シンカー:財政収支(資金循環統計ベース)は2018年1-3月期に-2.8%(GDP比率)となり、アベノミクス前の2012年10-12月期の-8.8%から、景気拡大の進展にともない赤字幅が大きく縮小してきた。政府の2021年度の財政再建中間目標(-3%)は既にクリアしている。総需要破壊の力となってしまっている企業の貯蓄行動対比で、財政収支の改善ペースは異常に速く、デフレ完全脱却への動きの障害となっている。政府は2019年度の実質GDP成長率を1%台と、0%台である日銀やマーケットの予想より高い前提で、予算を編成しようとしているようだ。これは、2019年10月の消費税率の引き上げ前後で、景気が失速しないばかりか、デフレ完全脱却へのモメンタムを維持するに十分な財政政策を出そうとしていることを意味していると考えられる。企業活動の回復による企業貯蓄率の低下と合わせ、財政政策も景気拡大を支え、マネーが拡大する力であるネットの資金需要が復活し、金融緩和の効果も再び生まれ、デフレ完全脱却へのモメンタムが強化されるだろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

企業貯蓄率(日銀資金循環統計による)の上昇は、デレバレッジやリストラが強くなるなど企業活動の鈍化を意味し、景気下押しとデフレ悪化の圧力となる。企業は資金調達をして事業を行う主体であるので、マクロ経済での貯蓄率はマイナスであるはずだ。しかし、日本の場合、1990年代から企業貯蓄率は恒常的なプラスの異常な状態となっており、企業のデレバレッジや弱いリスクテイク力、そしてリストラが、企業と家計の資金の連鎖からドロップアウトしてしまう過剰貯蓄として、総需要を破壊する力となり、内需低迷とデフレの長期化の原因になっていると考えられる。一方、企業貯蓄率の低下は、デレバレッジやリストラなど過剰貯蓄が総需要を破壊する力が弱くなり、企業活動の回復により景気押し上げとデフレ緩和の圧力となる。企業活動の動きが、景気サイクルを決めていると考えられ、企業貯蓄率はその代理変数となる。企業貯蓄率は2018年1-3月期には+3.7%(4四半期平均、GDP比率)へ、アベノミクス前の2012年10-12月期の+5.7%から低下し、景気拡大とデフレ完全脱却への動きの進展を示している。しかし、企業貯蓄率がマイナスとなり、総需要を破壊する力が消滅するまでは、再度の景気後退でデフレに戻るリスクがあるため、デフレ完全脱却は宣言できないことになる。

財政収支(資金循環統計ベース)は2018年1-3月期に-2.8%(GDP比率)となり、アベノミクス前の2012年10-12月期の-8.8%から、景気拡大の進展にともない赤字幅が大きく縮小してきた。政府の2021年度の財政再建中間目標(-3%)は既にクリアしている。恒常的なプラスとなっている企業貯蓄率(デレバレッジ)が表す企業の支出の弱さに対して、マイナス(赤字)である財政収支が相殺している程度(成長を強く追及せず、安定だけを目指す政策)で政府の支出も弱く、企業貯蓄率と財政収支の和(ネットの国内資金需要、マイナスが拡大)がゼロと、国内の資金需要・総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力が喪失してしまっていた。2014年4月の消費税率引き上げもほとんどが借金の減額に回され、社会保障費の引き上げと歳出削減を含め、経済ファンダメンタルズの改善対比で過度な財政緊縮がネットの資金需要を消滅させ、アベノミクスのデフレ完全脱却への動きを鈍らせてしまっていた。日銀の現行の金融緩和は、ネットの資金需要を間接的にマネタイズすることにより効果を発揮する。裏を返せば、マネタイズするネットの資金需要がなければ、金融緩和の効果はほとんど消滅してしまう。

家計の総賃金が拡大する重要な経済メカニズムは、労働需給が引き締まるとともに、企業と政府の支出する力が強くなることだ。マクロ経済では支出されたものは誰かの所得となるため、企業と政府の支出する力が強くなると、家計に回ってくる所得も大きくなる。これまでネットの資金需要が喪失してしまっていたということは、家計に回ってくる所得が抑制されてしまっていたことを意味する。深刻な雇用不足感による効率化・省力化の必要性、そして過去最高に上昇した利益率を維持するためトップライン(売上高)の増加の必要性が、好調な経済ファンダメンタルズをともない企業の投資行動を刺激し、企業貯蓄率はマイナスの正常領域(企業の過剰貯蓄が総需要を破壊しなくなるデフレ完全脱却のポイント)に向けてしっかり低下していくとみられる。日銀短観では企業の強い設備投資意欲が確認された。IoT、AI、ロボティクスなどの産業変化も研究開発を促している。2018年度から企業貯蓄率の明確な低下がみられるだろう。企業貯蓄率がマイナスの正常化するには、人手不足による生産性上昇の必要性と、賃金上昇を背景とした消費需要の拡大を新たな製品・サービスでとらえる前向きな動きが更に強くなる必要があるだろう。

政府は、企業の賃金引上げの強い要請をしてきた。そして、2020年までの3年間を「生産性革命・集中投資期間」として「大胆な税制、予算、規制改革などあらゆる施策を総動員する」政府の方針は、拙速な財政再建を慎むことになる。経済的にあまり意味がなくデフレ完全脱却の足かせとなっていた2020年度のプライマリーバランス黒字化の目標は2025年度に先送りされた。財政政策は、高齢化に向けた財政赤字に怯えた守りの緊縮から、デフレ完全脱却による更なる成長を企図する攻めの緩和へ明確に転じることになる。政府は2019年度の実質GDP成長率を1%台と、0%台である日銀やマーケットの予想より高い前提で、予算を編成しようとしているようだ。これは、2019年10月の消費税率の引き上げ前後で、景気が失速しないばかりか、デフレ完全脱却へのモメンタムを維持するに十分な財政政策を出そうとしていることを意味していると考えられる。企業の貯蓄対比で異常な財政収支の改善のペースは緩くなり、財政政策も景気拡大を支えていくだろう。

企業活動の活性化と、財政政策が緊縮から緩和へ明確に転じることにより、ネットの資金需要が大きく復活し、金融緩和の効果もより強くなり、円安・株高・物価上昇というデフレ完全脱却への動きが加速していく可能性がある。ネットの資金需要は2018年1-3月期に+1.1%(GDP比率)となり11四半期連続で消滅してしまい、デフレ完全脱却への動きの障害となっている。「見えざる手」(失業率の低下が示す労働需給の引き締まり)と「見える手」(ネットの資金需要の拡大が示す家計への所得の循環と政府からの圧力)が両方作用し、賃金上昇が強くなっていくだろう。好調な経済ファンダメンタルズがまだ弱い企業の投資行動を刺激し、企業貯蓄率はマイナスの正常領域まで低下し、それがネットの資金需要を更に拡大させる好循環に入る可能性がある。しかし、企業貯蓄率の低下トレンドはまだ弱く、ネットの資金需要も消滅している。グローバルな貿易紛争などの予断を許さない状況にあり、企業貯蓄率の正常なマイナス化にはまだ遠く、デフレ完全脱却を宣言できる状況でもない。財政政策や成長戦略による企業活動の刺激などがまだ必要であり、政策の手を緩めるべきではない。景気が回復しているから政策は引き締めるべきだという安易な方針が現実化すれば、総需要を破壊する力がまだ残っているため、日本経済は再びデフレの闇に陥る懸念がある。

図)ネットの国内資金需要

ネットの国内資金需要
(画像=内閣府、総務省、日銀、SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司