2017年の工商銀行(ICBC)はFinTech領域において、不断の営みを続けてきた。ネット金融部門を中心にスマートバンク戦略をグレードアップさせる。7つの創新(イノベーション)実験室を立ち上げ、ビッグデータ、人工智能、ブロックチェーン技術の応用を急ぐ。これを、e-ICBC2.0からe-ICBC3.0への“昇級”と呼んでいる。ニュースメディア「今日頭条」がそれら戦略の内容を伝えた。中国最大の銀行はどこへ向かうのだろうか。

改革開放の申し子

中国経済,金融業界,IT業界,BATJ
(画像=中国工商銀行東京支店Webサイトより)

中国の四大国有銀行とは、工商銀行(1984年設立)、農業銀行(1951年)、建設銀行(1954年)、中国銀行(1912年)である。設立年を見ると、それぞれの役割がわかる。中国銀行は辛亥革命の翌年に設立された中国最初の近代的銀行である。農業銀行と建設銀行は、中華人民共和国成立(1949年)後に設立され、それぞれ農業、、工業と建設業を担ってきた。

これに対して工商銀行は、改革開放政策後の資金需要を担うため1984年に設立された。そしてわずか20年後の2003年には、中国国内金融資産の五分の一を占めるトップバンクの座に上った。つまり工商銀行とは、改革開放とその後の高度経済成長を象徴する存在、“申し子”なのである。そのトップバンクが、曲がり角を迎えて久しい。引き続き次代をリードしていくことは可能なのだろうか。

民間企業と提携

熟慮の結果、工商銀行は先進企業と提携することを選択した。

2017年6月、工商銀行と京東金融(ネット通販2位の京東グループ)は金融業務提携に署名した。双方は協力して新サービスモデルや新金融商品を開発し、金融業の刷新を図る。

2017年12月には、徐工集団(国有企業、工作機械世界7位)傘下の徐工リースと合弁で、新しい金融サービスサイト“工銀聚”の運用を開始した。これは中核企業(徐工集団)とそのサプライチェーン各社を結ぶものである。中核企業はオンラインサプライチェーン網と金融サービスを、同時に提供できる。さらに管理、物流部門を組込みトータルで一体化することもできる。“サプライチェーン金融生態圏”とも呼ぶべきものを作る。

しかし、実際には提携相手のノウハウを吸収する、というのが実態に近いようである。

e-ICBC戦略?

工商銀行は2015年3月に初めてe‐ICBCというネットバンク戦略を発表した。同年9月には、安徽省合肥市に、ネット融資センターを設立している。これ以後を、e‐ICBC2.0と呼ぶ。そして今後はe‐ICBC3.0に昇級させるというのである。

そのイメージは、ビッグデータ、人工智能、クラウドコンピューティング、その他の新興Fintechを備えた新型のスマートバンクである。具体的には「融e行」「融e聯」「融e購」の3大プラットフォームを建設し、整合させ「工銀e支付」をブランドを確立する。そこでは暗証番号、USBキー、トークン、短信などの本人確認手段は統一される。APIの改造を推進し、各支店の特色を持った業務開発をサポートする。

中でも展開に力を入れているのは、融e行というモバイル銀行である。指紋認証、金融履歴のデータセンター、軍人サービスセンターを推進していく。

また工銀e支付は2011年から展開しているが、少額のモバイル決済手段としては一向に定着していない。

既視感ありありだが……

これらの戦略は、いずれもどこかで見聞きした既視感の強いものばかりである。すべてIT大手のBATJ(バイドゥ=百度、アリババ、テンセント、ジンドン=京東)らが手掛けたサービスの焼き直しに見えてしまうのだ。

オンライン戦略の発表が2015年とはあまりにも遅い。このときすでに銀行はBATJの金庫番と化していた。BATJのほうでは、自前の銀行、金融会社の設立に努めていたころである。そしてBATJとの提携に入らざるを得なくなる。

商工銀行をはじめとする国有四大銀行に、IT時代の主導権はない。e-ICBC3.0戦略もアドバンテージはどこにもなく、ディフェンシブな印象である。BATJリーダーたちの持つ豊かな発想力と行動力は感じられない。

巨大な中央国有企業(央企)が健在であるかぎり、すぐに国有銀行の経営が傾くことはないだろう。しかし時代の牽引車として輝く日々がもどることは、もはやなさそうである。(高野悠介、中国貿易コンサルタント)