相続税の申告では、相続した遺産について故人の死亡時の時価を調べなければなりません。
ただし、申告者が遺産の時価を調べることは難しく、個別に評価すると価額にばらつきが生じて不公平になる恐れがあります。そのため、相続税を申告するときの時価の算定には一定の方法が定められています。
この一定の方法で時価を求めると、実際の時価(換金価値)と異なる価額になることもあります。特に不動産はその差額が大きくなる傾向があります。
この記事では、相続税を申告するときの遺産の時価について、基本的な考え方と主な財産の評価方法を解説します。
1.相続税申告の遺産の時価とは
相続税法第22条では、財産の評価の原則が定められています。
相続、遺贈または贈与によって取得した財産の価額は、その財産を取得したときの時価によって評価します。
相続税法(評価の原則)第二十二条 この章で特別の定めのあるものを除くほか、相続、遺贈又は贈与により取得した財産の価額は、当該財産の取得の時における時価により、当該財産の価額から控除すべき債務の金額は、その時の現況による。
条文にある「特別の定めのあるもの」とは、地上権、永小作権、定期金、立木をさし、これらの財産の価額は相続税法第23条から第26条で定められた方法で評価します。
「時価」については、財産評価基本通達にその意義が記載されています。時価は課税時期、すなわち相続であれば故人(被相続人)が死亡した時点において自由な取引のもとで成立する価額とされ、具体的には財産評価基本通達の定めによって評価します。
財産評価基本通達(評価の原則)1. 財産の評価については、次による。(平3課評2-4外改正)(1) 評価単位財産の価額は、第2章以下に定める評価単位ごとに評価する。(2) 時価の意義財産の価額は、時価によるものとし、時価とは、課税時期(相続、遺贈若しくは贈与により財産を取得した日若しくは相続税法の規定により相続、遺贈若しくは贈与により取得したものとみなされた財産のその取得の日又は地価税法第2条《定義》第4号に規定する課税時期をいう。以下同じ。)において、それぞれの財産の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額をいい、その価額は、この通達の定めによって評価した価額による。(3) 財産の評価財産の評価に当たっては、その財産の価額に影響を及ぼすべきすべての事情を考慮する。(参考)国税庁ホームページ 財産評価基本通達
ただし、財産評価基本通達の定めによる評価が絶対というわけではありません。
財産評価基本通達では、この通達による評価が著しく不適当な場合は国税当局の判断によって評価することが定められています。
財産評価基本通達(この通達の定めにより難い場合の評価)6. この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。
たとえば、不動産の価額を財産評価基本通達のとおりに評価すると、実際の時価、たとえば不動産鑑定による価額を大きく下回ることがあります。 同族会社の非上場株式は、財産評価基本通達のとおりに評価しても、通常考えられる価額から逸脱した価額になることがあります。
このような場合は財産評価基本通達による評価が著しく不適当であるとして、国税当局によって評価額の見直しが行われる可能性があります。
2.相続税申告の遺産の時価の評価方法
相続税を申告するときの遺産の時価(相続税評価額)は、財産評価基本通達で定められた方法で求めます。
預貯金であれば、故人の死亡日時点の残高が相続税評価額となります。定期預金は未経過利息(まだ受け取っていない利息)も含めて評価しますが、元金の相続税評価額は実際の残高と同額です。
一方、不動産のように一つ一つ状況が異なり二つとして同じものがない財産や、株式のように日々価格が変動する財産の相続税評価額は実際の時価と異なる価額になります。
また、書画骨董のように価値がすぐにわからないものについては、専門家の鑑定によって時価を評価します。
この章では、「宅地・家屋」、「有価証券」、「その他の財産(書画骨董など)」について、財産評価基本通達で定められた時価の評価方法をご紹介します。
2-1.宅地・家屋の相続税評価額
財産評価基本通達では、宅地・家屋について次の方法で評価するよう定められています。
- 宅地:路線価または固定資産税評価額をもとに評価
- 家屋:固定資産税評価額と同額
路線価とは、主に市街地で相続税評価のために定められた1㎡あたりの地価のことです。路線価がある地域では、評価する土地の面する道路ごとにつけられた路線価に面積をかけて評価します。路線価がない地域では、宅地の固定資産税評価額に所定の倍率をかけて評価します。
宅地・家屋を賃貸している場合は、借地人・借家人の権利にあたる部分を差し引くため、賃貸していない場合に比べて評価額は低くなります。
宅地・家屋の相続税評価額は、多くの場合実際の時価より低くなります。そのため、現預金を不動産に組み替える節税対策が広く行われています。
2-2.有価証券の相続税評価額
株式など有価証券についても、財産評価基本通達で評価方法が定められています。
- 上場株式:被相続人の死亡日の終値または一定期間の終値の平均値をもとに評価
- 非上場株式:会社の財務状況または配当をもとに評価
- 投資信託:被相続人の死亡日に解約したと仮定した場合の払戻金額で評価
上場株式の相続税評価額は、基本的には死亡日の時点の証券取引市場の終値に株数をかけて評価します。ただし、死亡日の月、その前月、前々月における終値の平均値でも評価することが認められ、死亡日時点の終値も含めて最も低い株価をもとに評価します。
株価は会社の業績や内外の経済情勢によって大きく変動することがあり、上場株式の相続税評価額は実際の時価と異なる価額になる場合もあります。
オーナー企業の株式など非上場株式には、時価として利用できる市場価格はありません。非上場株式の相続税評価額は、会社の財務状況や配当をもとに評価する必要があります。
株式を相続して大株主になる場合は、会社の財務状況をもとに株価を評価します。少数株主や経営者一族以外など経営への関与が低い場合は、配当の額をもとに株価を評価します。
投資信託の相続税評価額は、死亡日に解約したと仮定した場合の払戻金額で評価します。ただし、上場投資信託(ETF)は上場株式と同じ方法で評価します。
2-3.その他の財産の相続税評価額
現預金、宅地・家屋、有価証券以外の財産も、価値を評価して相続財産として申告する必要があります。
書画骨董・貴金属・宝石の価額は、販売実例価格や専門家の鑑定結果をもとに評価します。
自動車の価額は、死亡日時点の取引価格で評価します。取引価格は、中古車販売業者のインターネットサイトなどで調べることができます。
取引価格を調べることができない場合は、死亡日の時点の同種の新車の販売価格から定率法による償却費を差し引いて評価することもできます。年式が古く中古車市場でも取引されていないような車であれば、0円で評価することもあります。
ゴルフ会員権の価額は、死亡日時点の取引相場の70%で評価します。預託金の返還がある場合にはその金額を加算します。取引相場の金額は、新聞広告やゴルフ会員権取引業者のインターネットサイトなどで調べることができます。
3.遺産分割や遺留分の計算は実際の時価で行う
相続税評価額は、相続税を申告するときの遺産の時価として使うものです。相続人どうしで遺産分割するときや遺留分(相続人に最低限保障される遺産の取り分)を求めるときは、実際の時価をもとに計算します。
実際の相続では相続税評価額を基準にして遺産分割する場合もありますが、相続税評価額が実際の時価と大きく異なる遺産があるとトラブルが起こりやすくなります。
4.まとめ
相続税法では、遺産の価額は時価で評価するものと定められていて、具体的には財産評価基本通達に定められた方法で評価します。
財産評価基本通達は、遺産の時価を公平に評価できるように一定の基準を定めたものです。そのため、相続税評価額が実際の時価と異なる場合も数多くあります。
相続税の申告は相続税評価額をもとに計算しますが、遺産分割や遺留分の計算は実際の時価で行うことには注意が必要です。(提供:税理士が教える相続税の知識)