は日銀である。
日本国債、国内で消化できているから安全は本当なのか?
日本国債の保有構造やその変化からみて、悪化した財政状況のリスクをどのように認識すべきだろうか。これまでに国家的な債務危機を経験した中南米や欧州の国々では、自国通貨の大幅な減価やそれに伴うインフレが生じ、対外債務が膨張した。債務危機が発生した国の多くは、危機前から経済全体の国際収支が赤字で、自国の資金不足を海外からの資金流入でまかなっていた。債務危機が生じた条件の1つとして、海外からの資金への依存度が高い傾向があった。
この点、現在の日本の国債保有構造をみると、海外の投資家による国債保有は徐々に増加しているものの、依然として低い。他の主要先進国と比べると、国債の海外部門による保有シェアは、日本が11%(2015年12月時点)であるのに対し、米国は43%(2015年6月時点)、英国は27%(2015年6月時点)、ドイツは60%(2015年3月時点)、フランスは40%(2015年3月時点)、イタリアは39%(2015年6月時点)である。
仮に海外投資家が日本国債を売却してお金を引き上げてしまったとしても、日本の国際収支は黒字であり、国内にある資金で吸収することができるため、日本国債は安全であるという見方がある。たしかに、日本はむしろ海外に資金を貸し出している世界最大の対外純債権国である。
しかし、国債の残高ベースではなく、売買ベースでみると様相は違ってみえてくる。国債の流通市場における海外部門の売買シェアは徐々に高まっており、近年は20~30%程度で推移している。また、日本国債の先物市場における海外部門の売買シェアは、最近は5割を超えている。国債の金利は、現物市場と活発な取引が行われている先物市場との間の裁定関係で形成されている。先物と現物の国債利回りの相関係数は0.8~1.0で推移している。
ストックだけをみて国内部門で国債を消化できているから、日本国債が安全だとする議論には落とし穴があるかもしれない。
取引というフローをみれば、海外部門は流通市場や先物市場での取引を通じて国債の金利や価格に影響をもたらしていると考えられるからである。加えて、これまで国債を国内で消化できていたからといって、今後もそれが続くという保証はどこにもない。これまで日本が潤沢な資金を有してきたことの意味は、家計が貯蓄を行い、その資金が銀行や保険会社を通じて国債への投資にもまわっていたということである。だが、これからの日本はいっそうの高齢化によって貯蓄残高を取り崩す経済構造になると予想されている。
また、1990年代中頃以降現在まで、企業部門が大幅な資金余剰主体になっている。企業が資金余剰であるということの意味は、利益があがっても設備投資をせずに、借金を返済したり、預金をしたりしているということである。そうした資金が銀行等を通じて国債保有に回ってきた。だが、人々が経済成長を望み、そのための成長戦略が成功していけば、必然的に企業部門の資金余剰幅は縮小すると考えられる。言い換えれば、今後は国債の消化先として、海外への依存を高める可能性も十分に考えられるということである。
よくよく考えると、仮に日本国債が安全でないとしても、日本国内で保有されていれば安全になるという議論自体がおかしくないだろうか。
国内の投資家も海外の投資家も、リターンとリスクを評価したうえで日本国債を保有しているはずであり、放漫な財政運営が続いて元利償還が怪しいと考えるようになれば、国内投資家といえども国債を手放すだろう。金融商品は世界中にあふれている。日本国債を購入する資金が十分にあるという話と、国債をどう評価するかという話はまったく別の話ではないだろうか。
矢作 大祐 大和総研金融調査部研究員
2012年慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程修了、大和総研入社。財務省国際局出向(2013~15年)などを経て、2015年より現職。
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