近年、医療業界では深刻な人手不足が問題となっていますが、歯科業界も決して例外ではありません。特に歯科衛生士は需要に対する供給不足が深刻であり、きちんと対策を立てて人材確保に努めることが大切です。
そこで今回は、歯科業界における人手不足の現状を踏まえながら、人材確保のためにやるべき6つの対策について解説します。
歯科業界の人手不足の現状
歯科業界の人手不足がどのくらい深刻化しているのか、職種ごとに解説します。
歯科衛生士:20の歯科医院が1人を取り合う状況
『歯科衛生士養成教育に関する現状調査』によると、歯科衛生士の有効求人倍率は上昇傾向にあり、2019年には20.7%にも達しています。言ってみれば1人の求職者に対して20の歯科医院がオファーを出しており、まさに歯科医院間で取り合いになっている状況です。
歯科衛生士は転職経験率も約70%と高いのが特徴で、超売り手市場であることからせっかく採用した求職者であってもより働きやすい環境を求める傾向が強く見られ、人材確保はどんどん難しくなってきています。
歯科衛生士については、資格を持ちながら離職している人が約15万人も存在するという「免許登録者の潜在化」も歯科医療界の課題の一つです。潜在歯科衛生士の中には復職を考えている人も少なくありませんが、給与・待遇面はもちろん、女性がほとんどであることから勤務形態・子育て中には厳しい勤務時間・人間関係といった問題で希望が叶っていないケースも多いといわれています。
ちなみに、人口10万対における歯科衛生士の人数は地域差があり、1970年代から西日本では多く、東日本では少ないという西高東低の状況が続いています。
歯科助手:従事者数は年々減少
厚生労働省の『医療施設調査』によると、1996年には10万人以上の歯科助手が存在していましたが、2017年には7万人を切る寸前にまで減少しています。患者さまへのカウンセリング・サービス強化、歯科衛生士不足のカバーなどを目的に、質の高い歯科助手を求める傾向は強くなっていますが、現状は歯科助手を確保すること自体が難しいといわざるを得ません。
歯科助手は無資格でも従事できますが、その業務は多岐にわたり、相応のスキル・経験が必要とされます。しかし、人手不足の中で人材育成が追いついておらず、現場での歯科助手1人に対する負担が大きくなり、「仕事の質・量に給与や待遇が見合わない」と感じる声も少なくないようです。女性の平均年収は約330万円ですが、歯科助手の平均年収は300万円程度といわれています。
歯科助手についても人口10万対の人数に地域差が見られますが、歯科衛生士とは逆に東日本のほうが多くなっています。
歯科技工士:若手がどんどん辞めている
歯科技工士は若手の志望者が年々少なくなっている上に、卒後5年以内の離職率も約80%と非常に高くなっています。そのため、現役で働いている歯科技工士は40~50代がほとんどであり、他の業界と比べても高齢化が進んでいるのが課題です。
主な離職原因としては、給与・待遇面の悪さが挙げられます。低賃金・長時間労働というケースが多いため、歯科衛生士のように復職したいと考えている人も少ないのが現状です。
歯科医療ではデジタル化・CAD/CAMへの移行も進んでいますが、精密な技工物を作るために熟練の歯科技工士の存在は変わらず不可欠です。歯科技工士のニーズはまだまだ高く、新卒の有効求人倍率は10倍以上ともいわれています。
歯科医師:決して供給過剰とは言い切れない
歯科医師は歯科関連職種において唯一、歯科医院数・人口比の人数が増えている傾向にあります。人口が将来的に減ることから、人手不足ではなく供給過剰の状況にあるともいわれているため、他の職種に比べると歯科医師は確保しやすいといえるかもしれません。
しかし、最近では年間の新規歯科医師登録者数が頭打ちになっていること、今後高齢の歯科医師が続々とリタイアすることを踏まえると、近いうちに人口10万対の歯科医師数は減少に転じる可能性があります。特に過疎化が進んでいる地方部では、すでに歯科医師が不足している地域も出ているため、一概に供給過剰とは言い切れないのが実情です。
また、歯科医療のニーズは多様化しており、在宅診療・医科病院・介護施設など一部分野では需要が不足しているという状況も見受けられます。歯科医師の養成には時間がかかるため、長期的なトレンドを考慮しながら人材確保・育成を検討する必要があります。
歯科医院が人手不足に立ち向かうための6つの対策
対策1:働きやすい職場環境を整備する
歯科業界に限った話ではありませんが、人材が定着しにくい職場は労働環境に課題を抱えている可能性があります。医院にとって必要な人材を逃したくない、優秀な人材を確保したいと考えるなら、まず職場環境を整えて働きやすさをアピールすることが大切です。
特に歯科衛生士や歯科助手は女性が多く、ワーク・ライフ・バランスを重視する傾向が強いといわれています。社会保険などの福利厚生が充実していることはもちろん、産休・育休をとって復職しやすい制度が整えられていること、子供がある程度大きくなるまで時短勤勤務が可能なこと、有給休暇を取得しやすいことなどはとても重視されています。
