はじめに

出産育児一時金・埋葬料
(画像=PIXTA)

健康保険による特殊な現金給付として、出産育児一時金と埋葬料がある。

健康保険においては一般に療養の給付として、治療や手術など医療行為の提供という形で現物給付が行われているが、出産育児一時金と埋葬料は現金による支給であり、また、人の誕生と死亡という、人生の出発点と帰着点における給付である点に特徴がある。

出産育児一時金と埋葬料の沿革と現状について紹介することとしたい。

沿革

◆出産育児一時金

健康保険法の制定は古く、1922年4月22日であるが、1923年の関東大震災の影響などもあり、保険給付に関する規定の施行は1927年1月1日にずれ込んだ。

現在の出産育児一時金は、当時、分娩費と呼称されており、健康保険法第1条では、

 「健康保険ニ於テハ保険者カ被保険者ノ疾病、負傷、死亡又ハ分娩ニ関シ療養の給付又ハ傷病手当金、埋葬料、分娩費若ハ出産手当金ノ支給ヲ為スモノトス」

と、健康保険が療養の給付と埋葬料、分娩費などの現金給付からなることを定め、第50条で

 「被保険者分娩シタルトキハ分娩費トシテ20円ヲ、出産手当金トシテ分娩ノ前後勅令デ定ムル期間1日ニ付報酬月額ノ100分ノ60ニ相当スル金額ヲ支給ス」(*1)

と、分娩費は20円、出産手当金(被保険者が労務に服さなかった期間のうち、分娩前28日、分娩後42日の計70日分が支払われる)(*2)の日額は、報酬月額の100分の60とすることを定めている。

第50条のうち、「20円」は、1942年2月に「勅令ヲ以テ定ムル額」に改定され(3)、勅令(健康保険法施行令)で「30円」とされた(4)。

1948年7月、健康保険法第50条改正と第50条の2新設により、分娩費が被保険者の標準報酬月額の半額(最低保障額1000円)となり、分娩後6か月間支給される月100円の哺育手当金が新設された。

また、従来分娩費は健康保険の被保険者本人(すなわち女性労働者)に対する給付であったが、被保険者の配偶者分娩費(500円)、哺育手当金(被保険者本人と同額)が新設された(第59条の2)(*5)。

次いで、1949年4月、哺育手当金が月200円に、配偶者分娩費が1000円に引き上げられた(*6)。

1961年6月、被保険者本人の最低保障額が6000円に引き上げられ、哺育手当金は育児手当金と改称、2000円の一時金とされるとともに、配偶者分娩費が3000円に引き上げられた(*7)。

1969年8月、被保険者本人の最低保障額が2万円に、配偶者分娩費が1万円に引き上げられた(*8)。

1973年9月、被保険者本人の最低保障額、配偶者分娩費が同額の6万円に引き上げられた(*9)。

以降、1976年7月、10万円、1981年4月15万円、1985年4月20万円、1992年4月24万円にそれぞれ引き上げられ、1994年4月には、分娩費と育児手当金が統合されて出産育児一時金となり、被保険者本人および配偶者とも定額の30万円となった。

2002年10月、出産育児一時金の対象者が本人および配偶者から被保険者の全被扶養者に拡大された(同時に健康保険法の口語化などの改正が行われ、出産育児一時金の条項は第101条となった)(*10)。

2006年10月には、出産育児一時金が35万円に引き上げられた(*11)。

2009年1月、出産に関連して発症した重度脳性まひに対する産科医療補償制度の導入に伴い、補償制度の掛金3万円が加算され38万円、2009年10月、42万円に引き上げられ、同時に出産育児一時金の医療機関に対する直接支払制度が導入された(*12)。

2015年1月には、産科医療補償制度の掛金が3万円から1万6千円に引き下げられたが、平均的な出産費用の増加を考慮し、出産育児一時金の金額は変更されていない(*13)。

出産育児一時金・埋葬料
(画像=ニッセイ基礎研究所)

