株式相場は突如牙をむき、大きく下落する。 前日の米国市場の急落を受け、2月6日の日経平均株価は急落。昨年10月以来の安値水準となる1071円安(-4.73%)の2万1610円24銭で引けた。
しかしそんな株価急落時でも富裕層は大きな損失を計上せず、慌てることが無いケースが多い。グローバル運用で長く成功している富裕層投資家は、相場下落にどのように対応しているのだろうか。いくつかのポイントを紹介しよう。
リーマン・ショックを振り返る なぜ、株式も債券価格も下落したのか?
リーマン・ショックの引き金はBNPパリバ・ショックと言われる、ヘッジファンドの資金凍結(解約中止)だった。2008年の世界金融危機では「株式が下がれば債券は上がる」という、長く信じられていた資産の分散効果が発揮されなかった。なぜ債券までも価格下落となってしまったのか?
筆者が考える理由の一つは「流動性の危機」だ。ファンドにとっては顧客からファンドの解約申出があれば、投資した資産を一部解約し解約資金に充当する。
しかしヘッジファンドが解約できないという事象が発生したため、「解約できるものは何でも解約する」という方法に頼らざるを得ない事象が発生したのだ。また、債券は「相対取引」が原則であるため、通常の債券でない「複雑な債券・リスクが高い債券」などでは買い手が見当たらない場合、価格の下落は想像を超える場合がある。
結果として、売りたくもない局面で底値に近い「低い価格で売却」をせざるを得ないケースでは、大きな損失を計上せざるを得なかったのである。
この時に逆に換金性があったものは株式、ETFなどだ。リーマン・ショックを起点に流動性の重要性に気付いた投資家・富裕層は、ETFの活用のメリットを強く認識し始めた。その後のETF市場の規模拡大は広く投資家の知る所だ。流動性(換金性)があるかどうかは富裕層にとって極めて重要な事柄だ。
なぜ、「売りが売りを呼ぶ」事象が発生するのか?
相場下落時に「売りが売りを呼ぶ」局面になりやすいもう一つの原因は、過度なレバレッジだ。大きなリターンを目指すために、レバレッジ(”てこの原理”のてこを意味する)を利用する場合がある。不動産投資信託と呼ばれるREIT(リート)なども、自己資金以外の借入金を利用している。
レバレッジで投資リターンが5%から8%に上がるしくみ
投資案件100に対して5の収益(5%)、2の借入金利(2%)が必要という場合を想定してみよう。
自己資金が50であっても、借入を50することで100の物件への投資が可能になるわけだが、その100の物件から5の収益がもたらされれば、50の投下資本に対して、50の分の借入利子1を引いた4の収益となる。物件リターンは5÷100=5%だが、自己資金50に対してのリターンは4÷50=8%となる。
金利上昇でリターンは減少する
極端な事例だが金利が急上昇し、借入金利2%が6%になるとどうなるだろうか?
5の収益から50の分の借入利子3を引くと2となり、レバレッジを利用していない時のリターン、2.5を下回るリターンとなってしまう。金利上昇局面でREITが売られるメカニズムも金利上昇で影響があるからだ。
担保価格の下落には、追加担保差入が必要に
さらに借入をするための担保物件の価格下落が生じる場合は悲惨だ。
例えば時価72×掛目70%=で担保価値50.4であったものが、時価が2割下落すると時価57.6×掛目70%=約40.3となる。必要な担保50に対して、不足した担保の約9.7を追加差入する必要がある。現金ならば掛目100%だが、現金でない担保物件の掛目70%であれば、9.7÷掛目70%の額面約13.9の追加担保差入が必要となるわけだ。
追加担保を準備しておらず、強制的に担保物件の売却がされてしまった場合は、その後、投資していた資産の価格が元通りに戻ったとしても、既に保有していた「資産は売却・清算済み」となる場合もあるわけだ。
担保掛目の変更にはあらがえない
実際に2008年の金融危機で大幅な下落が発生した時には、時価の下落に加えて担保の掛目の引下げも発生した。例として掛目が70%から50%に引き下げられると、以下のようになる。担保評価が時価57.6×掛目50%=28.8となった場合、担保差入50まで戻すためには、現金掛目100%の場合には21.2の追加担保が必要だ。
しかし、追加担保に仮に50%の掛目の資産しか無い場合はどうなってしまうのか?21.2÷掛目50%=42.4、時価42.4もの資産の追加担保が必要となる。
リーマン時には、ある金融資産の担保評価が掛目30%になったり、掛目0%になったケースも発生した。掛目の変更に利用者はなかなかあらがえない。貸し手側が「資産の保全のため信用不安が発生しうる状況では、掛目を下げてロスを出さないように管理する」という説明に一定の合理性があると考えられるからだ。結果として、過度なレバレッジの利用者は半ば強制的に退出させられたケースもあったのだ。
リーマンを乗り越えた富裕層のStaying Power
相場下落が発生した時に「Staying Power=市場での投資ポジションを維持する力」は重要である。リーマン・ショックに遭遇しても市場に残り続けた投資家は、結果的に損失を計上することなく元通りに回復したケースがあった。
しかし市場から退出した投資家は安い価格で売却し、その後の相場が回復した時の大きなリターンを得ることが出来なくなった。リーマンを乗り越えた富裕層の多くはレバレッジを利用していなかった。レバレッジ利用をしていた富裕層にしても、このような様々な変動のリスクをきちんと理解し、過度なリスクを取らなかったのだ。
「F・ブラック」の金言も内容はStaying Power
米国の著名な数学者、経済学者で「ブラック・ショールズモデル」というオプションの価格算定式を考案した、フィッシャー・ブラック氏は次のように述べている。
「投資家が市場から撤退した時も、市場の方は平均すれば同じように順調に上昇している。だから、買ってじっと持っているといった単純な戦略に比べ、市場から一時手を引くことは、かえって損をすることになる」
安東隆司(あんどう・りゅうじ)
RIA JAPANおカネ学株式会社代表取締役。CFP®ファイナンシャル・プランナー、元プライベート・バンカー。日米欧の銀行・証券・信託銀行に26年勤務後、独立。お客様サイドに立った助言を実践するためには高い手数料は弊害と考え、証券関連の手数料を受け取らない内閣総理大臣登録の「投資助言業」を経営。著書に『個人型確定拠出年金iDeCo プロの運用教えてあげる!』等がある。