栃木の新たな注目スポット~こだわり野菜がズラリ
40年ぶりの大改修を終えた日光東照宮をはじめ、人気の観光地が目白押しの栃木県に最近、もう一つ話題のスポットがある。宇都宮インターを降りて5分ほど走るとある「道の駅うつのみや ろまんちっく村」。年間140万人以上が訪れる人気上昇中の道の駅だ。
人気の理由、その1は朝採れ野菜が並ぶ直売所。8時半のオープン前にはすでに行列ができている。客でにぎわうトマト売り場。特に人気なのはある農家が作ったトマトだ。作り手の祖母井善昌さんにファンがついていた。「祖母井さんのトマト」は甘くて味が濃いという。
大きく曲がっているネギも大人気。この「曲がりネギ」は宇都宮郊外の新里地区だけで作っている。育てている途中で一度抜き、斜めに植え直し、わざと曲げている。すると曲がっている部分に甘みが凝縮するという。炭火であぶって醤油をたらすと絶品に。
直売所に置いてあるのは野菜や果物など年間100種類ほど。「島田さんのなす」「坂本さんの玉ねぎ」などと、こだわり農家の名前を前面に出してアピールしている。
なかには農家が庭先で作っている「ポポー」という珍しい果物も。「ポポー」は北米原産の幻のフルーツと言われ、カスタードクリームのような濃厚な甘さが特徴だという。
「ろまんちっく村」の魅力はこれだけではない。直売所の奥には広大な森や田畑が広がり、敷地面積は東京ドーム10個分もあるという。人気の理由、その2は「体験」だ。「体験したい道の駅」ランキング(日本経済新聞社)で東日本一位に選ばれた。
まずは広大な森の中をハイキング。森を抜けるとそこは大きな畑になっている。行なわれていたのはイモ堀り。「ろまんちっく村」では年間50種類の作物を作っており、一年中、何かしらの「野菜の収穫体験」(500円)が楽しめる。お昼ご飯も体験スタイルが売り。「パン作り体験」(1組1000円)だ。生地は地元宇都宮産の小麦100%。生地には天然酵母も練り混んである。それを大きな窯に入れ、薪で焼き上げる本格派だ。
敷地内には温水プール(大人1020円、小学生以下460円)や露天風呂付き天然温泉(大人500円、小学生以下200円)も。宿泊施設もあり、2食付きで8100円~とリーズナブルだ。夕食は「ろまんちっく村」の中にあるレストランで。メインは栃木県産のブランド豚「ゆめポーク」を使ったソテー。レストランの横にはビール工房があり、でき立ての地ビール「麦太郎」(620円)も味わえる。
「ろまんちっく村」を運営するファーマーズ・フォレスト社長、松本謙(50歳)は、「お客様は日ごろのストレスを抱え、ある意味で非日常を味わいたい。ここに来て良かったなと思って楽しんでいただけるような場になってもらいたいと思います」と語る。
道の駅発着の驚きのツアー~地域の課題も同時に解決
「ろまんちっく村」は1996年、宇都宮市の第三セクターが運営する農林公園として誕生した。しかし熱帯温室ぐらいしか売りがなく、客足は落ちる一方だった。そこで宇都宮市は民間に運営を委託することを決定。それに応じたのが松本だったのだ。松本は「ろまんちっく村」を道の駅に改装。売上高22億円、従業員220人までに成長させた。
集客アップの鍵は、「地域の知られざる魅力の発掘」にあるという。
「地域にはいろいろな資源が眠っていて、コンテンツもいっぱいあるんです。地域の魅力を再発見するところにうまくつないでいくのが自分たちの役割。地域をプロデュースする会社じゃないでしょうか」(松本)
ファーマーズ・フォレストが発掘してきたのは農産物だけではない。並べるそばから売れていくパンもそのひとつ。実はバイヤーがかなり意外な場所で見つけてきたパンだ。
その萬堂本舗があるのは町の外れ。「入って来てもパン屋に見えませんでしょう。だから入ってきてもUターンして帰る方がたくさんいらっしゃいました」と、ご主人の引野純さん。引野さんは立体看板の職人。本業の傍ら趣味でパンを焼き、近所の人向けに細々と売っていたところ、大評判になった。その噂を聞きつけたファーマーズ・フォレストが「直売所に置いてみないか」と、口説き落としたのだ。 「こういうところでお得意さんを相手にやっているのと比べると、買っていただけるお客さんの層も増えるし、売り上げも当然上がります。看板屋? 開店休業です」(引野さん)
「ろまんちっく村」の人気の理由、その3は「観光ツアー」にある。
道の駅を出発して着いたのは、大谷石という建築用に使われる石を切り出した跡地。20年以上放置され廃墟となっていたが、地主と交渉してファーマーズ・フォレストが整備。予約が殺到する人気のツアースポットにした。