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(1)「健康保険法(大正11年4月22日法律第70号)」、『日本法令索引』、国立国会図書館ホームページ。
(
2)「健康保険法施行令 (大正15年6月30日勅令第243号)」、『日本法令索引』前掲。
(3)「健康保険法 改正 昭和17年2月20日法律第20号〔第6次改正〕」、『日本法令索引』前掲。
(
4)「健康保険法施行令 改正 昭和17年12月10日勅令第826号〔第10次改正〕、『日本法令索引』前掲。1946年4月、勅令(健康保険法施行令)が改正され、「被保険者の標準報酬月額の半額(最低保障額100円)」とされた。
(5)「健康保険法 改正 昭和23年7月10日号外法律第126号〔第7次改正〕」、『日本法令索引』前掲。
(
6)「健康保険法 改正 昭和24年4月30日号外法律第37号〔第9次改正〕」、『日本法令索引』前掲。
(7)「健康保険法 改正 昭和36年6月15日法律第135号〔健康保険法及び船員保険法の一部を改正する法律1条による改正〕」、『日本法令索引』前掲。
(
8)「健康保険法 改正 昭和44年8月7日法律第69号〔健康保険法及び船員保険法の一部を改正する法律一条による改正〕」、『日本法令索引』前掲。
(9)「健康保険法 改正 昭和48年9月26日号外法律第89号〔健康保険法等の一部を改正する法律一条による改正〕」、『日本法令索引』前掲。
(
10)「保険給付の在り方について」、『第17回社会保障審議会医療保険部会』(2005年7月29日)、厚生労働省ホームページ。
(11)「健康保険法等の一部を改正する法律について」、『平成18年度医療制度改革関連資料』、厚生労働省ホームページ。
(
12)「出産育児一時金制度について」、『第38回社会保障審議会医療保険部会』(2010年7月14日)、厚生労働省ホームページ。
(*13)「出産育児一時金の見直しについて」、『第78回社会保障審議会医療保険部会』(2014年7月7日)、厚生労働省ホームページ。
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◆埋葬料

1922年4月22日制定の健康保険法第49条では、

 「被保険者死亡シタルトキハ被保険者ニ依リ生計ヲ維持シタル者ニシテ埋葬ヲ行フモノニ対シ埋葬料トシテ被保険者ノ報酬日額ノ20日分ニ相当スル金額ヲ支給ス但シ其金額カ20円ニ満タサルトキハ之ヲ20円トス」

と、埋葬料は報酬日額の20日分(最低保障額20円)とすることを定めている(*14)。

1929年4月に埋葬料は報酬日額の30日分(最低保障額30円)に引き上げられた(*15)。

1948年7月の健康保険法改正により、埋葬料は標準報酬月額(最低保障額は2000円)とされ、被保険者本人の埋葬料に加え、被保険者の被扶養者が死亡した場合の家族埋葬料(1000円)が新設された(第59条の3)(*16)。

1949年4月、埋葬料の最低保障が廃止されるとともに、被保険者の被扶養者が死亡した場合の家族埋葬料が2000円に増額された(*17)。

1973年9月、被保険者本人の埋葬料の最低保障額制が再開され、最低保障額および家族埋葬料がともに同額の3万円に引き上げられた(*18)。

以降、最低保障額は1976年7月5万円、1981年4月7万円、1985年4月10万円にそれぞれ引き上げられた(*19)。

2006年10月には、埋葬料が定額とされ、5万円に引き下げられた(*20)。

出産育児一時金・埋葬料
(画像=ニッセイ基礎研究所)

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(14)「健康保険法(大正11年4月22日法律第70号)」、『日本法令索引』前掲。
(
15)「健康保険法 改正 昭和4年3月28日法律第20号〔第2次改正〕」、『日本法令索引』、前掲。
(16)「健康保険法 改正 昭和23年7月10日法律第126号〔第7次改正〕」、『日本法令索引』前掲。
(
17)「健康保険法 改正 昭和24年4月30日号外法律第37号〔第9次改正〕」、『日本法令索引』前掲。
(18)「健康保険法 改正 昭和48年9月26日号外法律第89号〔健康保険法等の一部を改正する法律1条による改正〕」、『日本法令索引』前掲。
(
19)「保険給付の在り方について」前掲。
(*20)「健康保険法等の一部を改正する法律について」前掲。
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現状

