遺言書は、自身が亡くなったときのために、残された家族にあてて遺産の配分方法などについて書き残しておくものです。
遺言書は民法で方式が定められていて、これらの方式に違反している遺言書は法的には無効になります。法的に無効な遺言書は、遺産分割の手続きに使うことはできません。残された家族のために書いたつもりの遺言書が、有効か無効かをめぐって家族同士で争うきっかけになることもあります。
この記事では、遺言書が無効になる事例と遺言書が無効にならないための対策をご紹介します。自分一人で作成できる「自筆証書遺言」は無効になる可能性が高いため、特に注意が必要です。
1.遺言書が無効になる事例とは?
遺言書には大きく分けて「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」があります(このほか「秘密証書遺言」などもありますが、実例が少ないため省略します)。
自筆証書遺言は自筆で書く遺言書のことです。自分一人でいつでも書くことができますが、無効になるおそれがあるほか、紛失や改ざんのおそれもあります。
公正証書遺言は公証役場で公証人に作成してもらう遺言書です。紛失や改ざんの恐れがない一方、作成には手間と費用がかかります。
この章では、自筆証書遺言と公正証書遺言について無効になる事例をご紹介します。
1-1.自筆証書遺言が無効になる事例
自筆証書遺言が無効になる事例は、
- 自筆で書いていないもの
- 日付があいまいなもの
などが代表的です。
自筆で書いていない遺言書
自筆証書遺言は、遺言書を書く人(遺言者)の「自筆」で書かれていなければなりません。パソコンで作成した遺言書やレコーダーで録音したものは、法的には遺言書として認められません。本文をパソコンで作成して自筆で署名しても認められません。
遺言書の代筆など、遺言者以外の人が遺言書を書くことも認められません。過去の最高裁の判例では、手が不自由な遺言者が妻の介助を受けながら筆記した遺言書が無効とされました(最高裁昭和62年10月8日)。手が不自由などの理由で筆記ができない場合は、公正証書遺言を作成しましょう。
遺言者本人が書いていないという点では、遺言者に十分な判断能力がなかった場合も無効になります(松山地裁平成17年9月27日)。
たとえば、遺言者が認知症で意思表示が十分にできない場合は、自筆で遺言書を書くことはできないと予想されます。そのような状況で書かれた遺言書は他人が偽造した疑いがあるとして、有効か無効かが裁判で争われることになります。
日付があいまいな遺言
遺言書には日付を記載する必要があります。「平成○年○月吉日」といったように、日付が特定できない記載では遺言書は無効になります。
日付が特定できれば「私の満○歳の誕生日」という記載でも認められると考えられています。しかし、無用の混乱を避けるために、遺言書の日付は「平成○年○月○日」という形式で書くようにしましょう。
遺言書に記載する日付の形式の例
◎:平成29年10月10日
○:私の満75歳の誕生日 など
×:平成29年10月末日 など
その他無効になる事例
このほか、自筆証書遺言が無効になる例には次のようなものがあげられます。
- 押印がない
- 署名がない
- 2人以上の共同遺言
たとえ夫婦であっても、一通の遺言書に複数人の遺言を書くことは認められません。それぞれ別々の遺言書として書き残しておく必要があります。
1-2.公正証書遺言が無効になる事例
公正証書遺言は、遺言者が公証人の面前で遺言内容を口頭で述べて、公証人がその内容を筆記して作成します。公証人以外に2人の証人もその場に立ち合います。このような手続きで作成されるため、公正証書遺言が無効になることはほぼありません。
ただし、遺言者に十分な判断能力がなかった場合には、公正証書遺言が無効になることがあります。
実務では、弁護士などの専門家が事前に作成した原稿を公証人が読み上げて、遺言者が承諾することで公正証書遺言が作成されることがあります。このとき、遺言者が認知症で十分な判断能力がなくても、公証人の問いかけに「はい」と答えることができれば公正証書遺言ができてしまいます。
そのような状況で作成された公正証書遺言は、他の誰かが意図的に作らせたのではないかとして有効性が裁判で争われます。
