味の素は、2020年1~3月にかけて実施した希望退職者の募集に144人の応募があったことを発表した。味の素は赤字に陥っているわけではないのに、なぜ希望退職の募集を行ったのだろうか。同社の業績を振り返りつつ、その狙いを考えていこう。
味の素の希望退職――募集100人に対し144人の応募
今回の希望退職者の募集は、2019年11月下旬に発表された。基幹職として働く満50歳以上の社員を対象に、退職金に「特別加算金」を上乗せし、再就職の支援も行うという内容である。募集枠は100人だったが、結果的に144人の応募があった。
一般的に希望退職者の募集は、業績が悪化している企業がキャッシュフローの改善や中長期的なコストカットのために実施することが多い。希望退職者の募集を行うと、その企業にはマイナスイメージがつくので、企業としては安易に実施することはできない。
では、なぜ味の素は希望退職者の募集を行ったのだろうか。
早期退職者募集は持続可能な成長のため
味の素は黒字だが、ここ最近は利益のブレ幅が大きい。希望退職者の募集を発表した2019年11月初旬、味の素は2020年3月期の上期の連結業績(2019年4月1日~2019年9月30日)を発表。純利益は、前期同期比72.8%減の70億8,800万円に留まっている。
ただし、2020年1月末に発表した第3四半期までの連結業績(2019年4月1日~2019年12月31日)では、純利益は前期同期比3.7%増の231億6,900万円まで持ち直した。ここ数年、同社は通期決算で赤字を計上しておらず、経営危機と呼べる状態ではないことは明らかだ。
業績が悪化していないのに味の素が希望退職者を募集する理由は、自社の持続可能な成長に向けて人員数の適正化や組織の再編が不可欠だと考えているためだ。余力があるうちに、構造改革に着手する狙いであろう。
退職者を募集した上場企業は過去5年で最多の36社
国内では、希望退職を募集する企業が徐々に増えている。民間調査会社の東京商工リサーチによれば、2019年に早期・希望退職者を募集した上場企業は過去5年間で最多となる36社だった。2018年と比べると、3倍に増えている。
「先行型」で早期退職者を募集する企業も目立つ。今後考えられる事業環境の変化を見越し、早めに組織のスリム化や再編を進めていこうという考え方だろう。味の素の早期退職者の募集も、先行型と言えるだろう。
国内で食料品を扱う業界は、少子高齢化による消費低迷に苦しんでいる。海外にも強い味の素だが、国内における事業環境のさらなる変化を見越して、早期退職者の募集に踏み切った可能性が高い。
今後を考慮して「先行型」で希望退職者を募集する合理性は?
新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けて、2020年は早期・希望退職者の募集を実施する企業が増えると考えられる。
すでに免税品販売の大手ラオックスが、新型コロナウイルスによる業績悪化を理由に早期退職者の募集を行った。中国人の団体ツアー客などが主要顧客だった同社は、訪日客の激減によって業績が著しく悪化したためだ。
企業の視点で考えると、コスト削減や組織を最適化しておくことでキャッシュアウトを減らし、事業の効率も高めておくことで、予想される危機を乗り越えやすくなるというメリットはあるだろう。しかし、従業員側から見ると勤め先へのロイヤリティの低下や、経済的不安感の増大など、デメリットも多い
今後先行型の早期退職者募集を実施するかどうかは、企業にとっても、日本経済全体にとっても、難しい判断となりそうだ。
文・岡本一道(金融・経済ジャーナリスト)/MONEY TIMES
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