SBTとは?簡単にわかりやすく概要・メリット・企業事例を紹介
(画像=sarayut_sy/stock.adobe.com)

数ある世界的な環境保護目標やイニシアチブの中でも、とりわけ日本国内で評価されやすいのがSBTです。SBTには、「パリ協定の順守につながる」「投資機関から融資を得やすくなる」などの恩恵が多く、参加・賛同を表明する国内企業が増加しています。

目次

  1. SBTとは
  2. SBTと関連用語との違い
  3. SBTに取り組むべき理由とメリット
  4. SBTに認定されるまでの流れ
  5. 中小企業向けのSBTは認定条件や流れが異なる
  6. SBTに認定済みの国内企業の取り組み事例
  7. SBTへの取り組みが企業の生き残りを左右する時代

SBTとは

SBT(Science-Based Targets:科学的根拠に基づく目標)は、企業が温室効果ガス排出量の削減に取り組んでいることを対外的にアピールする際に役立つ目標です。2023年2月1日時点、日本では426社が参加・賛同しており、その数は増加傾向にあります。

SBTの特徴は、大きく以下の3点を押さえることで理解できます。

  • パリ協定と関連した「温室効果ガス排出削減目標」
  • CDPや世界資源研究所など4団体が共同運営
  • 環境省が「取り組むための手引き」を公開済み

パリ協定と関連した「温室効果ガス排出削減目標」

SBTは、2015年に国連会議で誕生したパリ協定と関連が強い温室効果ガス排出削減目標です。SBTに参加・賛同する企業は、パリ協定を順守する企業だとアピールできます。

パリ協定では、地球温暖化を防ぐため、「世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2度より十分低く保つとともに、1.5度に抑える努力を追求すること(引用:資源エネルギー庁「今さら聞けない「パリ協定」)」という目標が定められました。

SBTではこの2度(あるいは1.5度)の目標から逆算し、そのために必要な温室効果ガス削減量を計算しています。例えば、2度水準なら温室効果ガス排出量を年に1.23~2.5%削減する、1.5度水準なら同じく年に4.2%以上削減する、といった形です。

SBTは企業に対して、5年~10年以内に上記の削減目標を達成することを求めています。

CDPや世界資源研究所など4団体が共同運営

SBTは以下の4つの団体により共同で運営されています。

  • カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト(CDP)
  • 国連グローバル・コンパクト(UNGC)
  • 世界資源研究所(WRI)
  • 世界自然保護基金(WWF)

国際的に活動する複数の団体が関わっており、一組織が独占するものではありません。客観的な公平性が担保されている点も、SBTに参加・賛同する日本企業が増えている理由の一つでしょう。

環境省が「取り組むための手引き」を公開済み

日本では、SBTへの参加企業が増えているだけでなく、環境省がSBTの概要資料やSBTに取り組むための手引きを公開しています。

環境省 SBT特集ページ:
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/intr_trends.html#num01

これらの資料を参考にSBT認定を受けるまでの具体的な流れは、記事後半で紹介します。

SBTと関連用語との違い

続いて、SBTと混同しがちな関連用語との違いを押さえておきましょう。

SBTiとの違い

SBTiとは、「SBTイニシアチブ(initiative)」を意味します。SBTと事実上同様の意味で使われることも多いものの、SBTは目標自体を、SBTiはSBTを推進・賛同する団体を指します。

すなわち、企業がSBTに取り組む場合、「SBTに参加する」よりも「SBTiに参加する」としたほうが正確な表現です。しかし、SBT(iではなく)を国際的イニシアチブと表現する大手企業もあり、両者の違いは厳格なものではありません。

SBT Net-Zeroとの違い

SBT Net-Zeroは、SBTiが推進する「ネットゼロ」の理論です。ネットゼロとは、温室効果ガスの排出量を差し引きでゼロにする考え方を指します。「削減が難しい排出量 - 植物の光合成などで吸収される量」をゼロにして、実質的に温室効果ガスの排出量をなくすことです。これはカーボンニュートラルの基礎となる考え方として知られています。

通常のSBTは純粋に温室効果ガス排出量の削減を目指す目標ですが、SBT Net-Zeroは差し引きでのゼロを意識します。後発の概念であり、2023年1月10日時点で日本企業は6社が認定されています。

