シンカー:内閣府の中長期の経済財政に関する試算では、2025年に団塊世代がすべて75歳以上の後期高齢者となっても、大きい民間貯蓄を背景に国際経常収支は黒字で、よく言われる財政の「2025年問題」は存在しないようだ。それでも、慎重なベースラインケースで、民間貯蓄率が2017年度の+8.6%から2027年度の+5.6%まで3%程度低下しているのを気に掛ける意見があるようだ。しかし、日本の場合、1990年代から企業貯蓄率は恒常的なプラスの異常な状態となっており、企業のデレバレッジや弱いリスクテイク力、そしてリストラが、企業と家計の資金の連鎖からドロップアウトしてしまう過剰貯蓄として、総需要を破壊する力となり、内需低迷とデフレの長期化の原因になっていると考えられる。企業活動が回復し、企業貯蓄率がマイナスへ正常化することは、総需要を破壊する力が消滅し、デフレ完全脱却に到達したことを意味する。実際に、内閣府の中長期の経済財政に関する試算の楽観的な成長実現ケースでは、企業活動はより活性化しており、2027年度の民間貯蓄率は+4.3%となっており、慎重なベースラインケースより低い。ベースラインケースでも物価上昇率は2%にはとどかないがデフレ完全脱却を想定しており、2016年度の企業貯蓄率が3.6%で、それが企業活動の活性化によりマイナス化することを考えると、ベースラインケースでの3%程度の民間貯蓄率の低下は、財政問題とは関係ないことになる。逆に低下していないことは、デフレを完全脱却できていないことを意味する。「過ぎたるは猶及ばざるが如し」で、何でもかんでも悲観論を正当化するために利用し、財政赤字がいつか金利を急騰させるというあまりに長く続いてきた過度な警戒論は、安定的なインフレと経済成長への動きを妨げるもので、褒められたものではないだろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

2025年には団塊世代がすべて75歳以上の後期高齢者となり、社会保障費と医療費が急増するため、それまでに財政再建を急がねばならないという切迫感がある。

内閣府の中長期の経済財政に関する試算の慎重なベースラインシナリオでは、2027年度においても一般政府の部門別収支はGDP対比2.2%の赤字で、基礎的財政収支(プライマリーバランス)も1.3%の赤字が残るとされている。

確かに、後期高齢者が増加する中で財政赤字が残ることは、ミクロ経済学・会計学としては、ファイナンスの持続性に不安が生まれる。

しかし、マクロ経済学をしっかり学んだ人は、その時に、日本の民間貯蓄が不足して国際経常収支の赤字になっているのかをチェックしようとするだろう。

試算をみると2027年度の国際経常収支(GDP対比)は+3.4%と、巨額の黒字が残っている。

これは、民間貯蓄率(GDP対比)が、2027年度においても+5.6%もあり、余剰であることが理由である。

マクロ経済学としては、高齢化などにより社会保障や医療の支出が増加すれば、それは国内の所得を生むことになる。

その支出の増加による所得の拡大が消費の拡大にもつながり、総供給に対する需要超過幅が大きくなってしまえば、家計貯蓄率の低下とインフレの高騰、そして海外からの供給に頼ることによる国際経常収支赤字に陥ることになる。

そのようなシナリオが前提であれば、経済活動を安定させるために社会保障の支出の削減や大きな増税などの財政再建が急務となる。

内閣府の試算では、ベースラインケースでも、民間貯蓄率は高く、国際経常収支の黒字は巨額であり、そのようなシナリオになっていない。

それでも、民間貯蓄率が2017年度の+8.6%から2027年度の+5.6%まで3%程度低下しているのを気に掛ける意見があるようだ。

しかし、日本の場合、1990年代から企業貯蓄率は恒常的なプラスの異常な状態となっており、企業のデレバレッジや弱いリスクテイク力、そしてリストラが、企業と家計の資金の連鎖からドロップアウトしてしまう過剰貯蓄として、総需要を破壊する力となり、内需低迷とデフレの長期化の原因になっていると考えられる。

企業活動が回復し、企業貯蓄率がマイナスへ正常化することは、総需要を破壊する力が消滅し、デフレ完全脱却に到達したことを意味する。

実際に、内閣府の中長期の経済財政に関する試算の楽観的な成長実現ケースでは、企業活動はより活性化しており、2027年度の民間貯蓄率は+4.3%となっており、慎重なベースラインケースより低い。

ベースラインケースでも物価上昇率は2%にはとどかないがデフレ完全脱却を想定しており、2016年度の企業貯蓄率が3.6%で、それが企業活動の活性化によりマイナス化することを考えると、ベースラインケースでの3%程度の民間貯蓄率の低下は、財政問題とは関係ないことになる。

逆に低下していないことは、デフレを完全脱却できていないことを意味する。

この民間貯蓄率の低下、そして政府債務残高や高齢化を恐れる過剰な悲観マインドにより、高齢化対策や財政緊縮を過度に進めてしまうと、現在は過剰貯蓄に陥ってしまうことになる。

もともとデフレ懸念がある中で、高齢化の進行以上に貯蓄が大幅に前倒され、財政が緊縮的であることは、総需要を破壊し、短期的には更に強いデフレ圧力につながってしまう。

過剰貯蓄により国債金利は低下するが、現実以上に誇張された悲観論が蔓延しているため、経済活動はまったく刺激されない。

総需要の破壊によるデフレは国債金利の低下以上となり、実質金利は上昇してしまう。

実質金利が実質成長率を上回る状態が継続してしまい、企業活動は更に萎縮し、企業貯蓄率は上昇し、デフレ圧力は更に強くなる。

民間貯蓄率は企業貯蓄率に支えられ高く、財政ファイナンスは問題ない。

しかし、投資による生産性の向上がなく、家計は実質所得の拡大が見込めないまま疲弊を続け、高齢化とともに更に惨めな経済状況に陥るリスクが高まる。

「過ぎたるは猶及ばざるが如し」で、何でもかんでも悲観論を正当化するために利用し、財政赤字がいつか金利を急騰させるというあまりに長く続いてきた過度な警戒論は、安定的なインフレと経済成長への動きを妨げるもので、褒められたものではないだろう。

表)内閣府の試算(ベースラインケース)による財政収支、民間貯蓄、国際経常収支、社会保障基金収支

内閣府の試算(ベースラインケース)による財政収支、民間貯蓄、国際経常収支、社会保障基金収支
(画像= 出所:内閣府、SG 注:一般政府は社会保障基金も含む)

表)内閣府の試算(成長実現ケース)による財政収支、民間貯蓄、国際経常収支、社会保障基金収支

内閣府の試算(成長実現ケース)による財政収支、民間貯蓄、国際経常収支、社会保障基金収支
(画像=内閣府、SG 注:一般政府は社会保障基金も含む)

図)企業貯蓄率とコアCPI

企業貯蓄率とコアCPI
(画像=内閣府、日銀、総務省、SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司