今年1月、英国を訪問した際に、ロンドン南東部のデプトフォート地域で「Meet Me at the Albany(オルバニーで会いましょう)」という活動を視察させていただいた。

英国,エンテレキー・アーツ,アート,高齢社会
(写真=著者撮影)

これは、エンテレキー・アーツという芸術団体とオルバニー・アートセンターが毎週火曜日に開催しているもので、60歳以上の高齢者なら誰でも、絵画や音楽、ダンスなどに自由に参加できるプログラムだ。時にはジャズを楽しんだり、サーカスのワークショップを体験したり、あるいはトップレベルの詩人とともに詩の創作に取り組んだりすることもある。

私が訪れた日は、美術、音楽、ダンスの3人のアーティストが招かれていた。10時30分からのプログラムに集まってきたお年寄りは20~30人。家族同伴で車いすの人も少なくない。ロビーの大きなテーブルでそれぞれに好きな画を描き始めると、時折アーティストやボランティアが声を掛けていく。やがてコーラスが始まり半数ぐらいの人が参加。その後ランチ、休憩を挟んで、午後はダンスのワークショップが用意されていた。

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この活動は、2013年秋、独居老人がデイセンターではなくアートセンターに通うことでどのような変化をもたらすことができるかを模索しようと始まったものである。今では参加希望者のウェイティングリストができるほどの人気である。6ポンド(約1,000円)の参加費には、ランチやドリンクも含まれており、一日中センターで様々な文化活動に参加できる。

何人かのお年寄りにこの活動に参加して何が変わったか尋ねてみると、「I’m back. I’m self again.(自分を取り戻しました)」「Life starts again(人生の再スタートです)」という答えが返ってきた。短い言葉に、この活動の意味が集約されている。

英国でも独居老人の増加は大きな問題になっており、75歳以上の高齢者は半数以上がひとり暮らしだという。彼らはオルバニー・アートセンターでの文化活動を通して、社会とのつながりを回復し、新しい出会いや人生の再スタートのチャンスを獲得しているのだ。

しかし、話しを伺ったエンテレキー・アーツの活動で最も印象に残ったのはBEDというストリート・パフォーマンスだ。まるでうち捨てられたように通りに一台のベッドが置かれ、そこにはパジャマ姿のお年寄りがひとり枕に寄りかかっている。演じるのはエンテレキー・アーツが立ち上げたわずか数人の高齢者劇団のメンバーである。

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通行人の多くは足早に通り過ぎるが、中には怪訝な表情で「大丈夫ですか」と話しかける人がいる。するとベッドの上の老人は身の上話を始める。「子どもたちは遠く離れた町に住んでいるので、今はひとり暮らし。家には犬しかいないの」。すると何人かがベッドの周りに立ち止まり、会話が始まる。自分も遠く離れた両親が心配だとか、最近、近所のお年寄りを見かけなくなった、とか。

やがて劇団のスタッフが現れて、それがお芝居であることが明かされるが、その場に立ち会った人々には、独居老人の現実がより差し迫った問題として提示される。この奇妙な体験は深く記憶に残り、中には、しばらく会っていなかった両親を訪問する人も出てくる、というものだ。

つまりBEDは、演劇によって独居老人の問題を社会にアピールし、それを見た人に具体的な行動を促そうというものである。

エンテレキー・アーツは高齢者や障がい者などを対象に多様な参加型のアート・プロジェクトを展開している。今週末、そのディレクターのデービッド・スレイターさんが来日し、埼玉県のシンポジウムで講演を行う予定である(1)。日本でも高齢者を対象にした芸術活動は各地で行われ、様々な成果が報告されているが(2)、デービッドさんの話は刺激的で大いに参考になるに違いない。

[参考]
エンテレキー・アーツ
http://www.entelechyarts.org/
Meet Me At The Albany
http://meetmeatthealbany.org.uk/

(1)世界ゴールド祭(2017年9月21日~24日)
http://www.saf.or.jp/arthall/stages/detail/4370
(2)吉本光宏、アートが拓く超高齢社会の可能性
http://www.nli-research.co.jp/files/topics/39569_ext_18_0.pdf?site=nli

吉本光宏(よしもと みつひろ)
ニッセイ基礎研究所 社会研究部 研究理事

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