スーツの「ベスト」を着てみたいと思っていても、どうやって着こなせばよいのか困っている人が意外と多いようだ。ただ、ベストの歴史も含め、シーン別の選び方や正しい着用マナーなどをきちんと知っていれば、その迷いはたちどころに消える。ベストは決して非日常的なアイテムではなく、ビジネスやちょっとした集まりの場などでさりげなく存在感を示せる強い味方といえよう。

目次

  1. スーツのベストとは?ベストの歴史
  2. スーツでベストを着る理由、ベスト着用のメリットとは?
  3. スーツのベストの種類
  4. スーツのベストのシーン別選び方
  5. スーツのベストの正しい着方・マナー
  6. 気後れせず自然体で着こなす
(写真=PEPPERSMINT/Shutterstock.com)

スーツのベストとは?ベストの歴史

ベストは上着、ズボンとともに構成されるスリーピーススーツのパーツで、シャツと上着の間に着用する「中衣」または「胴着」といわれるものを指す。時代や国により名称や形が少しずつ変化してきたものの、その歴史をたどってみるとかなり古く、17世紀のイギリスで生まれている。当時の余裕がない財政を引き締める目的から、豪奢で放縦な貴族の服装を改めさせるために当時の国王、チャールズ2世が1666年に出した「衣服改革宣言」が発端だ。国王が服装を統一するために打ち出したベスト付きのスリーピースが、今でもイギリスのブリティッシュスタイルとして継承されている。

現代のベストは上着の下に着る袖がないものが一般的だが、もともとは袖があり、15世紀後半から17世紀前半にかけてのヨーロッパでは「タブレット」の名称で男性用の上着として用いられた。その後次第に着丈や袖丈が短く、身幅も細身になり、17世紀後半には防寒服から変化した上着を重ねて身に着けるようなった。

この頃のベストにはまだ袖があり、上着の袖口からはシャツではなくベストの袖先がのぞいていた。その後18世紀に入って上着が細身になるのに伴い、ベストは袖無しが当たり前になっていく。袖の無いベストはイギリスでは「ウエストコート」、フランスでは「ジレ」の名称が定着した。イギリスの場合、ベストという言葉はアメリカ英語の「アンダーシャツ」を意味することが多いという。アメリカではベストと呼ぶが定義がゆるやかで、スーツの一部という考え方にとらわれず、袖がない中衣全般のことを指す。その中には女性用のものや、中衣でなく上着として着用するものも含まれ、日本でもほぼ同様の意味で使われている。

日本でスーツが着用されるようになった時期は、西洋文化の流入が活発化し始めた幕末期から明治時代という説が有力だ。西洋人と対峙して公平な商取引や交渉を進めるためには、同じような服装を整えるべきだという風潮が生まれたことによる。当時は政治家や企業家、裕福な人たちなど一定の層に限られていたが、大正時代になるとホワイトカラーを中心に一般の人たちにも着用されるようになった。

当時の日本では、イギリスのブリティッシュスタイルが基本モデルだった。ベストが付いているスリーピースが正統派とされ、オーダーメードで仕立てるしかなかった。現代でもベスト付きスーツは「三つ揃え」と呼ばれている。日本ではベストのことを「チョッキ」とも言うがこれは日本特有の呼び名で、「直着」という意味や「ジャケット」の発音の訛りなど諸説がある。

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スーツでベストを着る理由、ベスト着用のメリットとは?

ベストの歴史にもあるように、もともとベストには袖があり、その下に着るシャツは現在と違って「下着」と考えられていた。上着を脱いだ時に下着に相当するシャツが剥き出しになることを避けるため、ベストは紳士の必須アイテムとして着用されてきた。シャツ姿を回避するにはベスト付きが原則ということが、スーツ発祥の地・イギリスにおけるもともとの発想といえる。ベスト着用はおしゃれのための要素というよりも、むしろ公共の場でのマナーやエチケットに近い考え方だった。普段は上着を着ていても、仕事をする時やちょっとした活動的な場面、あるいは暑さなどの理由により上着を脱ぐ必要に迫られることがある。そのような時でもベストさえ着用していれば、相手や周りの人に無礼と思われることはなかった。