RE100との違い

RE100(Renewable Energy 100%)は、「企業が自らの事業の使用電力を100%再エネで賄うこと(引用:環境省「環境省RE100の取組)」を目指す目標・イニシアチブです。同じ環境関連の用語ですが、SBTが温室効果ガスに目を向けているのに対して、RE100は電気やエネルギーを主題としています。

また両者の実務上の違いとして、SBTが中小企業も含めたすべての企業向けに用意されている一方、RE100は影響力の強い企業(世界では年間消費電力量が100ギガワットアワー以上、日本では50ギガワットアワー以上の企業)を対象としています。

SBTに取り組むべき理由とメリット

続いて、企業がSBTに取り組むべき理由と期待できるメリットを見ていきましょう。

気候変動(環境問題)への対処が計画的に進む

SBTに取り組む最大のメリットは、気候変動をはじめとする環境問題への対処を計画的に進められることでしょう。

2050年までの達成を目指すカーボンニュートラルや、2030年が達成期限のSDGsなど、近年は環境保護に関する話題が社会的にも大きく注目されています。企業にも環境負荷への対策が求められていますが、一方で何から手をつけるべきかと迷う事業者も多いのではないでしょうか。

前述の通り、SBTはパリ協定の基準に準じています。そのため、SBTへの取り組みを進めることで、理論的に環境問題への対処を進められます。

ステークホルダーからの信頼を獲得できる

SBTへの取り組みを進め、SBTi認定企業となれば、ステークホルダーからの信頼獲得につながります。環境保護に取り組む数百社の先進的な国内企業の一つとしてアピールできるためです。

近年は消費者が環境保護や人権問題に関する要素を直接目にする機会も増えています。パッケージに「フェアトレード(立場の弱い発展途上国とも対等に取引している証)」のラベルが貼られた商品が販売されていることなどが例として上げられます。

SBTiに認定されることで消費者からの共感を獲得できれば、売り上げの増加も期待できます。結果、SBTへの取り組みに必要なコスト以上に利益が上がる可能性もあるでしょう。

「金融版SBT」を目指す銀行から歓迎される

直接的な資金調達が有利になる点も、企業がSBTに取り組むことのメリットです。

SBTには銀行などを対象とする「金融版SBT」が存在し、その認定条件の一つとして「投資先のSBT認定率」が定められています。そのため、SBTiに認定されることで金融版SBTを目指す投資機関からの融資を獲得しやすくなります。

さらに、近年は企業の社会貢献に期待する投資家が増えており、「ESG投資(企業の財務面だけでなくCSRに関する活動にも目を向ける投資)」が浸透しつつあります。金融版SBTを目指さない企業にとってもSBTiの認定は有利に働くでしょう。

SBTに認定されるまでの流れ

ここからは具体的に、企業がSBTに認定されるまでの流れを見ていきましょう。SBTへの認定を目指すためには以下の5つのSTEPをたどる必要があります。

STEP1:SBTの認定条件を確認
STEP2:コミットメントレターの提出(※任意)
STEP3:目標設定&申請書を提出
STEP4:SBT事務局による妥当性確認と回答
STEP5:認定後も継続的な取り組み&報告が必要

●STEP1:SBTの認定条件を確認

まず行うべきは、SBTの認定条件の確認です。SBTへの認定では少なくとも以下の条件を満たす必要があります。

【SBTの認定条件】

項目 内容
目標年 最短5年~最大10年で任意の年を選ぶ。別途、長期目標(2050年など)の提出も必要。
温室効果ガス削減水準 パリ協定に準じ、世界的な平均気温上昇を産業革命以前 に比べて2度あるいは1.5度以下にできる削減量が必要。
Scope Scope1,2及びScope3(総量の40%を超える場合)について、それぞれ野心的な目標を設定する。
企業範囲 GHGプロトコルに準じ、グループ会社も一定の割合で自社扱いとなる。
報告頻度 毎年、GHGプロトコルに準じた排出量を開示。
再計算頻度 最低でも5年ごとに再計算が必要。

