飲食店の人手不足が叫ばれて久しい。事業自体は好調であっても、働き手がいないために、泣く泣く店を閉めるといったケースも聞かれるようになった。多くの店が働き方改革に取り組み始めているが、その中には「スタッフの待遇を手厚くすると、店の経営が成り立たない」という苦しい心中を吐露する人もいる。そこで今回は、門前仲町『おはし kitchen』や茅場町『煮炊きや おわん』で、先進的な働き方を実践している柴田雄平さんに、従業員が働きやすい環境をいかに作るか話を聞いた。
飲食業界で働いてきたからこそ、感じていた問題点
柴田雄平さんは2つの飲食店の運営、そして食に関するマーケティングを行うonakasuita(おなかすいた)株式会社の代表取締役を務めている。簡単な経歴を紹介すると、柴田さんは調理学校卒業後、フレンチレストランで一日最高20時間という激務をこなした。その後、体を壊したことがきっかけで退社し、ヨーロッパの家庭料理を学ぶ旅に出る。帰国してからは、飲食店を経営するベンチャー企業に転職し、複数店舗の立ち上げを経験。24歳のときに担当した店で予算を大きく超える成果を達成し、コンビニデザートの企画でも大ヒットを飛ばした柴田さんは、社内で出世街道を掛け上がった。そんな彼が2013年に退社し、同僚二人と共に立ち上げたのがこの会社である。柴田さんが自分で飲食店を立ち上げようと思った理由は何だろうか。
「飲食業界は、『長時間労働できつい』とか『給料が安い』という概念が出来上がってしまっていますよね。こういう悪いイメージを払しょくするのが弊社のミッションだと思っています。今はまだ小規模ですけど、土日・祝日休みの店を100~200店舗作って成功させることをゴールにしています。そうすることで、『飲食店で働いてみたいな』という人が増えてほしいと思っているんです」
一緒に会社を立ち上げた南雲麻美さんも、過去に飲食業界で働いていた経験があり、業界内で常識とされる働き方に問題意識を持っていたそうだ。
「飲食業界ってすごく人の入れ替えが激しいですよね。私も以前は『体力がないと続けられない』という会社にいました。女の人は年齢を重ねていくごとに体力的につらくなってきます。だんだんしんどくなって、営業に出ても笑えないし、お客さんとの会話も楽しめなくなっていったんです。そういうのが嫌で、自分たちで会社を始めたというのがありますね」
自分たちが働いた経験から、飲食業界ならではの慣習や問題意識が見えていたのだろう。2013年に立ち上げた「oanakasuita」では、飲食店でありながら、土日・祝日休み、社保完備、夏季休暇も10日程度あるという好待遇の店をプロデュースした。正月休みもあり、年間の休日日数は最低でも122日はキープしているという。「飲食店は人が休んでいるときも一生懸命働かないといけない」というのはよく聞く話ではあるが、柴田さんはどのように考えているのだろうか。
「僕はヨーロッパでバックパッカーをして、いろんな家庭に泊めてもらったことがあるんです。彼らは本当に短時間しか働きません。昼まで家にいて、やっと出かけて行ったと思ったら、17時くらいに帰ってきて、家族と過ごしたり遊んだりするんですね。『なんて生産性が高いんだろう』と驚きました。反対に、日本はこんなに働いているのに所得はあまり高くない。何でも安くしすぎなのが原因かもしれません。もっと付加価値を乗せて、バリューを出していくべきだと思います。飲食店の価値は、『場』を提供するというところにあります。今の時代、UberEATSなどの宅配でも美味しい料理が食べられますよね。そんな中で、どうやったら店に足を運んでもらえるかというと、料理だけでなく、店の内装や器、接客、雰囲気、価格など、トータルのバランスで価値を創出していくことが求められます。すごく料理の味がいいのに経営が苦しい店は、高価格帯なのに店内が騒がしいとか、全体のバランスが悪い可能性がありますね」
柴田さんは飲食店を立ち上げるにあたって、「料理で一番になること」はあえて捨てて、エリア内の潜在顧客が求めるシーンにフィットする店を考えた。例えば茅場町は、昔ながらのオフィスエリアである。『煮炊きや おわん』は、周辺で働く人たちが会社帰りに立ち寄り、4000、5000円で比較的気軽に飲める店を目指した。カウンター席なので店員と距離が近く、おしゃべりを楽しみながら家庭的なおばんざいをつまみに日本酒を飲むことができる。ほっこりした雰囲気が魅力で、近隣住民、サラリーマンの憩いの場を提供している。