医療は、サービス業の一種と見ることができる。通常、サービスは、それを行うための施設、設備、スタッフ等の配備により、提供できる上限の量が定まる。医療を経済的に分析する際には、そうした、サービス提供上の制約を、理解しておく必要がある。
製造業、物品販売業、サービス業を問わず、生産規模が拡大するに連れて、製品・サービス1単位あたりの平均費用が低下していくという、規模の経済性が成り立つとされている。これを医療において、実際のデータから確認しようとすると、妙なことが起こる場合がある。
横軸に患者数、縦軸に平均費用をとり、各医療機関のデータをプロットする。これに近似曲線を描いて、平均費用曲線を推定すると、緩やかな右肩上がりの曲線となった[図表1]。これは、患者が増えると、平均費用が増加することを示している。医療には、規模の経済性は働かないのだろうか。
実は、この平均費用曲線の推定には、カラクリがある。医療機関について、大病院も、小病院や診療所も同じグラフの中で表示している。それぞれの医療機関で、主として行われる医療の違いも、考慮していない。
一口に医療機関と言っても、病床数が1,000床を超える大病院から、30床前後の小病院、20床未満や、病床を持たない外来専門の診療所まで、様々である。医療の中身も、専門医による特定の医療機器や医薬品を用いた高度医療から、かかりつけ医でのプライマリ・ケアまで、大きな違いがある。
これらの違いを考慮すれば、大病院と、小病院・診療所を同列に論じることには、あまり意味がないとわかってくるだろう。これらを分けて、それぞれのグループについて、近似曲線を描いて、平均費用曲線を推定すると、[図表2]のようになる。
大病院のグループと、小病院・診療所のグループの中では、それぞれ、右下がりの平均費用曲線が描かれた。つまり、各グループ内では、規模の経済性が成り立っていることが確認できる。このように、患者の数が増えていくと、提供する医療サービスの中身が大きく変わるため、それを踏まえて、グループ分けをして、分析する必要が生じる。
医療に限らず、こうした傾向は、一見似ているが、実は異なる製品やサービスを提供する産業で、目にすることがある。例えば、生保会社も損保会社も、保険を取り扱う会社として、同列に論じられる場合がある。しかし、よく見てみれば、生保会社の方が、終身保険や100歳満期定期保険など、取り扱う保険の期間が圧倒的に長い。このため、資産運用の期間は、超長期の生保に対して、比較的短期の損保というように、大きく異なっている。この違いを無視して、各保険会社の資産運用のデータをグラフに示して、分析を進めていくと、ミスリーディングな結果につながりかねない。
データをもとに、何かの傾向を推定する際には、まず、各データの母集団の内容が同質であることを確認する必要があると思われるが、いかがだろうか。
篠原拓也(しのはら たくや)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター兼任
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