(出典:環境省「7. SBTの認定基準」を参考に作成

全体を通じてパリ協定の基準を満たせるような温室効果ガス排出量削減の目標(プラン)を用意しなければいけません。また、目標はその時々の最新の手法やツールを活用して算出することが義務付けられています。

なお、Scope(スコープ)とは、温室効果ガス排出量を「Scope1:自社の直接排出」「Scope2:自社の間接排出」「Scope3:他社(自社の取引先)の排出」の3つに分類するGHGプロトコルの考え方です。詳細は以下の記事で解説しています。

STEP2:コミットメントレターの提出(※任意)

SBTの認定条件の確認後は、コミットメントレターを任意で提出します。コミットメントレターとは、2年以内にSBTに参加する(適した目標を設定する)意思があることを対外的に表明する書類です。

コミットメントレターの提出が完了すると、SBTiの公式サイトに社名が記載されます。そのため、SBTへの認定が完了するのを待たずとも、ステークホルダーへ取り組みを実施している旨を公表できます。

万が一、2年以内に目標を申請できなかった際には、社名が公式サイトから削除されます。また、あくまでも提出は任意で、コミットメントレターなしで次の申請書を提出することもできます。

STEP3:目標設定&申請書を提出

SBT認定のメインとなる作業が、目標設定と申請書の提出です。前述のSBTの認定基準などを参考に自社の温室効果ガス排出量削減プランを作り、所定の申請書を用意します。申請書で回答すべき内容は以下の通りです。

  • 目標の妥当性確認に関する要望
  • 基本情報(企業名、連絡先など)
  • GHGインベントリに関する質問(組織範囲など)
  • Scope1,2に関する質問
  • バイオエネルギーに関する質問
  • Scope3に関する質問
  • 算定除外に関する質問
  • GHGインベントリ情報(Scope1,2,3排出量)
  • 削減目標(Scope1,2,3目標)
  • 目標の再計算と進捗報告
  • 補足情報
  • 申請費用の支払情報
    (引用:環境省「中長期排出削減目標等設定マニュアル」p31

目標設定は、「環境保護に向けた今後の自社の取り組みを計画立てること」と同じ一大プロジェクトです。環境保護活動を主業務として扱う部門を設け、当該部門が目標の策定を進めるなど、相応の人的・時間的コストが必要となるでしょう。

STEP4:SBT事務局による妥当性確認と回答

SBT申請書の提出後は、SBT事務局による審査(妥当性確認)が行われます。回答期間の目安は審査開始から30日間で、確認を受けるためには9,500米ドルの費用がかかります。

無事に認定されれば、公式サイトで社名が公開される日時がメールで通知されます。万が一、認定不許可となった場合でも、事務局からのフィードバックを元に再提出が可能です。

なお、審査中に事務局から質問が送られてくることもあるため、連絡を見落とさないように注意しましょう。

STEP5:認定後も継続的な取り組み&報告が必要

SBTiの公式サイトで社名が公開されることで、SBTの認定は完了です。しかし、SBTは認定されて終わりではありません。提出したプランを元に実際に温室効果ガス排出量を削減していく必要があります。

さらに、前述の認定条件に設定されていた通り、排出量や対策の進捗状況は最低でも年に一度は開示しなければいけません。最低5年に一度の目標の再計算とあわせ、日々取り組みを進化させていくことが必要です。

中小企業向けのSBTは認定条件や流れが異なる

ここまで、通常のSBTの申請の流れを紹介しましたが、中小企業向けのSBTでは一部条件が緩和されており、認定までの流れも多少異なります。

中小企業向けSBTの認定条件

通常のSBTとも比較した中小企業向けSBTの認定条件は以下の通りです。

【中小企業向けSBTの認定条件】

中小企業向けSBT 通常のSBT
対象 以下をすべて満たす企業
・従業員が500人未満
・非子会社
・独立系企業
中小企業向けSBTに当てはまらない企業
目標年 2030年 申請から5~10年以内で任意に設定
基準年 2018年~2021年のいずれか 最新のデータが得られる年
削減の対象 Scope1,2排出量のみ 所定条件下でScope3も含む
費用 1,000アメリカ合衆国ドル 9,500アメリカ合衆国ドル
審査 なし(申請により自動承認) あり

