要旨
本稿では0~2歳児の教育無償化について考える。報道によれば、政府試算では、0~2歳児の無償化は、世帯年収260万円未満(住民税非課税世帯)に限定すると年間約100億円 、全体では約4,400億円必要であり、現在、低所得世帯のみ対象として検討されている。
0~2歳児の保育園利用率は上昇傾向にあり、2017年では1・2歳児が45.7%、0歳児が14.7%である。なお、0~2歳児は待機児童の86.7%を占める。政府の待機児童解消計画では、1・2歳児を中心に2022年度までに合計32万人分の保育の受け皿を整備する。現在、2020年度末に前倒しになるよう検討が進められている。
一方で民間推計によると、政府の女性の就業率目標から必要な保育量を逆算すると、政府計画の約4倍必要だ。両者の違いは、政府は政府の定義に基づく保育需要から試算している一方、民間推計では女性の就業率を基に、必要となる全ての保育量を推計しているため、「隠れ待機児童」が含まれるためだろう。
「隠れ待機児童」とは認可保育所に入れないにも関わらず、待機児童と認識されていない児童のことだ。例えば、自治体が補助する他の保育サービスを利用しているケース等が含まる。約5万人存在し、いわゆる待機児童数の2倍だ。供給側と需要側の認識ギャップを解消せずに、現状の数字を積み上げただけの計画では待機児童の解消は難しい。
現在の認可保育所の利用者負担額を基に0~2歳の無償化コストを試算すると、上限額で保育標準時間の場合、年間約8,400億円となる。実際の利用者負担額は自治体により決定され、例えば、上限額の半分程度であれば政府試算と同等になる。
今後のコスト試算については注意が必要だ。0~2歳児の保育需要は、待機児童の解消や男性の育児休業取得、復職後の環境整備等が進むことで変わる可能性がある。現在、低年齢児の保育園利用率が上昇している背景には、待機児童問題への懸念やブランクがキャリア形成へ不利になることへの懸念から、育児休業を早めに切り上げる女性も多いこともある。
現状把握をより丁寧に行うことで、保育に対する供給側と需要側の認識ギャップを無くし待機児童の解消を進めること、そして、時間でなく生産性が評価されるような仕組み作りを進め、子を生み育てながら安心して働けるような環境を整備すべきだ。
はじめに~0-2歳児は低所得世帯のみ無償化の方針、年間予算約100億円
前稿では、3~5歳児の就園状況を捉え、教育無償化について考えた。3~5歳児では既に9割以上が幼稚園か保育園に通っており、無償化による新たな需要喚起は期待しにくい。教育費の無償化よりも「質」を向上させることが妥当だろう。また、そもそも限られた予算の有効活用を考えれば、緊急度の高い待機児童の解消に充てるべきだ。なお、現在の利用者負担額から3~5歳児の教育無償化にかかるコストを試算したところ、報道されている政府予算で(年間約8千億円)実現し得るようだ。ただし、今後、保育園児の増加でコストは増える前提で制度設計すべきだ。
本稿では、0~2歳児の教育無償化について考える。まず、0~2歳児の保育園利用状況を捉える。低年齢児は待機児童の大半を占めるため、政府の待機児童解消計画を改めて確認し、その妥当性も考えたい。そして、0~2歳児の教育無償化にかかるコストを試算する。報道によれば、0~2歳児の無償化は世帯年収260万円未満(市町村民税非課税世帯)に限定すれば年間約100億円(1)、年収制限なしで約4,400億円必要(2)とのことで、現在、住民税非課税の低所得世帯のみを対象に検討されている(*3)。
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(1)幼児教育無償化200万人増 政府2兆円枠組み固める」(2017/11/9 日本経済新聞社朝刊1面)
(2)「幼児教育・保育の無償化、公費1.2兆円必要、こども保険で内閣府が試算。」(2017/04/25 日本経済新聞朝刊4面)他
(*3)「教育無償化を問う(中)予算の優先順位は 待機児童解消こそ先決」(2017/11/22 日本経済新聞朝刊1面)他
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0~2歳児の保育園利用状況~待機児童の約9割が低年齢児、「隠れ待機児童」で解消困難か
◆保育園利用と待機児童の状況~低年齢児の保育園利用率は15年で2倍超、待機児童の約9割
0~2歳児の保育園利用率(認可保育所等)は上昇傾向にあり、2017年では1・2歳児は45.7%、0歳児は14.7%を占める(図表1)。低年齢児の保育園利用率は、この15年で2倍以上に膨らんでおり、特に2013年頃からの上昇幅が大きい。「女性の活躍促進」政策や人手不足を背景に、働く母親が増えた様子が窺える。
保育園ニーズの高まりに伴い、都市部では待機児童問題が深刻化している。2014年までは、保育所の新設等も進んだことで、待機児童数は順調に減少していた(図表2)。しかし、待機児童数は2015年から増加に転じている。待機児童の年齢内訳は、0~2歳児の占める割合が以前から8割程度を占めて多かったが、その割合は徐々に増え、2017年では実に86.9%を占める。
◆政府の待機児童解消計画~1・2歳児を中心に32万人分の受け皿増で2020年度までには解消予定
