2018年から、「配偶者控除」の年収上限が103万から150万に引き上げられた。 配偶者控除とは、納税者に、年間の合計所得金額が一定金額以下の配偶者(これを「控除対象配偶者」という)がいる場合、適用される所得控除のひとつ。これが適用されると、納税者の税負担が軽減されるしくみとなっている。

夫が会社員、妻が専業主婦であれば、基本的に妻の収入はゼロ。したがって、妻が控除対象配偶者に該当するかどうか悩む必要はなく、適用される。

ところが、妻がパートで働いて収入を得ている場合、これまでは控除対象配偶者となるには、年収を103万円までに抑える必要があった。よく年末になると、「これ以上働くと、夫の税金が増えてしまうので、もう働けない」とパート主婦たちが続々と休みを取ってしまい、「シフトが回らなくなる!」とマネージャーが悲鳴を上げるのはこのためだ。

配偶者控除が創設されたのは「専業主婦」が当たり前の時代

妻, 働く, メリット
(画像=PIXTA)

もともと配偶者控除が創設されたのは1961(昭和36)年のこと。

今から60年近くも前、この制度が設けられたのは、妻は「専業主婦」という家庭が大多数を占めていたという背景がある。その当時、妻というのは就労していないけれども、家事や育児などで夫の所得に貢献しているという観点から作られた。

それが2000年前後を境に、共働き世帯と専業主婦世帯(男性雇用者と無業の妻からなる世帯)の比率は逆転し、今では、共働き世帯の方が多くなってしまった。社会構造が変化しているにも関わらず、税制は旧態然としたまま。パート主婦は、前掲の「103万円の壁」を意識して、就業時間を抑える傾向があり、それが就労意欲を阻害しているとして、行われたのが前掲の税制改正であった。

ちなみに、この「150万円」という水準は、現内閣が目指している最低賃金の加重平均額である1,000円の時給で1日6時間、週5日勤務した場合の年収144万円を上回るよう設定されているということらしい。

「ルールが複雑すぎて、どこまで稼げば良いのかわからない」人が続出

なんともまどろっこしい話で、今度は新しく「150万円の壁」ができただけ。根本的に、就労調整など意識せずに働けるしくみに改められたとは言い難い。

さらに、配偶者控除は、納税者である夫の収入に影響するものだが、150万円に達する前の130万円を超えると、夫の社会保険の扶養から外れ、妻自身が社会保険料(年金保険料、健康保険料など)を負担しなければならない。

これが「130万円の壁」と呼ばれるものだ。税金以上に社会保険料を払いたくないという人は、この額を超えないよう注意が必要なのである(なお、妻の勤務先の規模、労働時間によっては、106万円を超えたら社会保険に加入する必要あり)。

このような現状では、「ルールが複雑すぎてわからない」「上限を超えても働きたいがいくらまで稼げばよいのか?」などといった声があがるのも当然だろう。

妻が稼ぐことを本気で考えた方が良い理由とは?

私たちFPのところにも、この税制改正によって、「パート主婦はいくらまで稼ぐのがオトクか?」というシミュレーションの依頼が多数寄せられる。

肝心なのは世帯の手取り収入がどうなるか確認することだが、実際には、夫の勤務先の家族手当(多くの場合、妻の収入が103万円以内であれば支給される)の有無や妻の勤務先の状況などによって、ケースバイケースなので、試算は目安と考えておいた方が無難だ。

それよりも、今回のコラムのテーマに掲げた「妻が稼ぐことを本気で考えた方が良い3つの理由」について説明しよう。

理由その1「収入を増やすため」

この場合の収入は、現在の手取り収入額のことだけではない。生涯にわたる収入のことである。例えば、一度も働いたことのない専業主婦だった妻の場合、現役時代の収入はゼロで、老後は老齢基礎年金のみ。85歳までの収入は、約1559万円(77万9300円(平成30年度価格)×20年)となる。

一方、正社員(年収300万円・7年間)→専業主婦(3年間)→パート勤務(年収180万円・30年間)という職歴を経たパート妻の場合、85歳までの収入は、約8759万円(給与収入(手取り)約6375万円+公的年金(老齢基礎年金+老齢厚生年金)約2384万円)。

なんと、専業主婦の妻に比べて約5.6倍の収入の差が生じる。要するに、働いて得た収入プラス将来受け取れる自分名義の年金が増えるということ。

さらに、社会保険に加入していれば、働いている間に病気やケガをした場合でも健康保険から給料の約2/3が「傷病手当金」として支給されたり、年金保険から「障害年金」が受け取れたりする。民間保険に加入して、これらと同程度の保障を準備しようと思ったら、保険料は相当な額に上るはずだ。