暗がりの中を進んでいくと、現れたのは雨水がたまってできた巨大な地底湖。ここをゴムボートでクルージングする。地底湖の奥でボートから降り、向かった先には神秘的な光景が広がっていた。特別な気象条件の時にしか見られないという「地底の雲」だ。
地底湖から上がるとランチが用意されていた。栃木の有名シェフが腕によりをかけた、地元食材を使ったフレンチ。メジャーではなくても、そこの良さを再発見し、演出を加えることで魅力的なツアーになるのだ。
「地域の課題を解決するツアー」(松本)もある。大田原市八溝地区で3年前から始まった「手作り紅茶の体験ツアー」もそのひとつ。八溝は江戸時代から続く日本茶の産地だった。しかし1960年代から人口が減少し、畑も次々と荒地に。そこでファーマーズ・フォレストが観光ツアーと組み合わせることで、茶畑の再生に協力したのだ。
日本茶だと静岡など有名産地に埋もれてしまので、紅茶に切り替えることも提案した。
この事業をプロデュースした石崎美映子は、大手旅行会社JTBからの転職組。地元の人たちと共に、さまざまな課題解決ツアーを作りあげてきた。荒れ果てた竹林を復活させるための「竹林ディナーツアー」(4500円)、後継者不足に悩む林業に興味を持ってもらうための、「林業体験ツアー」(3500円)……こうしたツアーで栃木の魅力を知ってもらえるし、生産者もやりがいを取り戻すという。
いま一番行きたい道の駅。赤字から大逆転の秘密
松本は長野県軽井沢の生まれ。慶應大学を卒業後、施設管理会社で「さいたまスーパーアリーナ」などのビッグプロジェクトを手掛け、その後は温泉旅館の再生事業に手腕を振るった。仕事は充実していたが、一つの悩みを抱えていた。 「箱モノを中心としてリノベーションし、運営を担って引き渡すということの繰り返しなんですけど、もう少し自分の役割としてなにか大きいことができないか、と」(松本)
そんなときに目にした「ろまんちっく村」の運営会社の募集。実際に現地を視察した松本は「これだけの敷地を活用して、自分たちでいろいろな仕組みを作れると思ったら、すごくワクワクしました」という。
松本は会社を退職し、2007年、ファーマーズ・フォレストを立ち上げた。
真っ先に取り組んだのは直売所の改革だった。店に並ぶのはありふれた品ばかり。「客を呼ぶためには魅力ある商品が必要だ」と考えた松本は、当時、運営を農協に丸投げしていた直売所を直営にすることを決断した。
「限定された地域の限定された作物しかなく、午後になるとほとんどの物がなくなってしまう。『ろまんちっく村』なりのサービスをきちんと提供できる形にしなければいけないと思いました」(松本)
ところが、社員たちは「何の権限があってこれまでの取引をつぶすんだ」「俺たちがやってきたことを否定する気か」と猛反発。当時の社員の大半は第三セクターから引き継いだ人たち。彼らは変化を嫌ったのだ。
「多勢は第三セクターの方々。ある意味、会社の中に2つの組織があった。とても居場所がないような状況でした」(松本)
当時パートだった川又瑞穂も三セクの悪しき体質にひたっていた一人だったという。
「夏は暑いからお客さんが来ない。冬は寒いから来ない。そのときはそれが当たり前だと思っていました」(川又)
社員の反発に頭を抱える松本の心を奮い立たせたのは、ある農家の一言だった。 「『社長の下にどれだけの生産者がぶら下がっているか、見えないのか。今、改革を止めてしまったら、どれだけの生産者を裏切ることになるか分かるか』と言われたんです」(松本)
当時、松本の目を覚まさせた御子貝荒江さんは「第三セクターで赤字経営なっていたから、しがらみのない人が新しい感覚で起こすことも大切かなと。ちょっと厳しいことも申し上げたかもしれません」と語っている。
松本は従業員ひとりひとりと対話を続け、三セクから民間への改革を進めた。そして10年、従業員たちには「地域の役に立ちたい」という思いが浸透している。川又は6年前に正社員となり、いまは商品開発を担当。新商品のヒントを探すため、進んで生産者を訪ねるようになった。
そんな川又が今年、ブドウ農家と共同で、新しいワイン「大平巨峰 蔵の街わいん」(2808円)をプロデュースした。全国でも珍しい巨峰だけで作ったロゼワイン。ラベルのデザインもブドウ農家のおかみさんたちと考えた。
「生産者さんの作っている思いを一人でも多くのお客様に見ていただいて、ご購入いただける商品を開発していきたいと思います」(川又)
道の駅の常識を超える~地域創生の切り札「地域商社」とは?