政府は「子育て安心プラン(2017年6月22日)」にて、待機児童解消に向けた計画をまとめている。2018年度から2019年度の2年間で、待機児童解消に必要と見られる22万人分の予算を確保し、遅くとも2020年度末までに待機児童を解消する(図表3)。特に1・2歳児の待機児童解消を強く推進し、年間5.1万人の受け皿を整備する(全体の約半分)(4)。具体的には、幼稚園での受け入れ拡大や小規模保育(5)・家庭的保育(*6)の普及、企業主導型保育の推進をはかる。さらに、女性の就業率が上がり「M字カーブ」が解消されると、加えて10万人分の受け皿が必要と見て、2018年度から2022年度末までの5年間で32万人分の保育の受け皿を整備する計画だ。なお、9月25日の経済財政諮問会議で首相が言及したように、現在、計画の前倒しが検討されている(2020年度末までに32万人の受け皿整備)。
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(4)2013年度から2017年度末までの5年間の「待機児童解消加速化プラン」での1・2歳児の受け皿整備量は年間4.2万人。
(5)2015年4月開始の「子ども・子育て支援新制度」にて、市町村の認可事業(地域型保育事業)の1つとして新たに作られた事業。0~2歳児を対象に定員6~19人の比較的小さな施設で、規模の特性を生かしたきめ細かな保育を実施。
(*6)2010年より児童福祉法に位置づけられた保育事業で、2015年施行の「子ども・子育て支援新制度」の地域型保育事業の1つ。市区町村から認可を受けた保育者が居宅等で行う小規模の異年齢の保育事業。
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◆政府計画と民間推計の乖離~女性の就業率目標から逆算すると約4倍の保育の受け皿が必要
一方で、政府の女性の就業率目標から、必要な保育の受け皿整備量を逆算すると、政府計画の約4倍の受け皿が必要との民間推計(7)がある。同推計によると、2020年の女性の就業率目標(25~44歳:77%)を達成するためには、2017年度末までに政府が整備予定の保育の受け皿に加えて、88.6万人分必要だ(8)。なお、これは2020年についてであり、女性の就業率目標がさらに上がる2022年(25~44歳:80%)では、必要な保育量はさらに増える可能性がある。
政府計画とこの民間推計に乖離がある理由は、政府計画では、政府が把握している現状の保育需要を基に、女性の就業率上昇を考慮して試算している一方、民間推計では女性の就業率を基に、全ての必要な保育量を推計しており、いわゆる「隠れ待機児童」なども含まれるためと考える。
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(7)株式会社野村総合研究所「政府の女性就業率目標を達成するためにはどの程度の保育の受け皿が必要か」2020年までに新たに整備が必要な保育の受け皿は88.6万人分~すぐにでも利用したいのに利用できていない児童は31.3万人~」、NRIメディアフォーラム(第253回 2017/5/29)
(8)2020年の女性の就業率について、育児をしている女性のみを引き上げることを仮定しており、保育量が多くなる可能性があるが、政策の方向性から妥当な仮定だろう。また、育児をしている女性としていない女性の比率を現在同様としているが、就労環境の整備が進み、育児をしている女性の比率が上がることで必要な保育量はさらに増える可能性がある。
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◆「隠れ待機児童」の存在~「隠れ待機児童」を加えると待機児童は2倍、供給側と需要側の認識ギャップ
「隠れ待機児童」とは、認可保育所等に入れないにも関わらず、待機児童と認識されていない児童のことで、これまで、(1)保護者が育児休業中(認可保育所等に入れず育休を延長した場合も含む)、(2)特定施設のみを希望、(3)保護者が求職活動を休止中、(4)東京都認証保育所など自治体独自の財政支援を行う施設に入所しているケース(認可保育所等より高額で負担が大きくてもやむを得ず入所している場合も含む)が該当していた(図表4)。
しかし、厚生労働省は「実態を反映していない」との批判を受け、一部の定義を変更した。(1)は、自治体により扱いが異なっていたが、入所できた時に復職意向が確認できる場合は待機児童に含めるよう統一された。(2)も一部考慮されるようになったが、(3)や(1)は依然として待機児童に含まれない。「隠れ待機児童」数は約5万人にのぼり、いわゆる待機児童数の約2倍にもなる。
さらに、調査によると(*9)、利用希望があるにも関わらず、最近の厳しい保育園利用状況から、そもそも申し込みをしていない家庭も多い(利用希望がかなわなかった層の4割)。その理由は「自分の条件ではどうせ無理」、「保育課に可能性が低いと言われた」などが多い。
政府計画と前述の民間推計の乖離、また、保育需要が供給を上回り、待機児童がなかなか解消しない現状には、供給側と需要側の認識ギャップがあるようだ。保育需要は保育所の整備によって新たに喚起されることもあり、正確に捉えることは困難だろう。しかし、需要側の要望と供給側の論理が明らかに合わない部分もある中(例えば(2)で兄弟姉妹が希望と異なり、自宅とは別方向の別々の保育所が割り当てられた場合も待機児童に含まれない等)、認識ギャップを解消せずに現状の数字を積み上げただけの計画では待機児童の解消は難しい。
