2017年7月31日に、社会保障審議会年金部会の下に経済前提に関する専門委員会が招集され、2019年に公表予定の新しい公的年金財政の見通し(財政検証)に向けた作業が始まった。新しい見通しの作成では、経済前提に限らず、前回の見通しと実績がどう乖離したかの分析が重要になる。

注目される乖離の1つが、公的年金の実質的な給付削減(マクロ経済スライド)で使用される調整率の乖離である。調整率は、前回の見通しではマイナス1.1%程度で推移する見通しだったが、実際には小幅なマイナスにとどまり、かつマイナス幅が縮小傾向にある(図表1左)。この結果、実質的な給付削減が事前の見通しほど進まず、年金財政の健全化を遅らせる要因になる点が懸念されている。

マクロ経済スライドの調整率は、公的年金全体の加入者数の増加率(5年度前の年度平均から2年度前の年度平均までの3年分の増加率の幾何平均)と長寿化を勘案した率(マイナス0.3%)との合計である。そこで公的年金全体の加入者数を確認すると、実績が見通しを上回る状況が続いており、年々乖離が大きくなっている(図表1中)。特に、厚生年金の加入者(厚生年金第1号被保険者=会社員)で実績が見通しを大きく上回っており(図表1右)、これがマクロ経済スライドの調整率で見通しと実績の乖離が発生している主因になっている。人手不足感に代表される雇用情勢の改善傾向が、公的年金財政に影響していると言える。

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厚生年金加入者の推移を年齢別に見ると、いずれの年齢階層でも実績が見通しを上回っており、特に60~69歳で見通しと実績の乖離率が大きい(図表2)。2014年に作成された見通しでは、労働力率の前提に、2014年2月に独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)がまとめた「労働力需給推計」の結果を用いている。同推計では3通りの見通しが示されており、その中で将来の労働力率が最も高いのが「労働市場への参加が進むケース」である。このケースは、希望者全員の65歳までの雇用が確保される企業の割合が2025年には100%まで高まる前提で作成されているが、それを上回るペースで高齢者の就労状況が好転していることを示唆している。

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加入者数の想定以上の増加によりマクロ経済スライドの調整率は小幅にとどまっているが、60歳以上の加入者の増加は厚生年金財政にプラスの影響を及ぼす。厚生年金財政の支出は、約30兆円が厚生年金の給付費で、約19兆円が基礎年金の費用(基礎年金拠出金)である。基礎年金の費用は、当年度の基礎年金給付に必要な費用を、当年度の国民年金の加入者数と厚生年金の加入者数(本人と配偶者(国民年金第3号被保険者)の合計)で按分して負担している。この按分計算の対象となるのは、厚生年金加入者のうち20歳以上60歳未満に限られるため、60歳以上の加入者が想定以上に増えても、厚生年金財政が負担する基礎年金拠出金は変わらない。他方で厚生年金の保険料率は年齢によって違いがないため、60歳以上の加入者の想定以上の増加は、20歳以上60歳未満の加入者の増加と比べて、厚生年金財政にプラスの影響を及ぼす。このため、加入者数の想定以上の増加が公的年金財政(特に厚生年金財政)にどう影響するかは、この60歳以上の加入者の増加が及ぼす影響と、マクロ経済スライドの調整率が想定よりも小幅になることの影響の、双方を慎重に分析する必要がある。

また、より最近の動きとして注目されるのが、2016年10月から実施された厚生年金の適用拡大に伴う加入者数の増加である。制度改正に向けた議論の中では、この適用拡大で約25万人が新たに厚生年金の加入者となることが見込まれていたが、加入者数の月別の推移を過去と比較してみると、見込みを上回る30万人前後の規模で厚生年金の加入者が増加している(図表3の右下)。この増加には、厚生年金の適用基準が週30時間以上から週20時間以上(ただし正社員501人以上など他の4条件も同時に満たした場合)に広がった影響に加えて、キャリアアップ助成金の改正にあわせて短時間労働者の週所定労働時間を5時間以上延長して厚生年金の加入条件を満たすようにした場合も含まれる。さらに2017年4月からは、(1)地方公共団体は規模に関わらず強制適用、(2)正社員500人以下の企業等で労使が合意した場合は任意適用が可能、になっている。人手不足の下、人材確保策の1つとして任意適用の普及が予想される。

このような雇用情勢が公的年金財政の見通しにどう影響するか、今後の動きを注視したい。

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中嶋邦夫(なかしま くにお)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター兼任

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