対策2:院内コミュニケーションを促進する
これも業界を問わず当てはまることですが、離職理由として人間関係を挙げる人はたくさん存在します。特に歯科医院の業務はチームプレイが求められるため、スタッフみんなで仲良く働けるかどうかは重要なポイントです。
同僚・先輩スタッフだけでなく、院長との人間関係が問題となって離職するケースも多いので、スタッフとは丁寧にコミュニケーションにとることを心掛ける必要があります。
院内コミュニケーションを促進するときは、以下の3要素を意識し、積極的にスタッフ同士で話をする機会を設けましょう。
- 会話…とりとめのない日常的なおしゃべり
- 討議…結論を導くための話し合い
- 対話…相互理解を深めるための話し合い
対策3:医院への貢献をきちんと給与に反映させる
結婚や出産を除けば、人間関係と並ぶ離職理由のトップは給与・待遇面です。働きやすく人間関係の問題もない職場だとしても、頑張りに見合うだけの給与が支払われていなかったり、待遇面に何らかの不満があったりすると、離職の可能性は高まります。
人材を定着させるためには、歯科医院への貢献度やスキルレベルを適正・公平に評価した上で、きちんと給与に反映させるシステムを作ることが大切です。単にベースアップとして基本給を上げるだけではなく、評価されていることが伝わりやすい能力給を設けたり、長く働いてくれるスタッフに勤続ボーナスを別途渡したりするのも良策といえるでしょう。
そして「お給料を上げたから満足だろう」ではなく、必ず「ありがとう」という言葉でも評価を伝えてあげましょう。女性が最も重視する部分です。
対策4:生産性を向上させる
離職を防ぐためには、業務効率化を図ることも大切です。例えば以下のような方法で、スタッフの負担を減らすことができます。
- 予約状況や患者さま管理のためのITツールを導入する
- 歯科助手・受付に患者さま対応や予約管理、カルテ入力、会計処理などを任せる
- クリーンアップスタッフを雇って掃除や洗い物を任せる
業務効率化に取り組むことで、歯科医師や歯科衛生士が本来やるべき業務に集中できるようになります。これにより診療がスムーズに進んだり、治療の質が高まったりするのはもちろん、スタッフのモチベーション向上にもつながるため、注力する価値は大きいでしょう。
対策5:医業利益・自費率をアップさせる
生産性向上という意味では、スタッフ一人当たりの医業利益アップも必要となってきます。利益を上げるための方法はさまざまですが、特に押さえるべきポイントは近年ニーズの高まっている予防歯科への注力と自費率アップです。
医業利益が向上すれば給与として還元できるため、スタッフの満足度も高めることが可能です。また、予防管理や歯周治療など衛生士業務に専念したいという歯科衛生士、自分の専門性を高めたいという歯科医師は多くいます。医業利益向上につながる分野に力を入れることは、スタッフ・患者さま・医院の三方よしの施策といえるでしょう。
対策6:教育体制やスキルアップ支援制度を用意する
経験の浅いスタッフを一人前に育てて定着させるためには、歯科医院側できちんとした教育体制を作ることも大切です。定期的に勉強会を開いたり、先輩スタッフによるOJTを実施したりと、着実な成長を促すシステムを構築しましょう。その上で「褒める」「評価する」ことを意識して給与に反映させる仕組みを整えれば、スタッフのモチベーションも維持できます。
また特に常勤者の場合、仕事のレベルアップを理由に転職するケースが多いことも留意すべきポイントです。予防・歯周疾患・訪問診療など今後ニーズが高まる分野、もしくは専門性を高められる自費治療の分野でスキルアップできる環境を整えてあげれば、今いるスタッフはもちろん、求職者にとっても魅力的です。
まとめ
歯科業界の人手不足は今すぐ改善されるものではありませんが、かといって嘆いてばかりでは事態は好転しません。幸い歯科医院側で取り組める対策はたくさんあるので、まずは自分たちに何ができるのか検討してみることをおすすめします。
また、現在はインターネットを使った就職・転職活動がメインとなっているため、求人サイトやSNSなども活用して自院の魅力をアピールすることも不可欠です。
引用:
一般社団法人全国歯科衛生士教育協議会 歯科衛生士教育に関する現状調査の結果報告 参照歯科衛生士養成校入学定員・志願者数等の動向経年調査2020
厚生労働科学研究費補助金 地域医療基盤開発推進研究事業 歯科衛生士及び歯科技工士の就業状況等に基づく 安定供給方策に関する研究 参照歯科衛生士、歯科助手、歯科技工士
日本歯科医師会 2040年を見据えた歯科ビジョン―令和における歯科医療の姿― 参照データで見る 2040 年の社会と今後の歯科医療
(提供:あきばれ歯科経営 online)