現代では、ベストは結婚式やパーティーなどフォーマルな場面だけでなく、ビジネスマンの商談シーンでも高級感やスタイリッシュイメージを発揮する。スリーピースをきちんと着こなすことで相手に信頼感を与え、上着を脱ぐ機会があってもワンランク上の身だしなみが維持できる。日々のビジネスコーディネート力がアップし、その幅も広がることは間違いない。

スタイリッシュに見えるのは、視覚効果によるものという裏付けもある。ジャケットの前ボタンの位置から首元までのVゾーンに奥行きが生まれることで、からだを立体的にたくましく見せる効果があるとされる。また、柔らかい生地から成るシャツと違い、フィット感がある生地で仕立てているため、色味が濃いベストを着ると腹回りが引き締まったように見える。さらにベストを着た場合には、着ない場合と比べて全体的なシルエットに統一感が生まれる。

また、言うまでもないが、ベストを1枚着用しているだけで冬場はかなり寒さが防げて暖かい。温度差がある場所や季節の変わり目などの体温調節には、最適な衣類といえるだろう。このように見た目と実用面双方の効果が得られることも、ベストが長く愛される理由として挙げられる。

スーツのベストの種類

現代の日本でスリーピースのベストといえば襟なしのシングルタイプが一般的だが、ベストには本来ダブルタイプや襟付きもある。大きく分けるとシングルタイプとダブルタイプ、さらにそれぞれ襟なしと襟付きの4種類となり、いずれも雰囲気が違ってくる。

最もオーソドックスな「シングル襟なし」タイプは、言わばスリーピース着こなしの原点だ。お洒落にあまり自信がない人や若い人でも抵抗なく着られることから、フォーマルウエアにも一般的に用いられている。シックで好感度が高いイメージの「ダブル襟なし」タイプは、スーツの着こなしにこだわりを持っている人や、目新しさを求める人向きといえよう。

襟付きベストは「ラペルド」とも呼ばれ、特にクラシカルなスーツのベストに用いられることが多い。最近の既製服ではほとんど見かけないが、ブリティッシュスタイルのスーツなど、本来のベストには襟が付いていた。襟なしベストに比べて上着を着用したイメージに近く、ファッション性も高いため、どちらかと言えば上級者向きだ。襟の種類についてもいろいろあるが、スーツの定番のノッチカラー、へちま襟とも呼ばれるショールカラー、襟先が尖ったピークドラベルカラーなどが一般的だ。「シングル襟付き」タイプでも十分にノスタルジックだが、「ダブル襟付き」ならば重厚でクラシカルな雰囲気が一層強まる。ブリティッシュテーストに着こなしたい時には、古き良き時代を連想させるエレガントな襟付きがおすすめといえる。

基本的にはツーピーススーツと同じ生地で仕立てられたベストをスーツベストと呼び、カジュアル色が濃いベスト単品のものはオッドベストと呼ぶ。ただスーツベストでも、凝ったイメージやお洒落感を出すために上着やズボンと別な生地を使っているものもある。オッドベストの「odd」は片方や半端という意味で、ファンシーベストという呼び方もする。カラフルな色柄や多様な素材を使った個性的なデザインのものも多い。

スーツのベストのシーン別選び方

スーツのベストはフォーマル、ビジネス、カジュアルといったそれぞれのシーンで活躍する。ただシーンに合わせた選び方をしないと、せっかくの着こなしもちぐはぐになってしまうので注意が必要だ。

フォーマルシーンでのスリーピーススーツの装いは、モノトーンの配色が一般的だ。ベストもスーツと同様に黒が無難だが、慶事ならばネービー系もさわやかで若々しい。オッドベストでもシルバーグレーやホワイトなら問題なく、別生地で仕立てた柄入りでも上品ならば着用が可能だ。