「ろまんちっく村」を運営するファーマーズ・フォレストのトラックが回るのは栃木県内の契約農家。野菜や果物をピックアップしていく。そして向かったのは東京のスーパー、世田谷区の「サミット」成城店だ。ファーマーズ・フォレストは首都圏を中心におよそ200店に野菜を届け、いずれも産直コーナーに置いてもらっている。
生産者の名前付きで販売。栃木産のファンになってもらうというのが狙いだ。農協に出荷するより手取りが増えたと、農家も喜んでいる。そんな「流通業」まで手掛けるファーマーズ・フォレストは最近、「地域商社」とも呼ばれるようになっている。
地域の外に向けて発信する「地域商社」の存在は、地方創生のカギを握ると、専門家は指摘する。
「松本社長もよくおっしゃられるように、自分たちの会社だけが豊かになるのではなく、利益を地域に還元して、地域全体がどう豊かになっていくのかを考え、取り組むところが多い。先駆けのプロジェクトのひとつかと思います」(日本政策投資銀行・中村郁博氏)
ファーマーズ・フォレストの「地域商社」としての取り組み。「トチギフト」という通販カタログでは、「ろまんちっく村」で扱っている農産物や加工品、260種を掲載。同名の通販サイトも開設し、「ろまんちっく村」に来られない人たちにも栃木の魅力を発信している。さらに松本は週に1度、ラジオのDJも務め、農産物をPRしている。
「お店(直売所)もメディアだし、雑誌もメディア、ラジオでも地域を紹介している。まさに地域を伝える総合メディアになろうというのが当社の考えです」(松本)
東京・墨田区にある東京スカイツリーのおひざ元、ソラマチにある栃木県のアンテナショップ「とちまるショップ」の運営もファーマーズ・フォレストが行っている。
最新作はシャーベット「スカイベリーソルベ」(654円)。使っているのは栃木が誇るいちご、スカイベリーだ。松本が宇都宮にあるジェラート店に声をかけ、共同開発した。
ファーマーズ・フォレストの地域商社としての取り組みはどんどん広がっている。
沖縄&栃木連合が誕生?~地域連携が地方を救う
地方創生のキーマンとして注目を集める松本が、沖縄県うるま市にいた。「地域と地域、栃木と沖縄を結んで、新しいマーケットを築いていく」と言う。
向かった先は、うるま市が建設中の農産物などの直売所。松本は来春オープン予定のこの施設のプロデュースを任されたのだ。松本に依頼した島袋俊夫市長は「うるま市の良いものを全国に発信していける。そのネットワークをぜひファーマーズ・フォレストに期待したいと思います」と言う。そのためにファーマーズ・フォレストは、沖縄支社を今年5月に開設、現地にスタッフも送り込んだ。
松本は今回のプロジェクトを地元の企業、中村薫さんが率いる「プロモーションうるま」とともに進めようとしていた。「プロモーションうるま」は3年前に開設。これまで近海でとれたワタリガニと特産品のもずくを合わせた天麩羅や、同じく特産の黄金芋を使ったラスクなどを、生産者と共に生み出してきた。松本は、自身のノウハウを中村さんに伝えることで、将来は地域商社として一人立ちさせたいと考えていた。
「松本さんと一緒に取り組むことによって、どれだけ地元に落とし込めるかが、ある意味で、僕の役目だと思っている。そういう意味で、師匠でありパートナーです」(中村さん)
9月26日、「ろまんちっく村」では「沖縄フェア」が開かれた。直売所に並んだのは沖縄の名産品およそ100種類。地域同士が連携して互いの名産品を紹介し合おうという試みの第一弾だ。
「今までは都市に行かないと沖縄の物が買えなかったけど、仕組みを作ることで盛り上がるんじゃないかなと思います」(松本)
豚の皮を油で揚げたスナック「あんだかしー」、畳に使う「いぐさ」が入っている「ちんすこう」……と、ディープな商品も並んでいる。
「沖縄に行きたいけど行けないので、こちらに来てもらえると身近に感じられて楽しい」という客の反応に、「思っている以上に手応えを感じます」と、松本は笑顔を見せた。
~村上龍の編集後記~
地方・地域再生は喫緊の課題だが、具体的な地名、固有名詞が必要なのかもしれない。
機械は一律の再生が可能だが、人の再出発も年齢や個性や、経歴によって違う。100の地域があれば、100通りの再生がある。
松本さんは、「ろまんちっく村」の風景と風情にひかれて、関与を決め、再生に乗り出した。「地域商社」という名称は若干わかりづらいが、地域資源をすべて活用し、物流を含め、連携を図るということだろう。
各地域には個性と独自の歴史がある。ファーマーズ・フォレストは徹底してそれらを活かす。
<出演者略歴>
松本謙(まつもと・ゆずる)1967年、長野県生まれ。慶應大学卒業後、日産自動車に入社。1996年、クリーン工房に転職。2007年、ファーマーズ・フォレスト設立。
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