現実として、収入がないor少ない妻の身分というのは、夫に依存しがちで、仮に夫が、病気で亡くなる・働けなくなる、リストラされる、浮気されて生活費を入れてくれなくなるなどの事態に陥った場合、経済的に立ち行かなくなる可能性が高い(妻自身が離婚したいというケースももちろん含めて)。

人生は長い。もちろん、現役時代の生活を豊かに過ごすため、夫婦仲良く年を取り、安泰した老後を送るために、妻の収入を増やすということも大切だが、それ以上に、不測の事態に備えるために、自分らしい人生を送るために、妻自身が収入を得て経済的に自立しておくことは欠かせないと思う。

なお、昨今の経済状況を考えると、妻に働いて欲しい夫も少なくないと思うが、その場合は、家事や育児などを一定割合負担すると申し出ること。「手伝うから」と言ってはいけない。主体的に夫も家庭を維持するための仕事に参画していただきたい。

理由その2「生きがいの創出」

妻が働かない理由として挙げられるのは、「家事・育児・介護などと、仕事の両立が難しい」「自分の条件に合う仕事が見つからない」「家でのんびりするのが好き」「子どもや家族との時間を大切にしたい」「働いて収入を少し増やすより節約に励んだ方がマシ」などなど。

同じ妻という立場として、どれも理解できる。しかし働くということは、お金のためだけではない。働くことでやりがいや生きがいを見出すことができるのだ。

もちろん、夫や子どもなど、家族のために美味しい食事を作り、家を清潔に保ち、居心地の良い空間を作ることは大いなる生きがいだろう。しかし、誰かのために働き、自分の価値が対価や社会的評価となって返ってくる喜びというのは、筆舌に尽くしがたい。

子どもはいずれ自分の手を離れていくし、夫は、妻が期待しているほど、その働きに感謝してくれてはいないだろう。おそらく、妻が「夫が稼いだお金で生活するのは当然」と思っているのと同じくらい、家のことをするのは当たり前と思っているはずだ。

ちなみに、幸福の経済学の観点から言えば、就業者は失業者に比べて幸福であるという。これは世界中どこでも共通している。それだけ、社会的地位や社会関係、目標などは人間の幸福度に影響を与えるものであり、働くことの非金銭的な側面は、心身の健康を大きく左右するものらしい。

理由その3「健康寿命を延ばすため」

要介護あるいは寝たきり状態ではなく、健康で自立した生活ができる期間を「健康寿命」と呼ぶ。長野県など、健康寿命が良好な地域を調査すると、その要因の一つとして高齢者の就業率が高いことが明らかになっている。

また厚生労働省「後期高齢者医療事業報告」によると、65歳以上の就業率と10年後の後期高齢者医療の水準を比べた場合、就業率が高い都道府県で後期高齢者医療費の水準が低くなる傾向があるという。

高齢になって医療費が心配なら、働くことがそれに備える方法の一つかもしれない。 国の施策としても、高齢者の就業を促進することが、健康の増進や医療費の抑制につながるとなれば、高齢者雇用も今まで以上に進むだろう。

現役時代についても、仕事があると思えば、規則正しい生活になるし、身だしなみも整える。家庭で多少イヤなことがあっても、外でストレス発散させることもできる。 妻自身が、いつまでも若々しく、ハツラツと元気に過ごしたいと思うなら、エステや化粧品、健康食品、サプリメントなどに頼るのではなく、できるだけ長く、安定して働くのが一番手っ取り早い方法なのではないだろうか、と思ったりする今日この頃だ。

黒田尚子
黒田尚子FPオフィス代表 CFP®資格、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、CNJ認定乳がん体験者コーディネーター、消費生活専門相談員資格を保有。立命館大学卒業後、日本総合研究所に入社。1996年FP資格取得後、同社を退社し、1998年FPとして独立。新聞・雑誌・サイト等の執筆、講演、個人向けコンサルティング等を幅広く行う。2009年末に乳がん告知を受け、「がんとお金の本」(Bkc)を上梓。自らの体験から、病気に対する経済的備えの重要性を訴える活動を行うほか、老後・介護・消費者問題にも注力。著書に「がんとわたしノート」(Bkc)、「がんとお金の真実」(セールス手帖社)、「50代からのお金のはなし」(プレジデント社)など。