一方でビジネス向けではフォーマルシーンとは異なり、黒のスーツやベストは避けた方がよいとされている。ネービー系、グレー系、ブラウン系など落ち着いたイメージの色が向いており、大切な商談の場でも安心して着用できる。上着の色と全く同じではなく、同系色でまとめつつコントラストを付けて仕立てると、よりスタイリッシュなイメージとなる。中でもライトグレーのベストは、どんなスーツにも映えるので1枚あると便利だ。また人前で上着を脱ぐこともあるため、生地も大切な要素となる。できれば風合いがよく、糸密度が高いかっちりした上質のものを選びたい。

カジュアルシーンでは特にこれといった制約はなく、スリーピーススーツでも上着の共布を使わないオッドベストの出番が多い。スーツにベスト単品を組み合わせることもできるため、まさにセンスの見せ所で、チェックやストライプ、千鳥格子、ドット、ペイズリーなど遊び心のある柄使いが楽しめる。オッドベストでは生地にもニットや綿、ポリウレタン混紡などさまざまな素材が用いられるが、なるべくスーツ地と違和感のないものを選ぶことがポイントだ。

スーツのベストの正しい着方・マナー

ベストはスーツスタイルをワンランクアップさせられるうえに利便性の高いアイテムだが、着こなしや組み合わせ、マナーなどで悩んだり迷ったりすることも多い。ベストを正しく着用するためには、まず丈に注目したい。ベストの丈は長すぎても短すぎても不自然で、着丈の目安はベルトがちょうど隠れる程度がよい。これはベストを着るうえでの基本知識で、重要なマナーともいえるため、購入時にはより慎重なチェックが求められる。

上着の下に着ることを踏まえると、ベストのフィット感も大切な要素となる。大きすぎるともたつくうえ、見た目もだらしない感じになる。小さすぎてもベストとベルトの間からシャツが見えてしまい、マナー違反となってしまう。また、袖口のサイズが合っていないと背面の生地が浮いてしまうこともあるので、この点も気を付けたいポイントといえる。スーツと同じく、ベスト選びもジャストサイズが鉄則だ。

シャツについて言えば、ベストの下にシャツの襟が収まる形がバランスがよい。襟がはみ出てしまわないように、少し広めに襟が開き、襟足もやや高めなワイドカラーのシャツが向いている。一般的に、ワイドカラーシャツはスーツの本場の英国調のスーツにコーディネートされている。おしゃれにきちんと着こなすには、こういったディテールにまでこだわることが大切といえよう。

男性用スーツの基本的なルールとしては、上着の一番下のボタンは留めないという「アンボタンマナー」がある。ベストも同じで、一番下のボタンは留めないでおくことが正しい着方となる。留めてしまうと前裾にシワがよってゆがんだり、シルエットが崩れたりしてしまうため、あくまでも単なる飾りだと考えておけばよい。また、ベストを着る際に上着のボタンを留めるべきか留めないべきか迷う人も多いようだが、あくまで本人の好みの問題で、ベスト着用時は開けていても大丈夫だ。ボタンを留めてしまうと独特のスタイリッシュ感が失われるとの考え方もあり、スーツの本場の欧米でも上着のボタンを留めない人が多い。

シングルタイプのベストのボタンは基本的に6個とされているが、これは防寒服だけでなく軍服もベストの原型だったいう歴史が背景にある。現在は5個も多く、スリーピース初心者の若年層ではVゾーン面積が広めの4個を選ぶ人もいる。ダブルタイプのベストでは、ボタンは左右に3個または4個並びで、合わせて6個または8個付いているのがスタンダードとなる。この場合もシングルタイプと同様の理由で、一番下のボタンは留めないことがマナーだ。

気後れせず自然体で着こなす

歴史から着こなし・マナーまでベストに関する基本的知識を身につけたことにより、その多大な魅力に気づいていただけたと思う。スリーピースを着用すれば、知的で落ち着いた大人の男性としての魅力を自然にアピールできるようになる。ワンステップとして、まずは自分が好む定番の色やデザインから選び、気後れせずに自然体で着こなすことさえできれば大成功だ。もうその時点で、あなたは晴れてダンディーでエレガントな紳士たちの仲間入りができる。(ZUU online編集部)

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