第1章 なぜ、個人投資家は、儲かっていないのか?

<第1話>新橋・日比谷神社、先生との出会い

隆一は、手帳の地図を見ながら、日比谷神社に向かっていた。深呼吸しながら。緊張というより、少しでも酔いをさまそうとしていたのかもしれない。

赤い鳥居の横には、下へと向かう薄暗い階段が不自然にあった。隆一が降りきると、そこには、居酒屋の男が「重厚」と言ったオークのドアがあった。

表札も看板もないのに怯んだが、引き返すわけにも行かず、隆一はドアを開けた。想像していたよりも部屋は明るく、神社の地下室というよりは、「蓼科の別荘の書斎みたいだな」と隆一は今朝の電車で見かけたリゾート物件の広告を思い出していた。

入った部屋の大きさは8畳ほどで、初老の男性がカウチに座ってこちらを見ていた。

「ここを訪ねて来る人は久々ですね」と言って、彼の前にある椅子に座るよう促した。
「あなたが、先生、ですか?」と隆一が聞くと、
「そうです。私のことを先生、と呼んでもらってかまいません」と、<先生>は言った。

「君は、投資のことを学びにきたのですか?」
「そうです、近くの居酒屋で先生に教えてもらうことで、投資がうまくいくようになったという話を聞いて、ここにきました」

 隆一は、まだ先生に認めてもらえたわけでもないのに、おもむろに質問をした。

「先生、私はもっと投資のことを知りたいのです。投資をちゃんと<体系的>に理解することで、人生がハッピーになると思うのです。こんなことを妻に言うと投資なんてギャンブルと同じでしょ、と取りつく島もありませんが・・・」

隆一は、なんとなく気になっていた<体系的>という言葉をつい持ち出していた。

ただ、先生の反応も
「投資とギャンブルの違い、そこを理解することはとても大切ですよ」
と上々のようだったので、隆一は続けた。
「そうなんですか、妻を説得したいのでぜひ教えてください」

「では、あなたは投資を友達に説明することができますか?」
 逆に先生に質問され、隆一は返事に詰まった。

投資に対しては、株の上げ下げでそれが儲けるとか、損をするとか、という程度で深く考えたことはなかったからだ。周りの友達もおおかた隆一と同じレベルで投資のことを考えているように思う。

投資小説,トウシル
(画像=トウシル)

先生は続けて、
「むろん、投資はギャンブルとまったく違いますよ。私の言う『投資』は、株式やFXの短期回転売買とも違います。株式の短期回転売買で利益を得ようとする営みを『トレード』とよんでいますが、投資、ギャンブル、そしてトレードが、どうどう違うのか説明しましょう。あなたは少しお酒を飲んでいるようですが、大丈夫ですか?」

隆一はお酒を飲んでいることを指摘され、どきっとしたが、もうほとんど酔いは冷めて来ており、先生の話についていこうと決めていた。

<投資とギャンブルとの違い>

「先生、私は本気で投資について学びたいと思っているのです。酔いはもう冷めてます」

「よろしい。よい心構えです。まず、投資はギャンブルとはビジネスモデルも目的も違うことを説明しましょう。競馬や宝くじなどのギャンブルは、掛け金を集めて、集めた掛け金から経費や税金などを差し引いた残金を、当たり外れによって分配するゲームです。当てて儲かることが楽しみで掛け金を払うといっても、本質は娯楽であり、娯楽サービスの提供を受けるために掛け金を支払うわけです。賭け事そのものを経済合理性で考えれば、誰かが得をすれば誰かが損するゼロサムゲームです。しかも分配金は経費や税金が差し引かれているわけだから、必ず儲ける人の収入より損する人の支出のほうが大きくなる。そうでないと、経営が成り立たないわけです。ここまではよろしいですか?」

「競馬や宝くじでは、みんなが儲かることはない、ということですよね。」と隆一が確認をすると
「そうです、宝くじであれば、胴元の取り分が約50%で、残りの50%をみんなで取り合う構図だからです。競馬であれば、胴元が25%持っていきます」

改めて仕組みを認識した隆一は、「宝くじって、買った瞬間に半分も取られるのですね。そうであれば確かに娯楽や運試しと思わないとやっていられないですね」と、愚痴た。

先生はその通りだという顔で「一方、企業に投資することは、その資金が企業の事業に投じてられ、企業活動を通じて利益を生んでいくわけです。期待通りに利益が出れば、投資家は配当を得たり、株価の値上がり益を得たりすることができます。誰も損をしない、皆が得するビジネスモデルですね」

隆一は「なるほど」と頷いてみたものの、まだ腑には落ちていなかった。

「むろん、事業が上手くいくという前提です。人は誰でも損するために働くわけではありません。利益を上げようと努力しますし、そこから企業間の競争が生まれ、社会のイノベーションにもつながるわけです。また、何より、投資した事業が上手くいけば、社会が必要としている財やサービスが提供され、働く場も税金も増えます。つまり、投資は、私たちの暮らす資本主義社会を豊かにさせるための社会貢献にもなるということです」

「先生、すいません、ちょっとついていくのが難しくなりました。イノベーションとか資本主義とか、用語としては聞いたことがありますが、それと投資がどう繋がるかまで、理解できません」。隆一は正直に先生に伝えた

「わからないことを、わからないということはいいことです。イノベーションや資本主義についてはまた次の機会に噛み砕いて話します」と、先生は生徒がどこでつまずくかを熟知している様子だった。

隆一は、まずは投資とギャンブルの違いについてはおおむね腹落ちしたので、帰ったら妻にこの話をしようと思った。


投資小説:もう投資なんてしない
<プロローグ>投資から、退場させられた、男

中桐 啓貴(なかぎり ひろき)
FP法人GAIA代表 ファイナンシャルプランナー
1973年、兵庫県生まれ。大学卒業後、山一證券、メリルリンチ日本証券で資産運用コンサルティング業務を行う。留学してMBA(経営学修士)を取得後、IFAガイアを設立。社員26名、資産相談の顧問契約者約645名、仲介預かり資産は260億円超。

(提供=トウシル

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