2.遺言書を無効にするためには“遺言書無効の訴え”
ここまで遺言書が無効になる事例をご紹介しました。ただし、遺言書が無効であるかどうかは、明らかな形式の不備(パソコンで作成した、署名・押印がないなど)でない限り、自動的に決まるものではありません。相続人の誰かが「遺言書無効の訴え」を起こす必要があります。
自筆証書遺言は、開封する前に家庭裁判所で検認という手続きを受ける必要がありますが、検認で遺言が有効であるかどうかの判定はされません。検認は、あくまでも検認した後の偽造や変造を防ぐことを目的にしています。
2-1.遺言無効の訴えの流れ
遺言無効の訴えは、次のような流れで進めます。
- まず家庭裁判所に調停を申し立てる。
- 調停で解決できなければ、地方裁判所に「遺言無効確認請求訴訟」を起こす。
調停で解決できない場合が多いため、実務では始めから地方裁判所に訴訟を起こすこともあります。
原告と被告のどちらか、あるいは双方が判決内容に納得できない場合は、上級裁判所に控訴、上告します。訴訟が最高裁判所まで進むと、解決までには相当長い期間がかかります。
2-2.訴訟に必要なもの
自筆証書遺言の偽造が疑われるときは、年賀状や手紙など遺言者の筆跡がわかるものを準備します。遺言者に判断能力があったかどうかを争うときは、当時の医師の診断書やカルテ、介護認定を受けるための資料などを準備します。
3.遺言書が無効にならないための対策
遺言書が有効であるか無効になるかの争いは、解決までに長い年月がかかります。残された家族のために書いた遺言書がトラブルを生んでしまっては、せっかくの努力も無駄になってしまいます。遺言書を書くときは、無効にならないように注意することが大切です。
3-1.自筆証書遺言の注意点
自筆証書遺言は、形式不備で無効になる事例が多くなります。自筆証書遺言ではなく、より確実な公正証書遺言を作成することが一番の対策です。しかし、たとえ公証人であっても他人に遺言内容を知られたくないなど、自筆証書遺言を書きたい事情もあるでしょう。
自筆証書遺言の書き方についてはネットや書籍などで数多くの解説があり、それらを参考にすることができます。次の記事では自筆証書遺言の書き方について詳しく解説しているので、参考にしてください。
もし明日あなたに不幸があったときに家族を守るための遺言作成完全ガイド(2.【自分で作成する人向け】自筆証書遺言の書き方パーフェクトガイド)
3-2.公正証書遺言の注意点
公正証書遺言は形式上の不備で無効になることはありません。ただし、遺言者に判断能力がなかったと判断された場合は無効になることがあります。
事情があって、軽度の認知症など判断能力が疑わしい状態で公正証書遺言を作成する場合は、医師の診断書を取っておくことをおすすめします。遺言書が有効か無効かは裁判で判断されることになりますが、医師の診断書は作成したときの遺言者の判断能力を示す証拠となります。
公正証書遺言の作成について詳しいことは、次の記事を参考にしてください。
もし明日あなたに不幸があったときに家族を守るための遺言作成完全ガイド(3.【専門家にお任せしたい人向け】公正証書遺言の書き方パーフェクトガイド)
3-3.早めに遺言書を書くことも重要
自筆証書遺言でも公正証書遺言でも、遺言者に十分な判断能力がなければ遺言書は無効となります。高齢になると判断能力は徐々に衰えていきますが、その程度には個人差があります。認知症がいつ発症するかといったことも、事前にわかるものではありません。遺言書は判断能力が十分なうちに早めに作成することをおすすめします。
4.まとめ
以上、遺言書が無効になる事例と、遺言書が無効にならないための対策をご紹介しました。遺言書は残された家族が円満に相続できるように書くもので、無効になってはせっかくの努力も無駄になってしまいます。
自筆証書遺言は一人でいつでも書くことができますが、知識がなければ法律で定められた方式のとおりに書くことができずに無効になる可能性が高くなります。公正証書遺言は公証人が作成するため、無効になることはほとんどありません。
ただし、自筆証書遺言でも公正証書遺言でも、遺言者に判断能力があったかどうかで争われる事例も数多くあります。遺言書は判断能力が十分なうちに早めに作成しておくことをおすすめします。
(提供:税理士が教える相続税の知識)