◆出産育児一時金

出産育児一時金の金額は42万円であるが、産科医療補償制度の掛金が1万6千円であるため、実質的な給付は1児あたり40万4千円となっている。

なお自治体によっては、さらに助成があるケースがある。

健康保険の被保険者および被扶養者が出産(妊娠4か月以上の死産、流産を含む)したときに支給され、出産する医療機関で事前に手続きすることで、健康保険から医療機関に直接、出産育児一時金を支払う直接支払制度があり、多額の出産費用の事前準備や立替えが不要となる。

◆埋葬料

埋葬料は、被保険者が死亡し、被保険者の収入により生計を維持していた被扶養者が埋葬を行う場合に被扶養者に支給される。被扶養者がない場合も、実際に埋葬を行った人に、埋葬料の範囲内で実費が支給される(埋葬費)。また、被扶養者が死亡した場合も、被保険者に家族埋葬料が支給される。

金額は、健康保険に加入している場合は、5万円である。

しかしながら、国民健康保険や、75歳以上の後期高齢者医療制度に加入の場合(埋葬を行う喪主に葬祭費として支給される)は、制度を運営する自治体などによって金額は区々であり、2~7万円となっている模様である。

なお、死亡原因が業務上または通勤中の事故による場合は、労災保険からの給付があるため、健康保険の埋葬料は支給されない。また、死亡原因が交通事故など第三者の行為による場合で、第三者の加入している損害保険などから埋葬料相当額が給付される場合も、健康保険の埋葬料は支給されない。

おわりに(私見)

出産育児一時金・埋葬料に関する課題は大きくは2つあると考える。

ひとつは、そもそも出産育児一時金・埋葬料が受け取れないケースがあることである。

出産者が被保険者本人である場合、本人が1年以上継続して被保険者であり、法人などを退職後、6か月以内に出産をした場合には出産育児一時金を受け取ることができるが、6か月を経過すれば受け取ることができない。また、出産者が被保険者の配偶者である場合は、被保険者が健康保険に加入していない場合は、出産育児一時金を受け取ることができない。

1961年に国民皆保険が実現され、健康保険は法人の事業所、常時5人以上を雇用する個人事業所のほとんどで強制適用となっており、農漁業や飲食業など非適用事業所での労働者は、国民健康保険に加入することとなる。

しかしながら、いわゆるフリーターなどが国民健康保険の保険料を納付していないケース、また、法人に就職した後に退職し、国民健康保険の加入手続きをしていないケースなど、無保険状態となっている者は増加傾向にある。

保険料納付の勧奨の強化や、退職などで被保険者資格を失った場合でも、一定の条件のもと、申し出により原則2年間継続して被保険者となれる任意継続被保険者制度の紹介など、無保険状態根絶に向けた取組みが急務であろう。

もうひとつは、出産育児一時金と埋葬料のバランスである。

2006年10月、出産育児一時金が30万円から35万円に引き上げられたが、同時に埋葬料が標準報酬月額(最低保障額は10万円)から定額5万円に引き下げとなっている。以降、出産費用増加に応じ着実に出産育児一時金は引き上げられ、現在の実質的な給付は1児あたり40万4千円となっている。

一方、埋葬料は引き下げ後据え置かれたままであり、被保険者や遺族の実質的な葬儀費用などの負担に比べ、支給額はきわめて小さいのではないかと考える。

子育て支援に向け、出産育児一時金を重点的に引き上げる政策は理解できるが、もともと同額であった埋葬料と出産育児一時金の比率は、現在1対8となっている(国民健康保険などの場合、格差はさらに大きくなる)。 バランスのとれた対応が必要ではないか。

小林雅史(こばやし まさし)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 上席研究員

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