(出典:環境省「【参考1】中小企業向けSBT」を参考に作成)

Scope3が削減対象外となるなど、事業規模が大きくない企業も参加しやすいように変更されています。

申し込み費用が少額

中小企業向けSBTは申し込み費用が一般と比較して少額です。9,500米ドルが必要な申請が1,000米ドルと、およそ10分の1程度のコストで済みます。

SBTの申請では、そもそもの計画立てに必要な情報(自社や取引先の行動別の温室効果ガス排出量など)を収集するためのコストもかかります。申し込み費用の差は申請までのハードルを大きく下げてくれるでしょう。

申請は自動承認

中小企業向けSBTの最大の魅力は、自動承認であることです。一般のSBTと異なり、事務局による審査が必要とされません。

もちろん、グリーンウォッシュ(自然保護に取り組んでいると見せかける行為)であるとして風評被害を受けないために相応の削減プランを用意する必要はあります。しかし、SBT申請に必要な時間や労力が確実に報われることは、社内での取り組みを大きく後押ししてくれるでしょう。

SBTに認定済みの国内企業の取り組み事例

最後に、SBTに認定済みの国内企業の取り組み事例を確認しましょう。

サントリーグループ

SBTiの「1.5℃目標」の水準にて認定を取得しているのが、大手食品会社のサントリーグループです。ソフトドリンクやお酒などの飲料製品を多く手掛けることから、「水と生きる」をテーマに水資源を守ることを目指して環境保護活動を進めています。

具体的な施策として、2022年4月から自社の生産拠点で使用する電力を100%再生可能エネルギー由来に切り替え、温室効果ガス排出量を約15万トン相当削減しています。今後はさらなる取り組みを進め、2030年には温室効果ガス排出量を約100万トン削減できるとの見込みを表明しています。

また、「サントリーグループ環境基本方針」として自社の指針を公表しており、「水のサステナビリティの追求」や「脱炭素社会への移行」など5つの基本理念も社内外へ発信しています。

明治ホールディングス

菓子類など食品の製造販売で有名な明治ホールディングスは、2021年9月にSBTi認証を取得しました。認証にあたり、2030年度までを目標に以下の温室効果ガス排出量削減を掲げています。

  • Scope1+2: 2015年度基準で42%削減
  • Scope3:2019年度基準で14%削減

明治ホールディングスは2020年12月、「Meiji Green Engagement for 2050」として、2050年までにサプライチェーンを含めたカーボンニュートラルの達成を目指すことを公表していました。今回の認定により、取り組みが科学的に根拠のあるものだと認められた形です。

ANAグループ

2022年11月にアジアの航空会社として史上初のSBT認定を受けたのがANAグループです。航空業という温室効果ガス排出量削減の難しい業態でありながら、以下の2点を目標に設定しています。

  • RTK(有償輸送量)あたりのCO2排出量(原単位あたりのCO2排出量)を、2030年度までに2019年度比で29%削減
  • 施設や空港車輛で使用される電気や燃料から発生するCO2 排出量を、2030年度までに2019年度比で27.5%削減
    (出典:ANAグループ「アジアの航空会社で初めて温室効果ガス(CO2)排出削減目標のSBT認定を取得」より一部抜粋・改変 )

具体的な施策としては、省燃費機材やSAF(Sustainable Aviation Fuel:持続可能な航空燃料)の導入、空港車両のEVやFCV化を挙げています。ANAグループのSBT認定は、すべての業界が環境問題に取り組むべきだとする強いメッセージ性を秘めています。

SBTへの取り組みが企業の生き残りを左右する時代

この記事では、SBTの概要や、取り組むべき理由とメリット、認定までの流れ、企業事例などを紹介しました。

SBTはパリ協定の基準を参考としており、その認定を受けることは世界水準の環境保護対策に取り組む企業であることをアピールすることと同義です。自社のブランドイメージを飛躍的に高めることができます。

SBTには2023年2月1日時点で国内426社が参加・賛同しており、その数は増加傾向にあります。他社に先んじた速やかな認定への動き出しが、ビジネス競争における生き残りのカギになるかもしれません。