事業承継を行うにあたって、準備や対策が不十分だと思わぬトラブルを招くことがあります。そこで本稿では、事業承継で生じやすい問題を事例で紹介するとともに、その対応策を提示していきます。事業承継は多くの人々が長期にわたって関わるプロジェクトであり、状況次第ではさまざまなトラブルが想定されますが、本稿では、「贈与税と相続税に関するもの」「経営権の掌握に関するもの」「資金繰りに関するもの」の3点について解説していきます。
贈与税と相続税に関する問題とその対応策
・事例:株式を譲渡したいが贈与税が心配
飲食店を複数店舗展開するA社の社長は数年後には勇退して長男に会社を譲ろうと考えています。数年間かけて自社株式を長男に生前贈与する方法を考えましたが、事業は好調で自社株式の評価が高くなり、贈与税も多額にかかりそうです。
・問題点:純資産価額方式による自社株評価と贈与税の税率
小規模会社の自社株式の評価は基本的に「純資産価額方式」で行うことになります。この方法によれば、A社のように業績が好調で純資産が積み上がると、自社株式の評価も自ずと高くなります。一方で、財産の贈与がなされると贈与税が課されます。贈与税には毎年の基礎控除110万円が認められますが、それを上回る部分については相続税より税率の高い贈与税が課されます。
・対応策:負担の少ない制度の有効活用を
このように通常の生前贈与だけでは税金負担が重くなるため、税金対策が必要となります。有効な方法としては「相続時精算課税」や「事業承継税制」が考えられます。このうち、相続時精算課税は60歳以上の父母や祖父母から20歳以上の子や孫に対して財産を贈与する際に適用される制度です。2,500万円の特別控除が認められるほか、贈与税を支払ったとしても、相続発生時にその贈与税を合わせて精算が行われるものです。
これに対して、事業承継税制は後継者が事業を継続するなど一定の要件を満たす場合に相続税や贈与税の納税が猶予あるいは免除される制度です。特に2018年度税制改正では、対象となる自社株式の数量や猶予される税金の割合が拡大され、実質的に税負担がない状態で事業承継できる制度となっています。
経営権の掌握に関する問題とその対応策
・事例:承継者以外の遺留分で自社株分散のおそれが
印刷製本業を営むB社の社長は将来的に会社を三男に継がせようと考えています。ただ、社長の個人財産は自社株式以外にほとんどなく、すべての株式を三男に相続させると、他の相続人が自分の「遺留分」を主張するおそれがあります。
・問題点:三男以外も財産を相続する法的権利がある
遺留分というのは、一定の相続人が最低限相続できるものとして法律上定められた割合を指します。つまり、いくらB社の社長がすべての自社株式を三男に相続させると決めたとしても、相続時に他の相続人が自分の遺留分を主張すると自社株式が分散してしまう原因となります。
・対応策:遺留分が確保できないときには経営権を分離させる手も
スムーズな会社の承継を考えるのであれば、後継者に相続させる自社株式に加えて、他の相続人に相続させる不動産や有価証券などの資産を事前に用意し、事前に相続人に話をしておくことです。ただし、遺留分が確保できないのであれば「種類株式」の制度を活用して、普通株式のほかに議決権が制限された株式を発行しておくといった方法も考えられます。後継者には普通株式を、他の相続人には議決権制限株式を相続させることにより、後継者が会社の経営権を掌握することができます。
資金繰りに関する問題とその対応策
・事例:自社株承継後の相続税の支払いが困難
雑貨の輸入販売業を営むC社の社長は会社を次女に承継させるつもりでいます。しかし、相続財産としてはC社株式以外に目ぼしいものはなく、次女もまた資力に乏しいため、相続税の納税資金の確保に不安があります。
・問題点:承継時の資金不足
自社株式は一般に換金可能性が低く、他に流動性のある遺産がない場合には納税資金に困る可能性があります。そのため自社株式を譲渡するなどして資金を確保することで株式が分散してしまうおそれもあります。
・対応策:制度の利用に加え、生命保険による資金の確保も考慮に
換金性の低い自社株のみを相続した承継では資金の確保が大きな悩みの種になります。上述と同様、こちらも一定の要件に沿って事業承継税制を活用することにより、相続税の猶予または免除を受けることができます。
ただし、やはり心配なのが資金の確保。それについては生命保険を活用して後継者が保険金を受け取れるようにしておく方法も考えられます。保険金は納税資金だけでなく、他の相続人の遺留分に配慮して現金で補填する「代償分割」の資金としても活用することができます。
事業承継を考える際は、専門家の活用も一法
以上のように、ほとんどの問題は先回りして対策を講じれば解消できるものばかりです。ただし、そのためには現状把握を適切に行わなければなりません。経営者が1人で考えているだけでは気付かない課題が潜んでいる可能性もありますので、専門家などのアドバイスを踏まえた対策が有用と考えられます。(提供:みらい経営者 ONLINE)
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