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(*9)株式会社野村総合研究所「保育施設等の利用状況および利用意向に関する調査を実施~保育の充足に対する利用者側と供給側の認識に開きがあるかぎり、「待機児童問題」の終息は困難~」(2017/9/28)
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0~2歳児の教育無償化にかかるコスト
◆0~2歳児の保育費~現在の認可保育所等利用者負担上限額・保育標準時間で年間約8,600億円
次に、現在の利用者負担額から、0~2歳児の教育無償化にかかるコストを試算する。認可保育所等の保育料は世帯所得に応じた負担額となっており(図表5)、前稿同様、試算には国の定める上限額を用いる(10)。まず、2歳以下の子のいる世帯の所得分布を仮定し(図表6)、現在の0~2歳の認可保育所等在園者数103.1万人(11)を世帯所得階級別に分け、各層の人数に対して保育料上限額の年額を乗じたものを合算し、認可保育所等に通う保育園児の教育無償化にかかる年間コストとする。
その結果、現在、国の定める上限額では、0~2歳の認可保育所等に通う保育園児の年間保育費は保育標準時間(フルタイム就労を想定した保育時間)で年間約7,700億円、保育短時間(パートタイム就労を想定した保育時間)で約7,600億円となる。さらに認可外保育所等利用者(9.3万人)(*12)や待機児童(2.3万人)も認可保育所並のコストとすれば、0~2歳児の完全無償化にかかるコストは、年間約8,600億円(保育標準時間)となる。ただし、本稿の試算では上限額を用いているため、試算額が実際より大きくなる可能性が高い。なお、世帯年収260万円未満に限定した場合については、得られるデータの制約上、緻密な計算が困難だが(所得階級分布が必ずしも260万円未満という区切りで得られないため)、図表7を見る限りは、年間100億円以内におさまるようだ。
完全無償化にかかる本稿試算と報道されている政府試算(約4,400億円)には乖離があるが、前稿同様、実際の利用者負担額は自治体により決定され、上限額より低くなることも多い。仮に、実際の保育料は、国の上限額の半分程度におさえられているとすれば、政府試算と同様になる。
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(10)国の上限値は認可保育所等の値。認可外では保育料の利用者負担額が認可保育所等より高額になることが多い。
(11)厚生労働省「保育所等関連状況取りまとめ(平成 29 年4月1日)」
(*12)厚生労働省「平成27年度認可外保育施設の現況取りまとめ」
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◆0~2歳児の今後の保育需要~必要以上に膨らんでいる可能性も、まずは待機児童解消を
0~2歳児の保育園利用率は上昇しているが、今後のコスト試算には注意が必要だ。低年齢児の保育需要は、このまま右肩上がりで増えるのではなく、待機児童の解消や男性の育児休業取得、育児休業から復職後の環境整備等が進むことで変動する可能性がある。
現在、低年齢児の保育園利用率が上昇する背景には、育児休業を早めに切り上げて復帰する女性も多いこともある。待機児童問題が深刻な地域では、認可保育所への入所チャンスは実質、新規定員枠のある0歳や1歳の4月に限られる。また、生産性より労働時間の長さが評価されるような旧来型の日本の職場では、育児休業によるブランクはキャリア形成に不利に働きがちだ。
本来の保育ニーズを捉え、今後の計画を考える上でも、まずは現状の課題を解決する必要がある。「隠れ待機児童」も存在し、保育の受け皿が足りていない現状では、まずは待機児童の解消を進め、育児休業期間を個人が選べるようにするとともに、休業によるブランクは関係なく、労働者の生産性が評価されるような仕組み作りをさらに進めるべきだ。
おわりに~待機児童の解消を優先すべき、供給側と需要側の認識ギャップが課題
待機児童の約9割を占める0~2歳児については、待機児童の解消が圧倒的に優先されるべき課題だ。また、「隠れ待機児童」の存在に見られるように、本来、必要とされる保育量には、供給側と需要側の認識ギャップが存在するようだ。このギャップが解消しないことには待機児童の解消は困難だろう。待機児童の解消には、より丁寧な生活者の現状把握が必要だ。
一方で政府は、女性の就業率を上げて「M字カーブ」を解消させることを目標としている。働く女性が増え、経済力を持つ女性が増えること、さらに、購買力のあるパワーカップルが増えることは、個人消費の底上げにもつながる。そのためには、何よりもまず、待機児童問題を解決し、子を生み育てながら安心して働けるような環境整備を進めるべきだ。
久我尚子(くが なおこ)
ニッセイ基礎研究所 生活研究部 主任研究員
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