近年、多くの企業では、サステナビリティレポートを相次いで公開しています。サステナビリティレポートの必要性や背景、作成メリットや国内事例の理解は、先進的な企業として、また一人のビジネスパーソンとして欠かせないものとなりつつあります。
目次
サステナビリティレポートとは?
サステナビリティレポートとは、企業が環境や人権などの社会的問題にどのように取り組んでいるのか、ステークホルダーに向け公開するための書類です。その特徴には大きく以下の2点が挙げられます。
- 「持続可能な(Sustainability)取り組み」に関する報告書
- 自社活動を外部へ透明性のある形で公表する役割
「持続可能な(Sustainability)取り組み」に関する報告書
サステナビリティレポートでは、企業の「持続可能な(Sustainability)取り組み」について言及されています。具体的には、ESG(Environment Social Governance)と呼ばれる3つの要素について公開される形が主流です。
Environment(環境):温室効果ガスの削減、再利用エネルギーの使用、食品ロスの削減など
Social(社会):格差の解消、ダイバーシティへの配慮、労働環境の改善など
Governance(ガバナンス):会計情報の透明化、中長期の経営指針の明示、外部監査の受け入れなど
サステナビリティレポートは法律で義務付けられた書類ではありません。そのため、ベースとされやすいガイドラインこそあるものの、各企業は自社の思想に基づき内容を検討しています。
自社活動を外部へ透明性のある形で公表する役割
サステナビリティレポートの役割は、ステークホルダーなど外部に向けて透明性のある形で情報を公開することです。特にESG評価機関を主な読者と想定しており、同機関からのESGスコア(企業のESGへの取り組みレベルやリスクを数値化したもの)の採点にも活用されます。
サステナビリティレポートは公開が目的ではありません。可読性も意識し、自社のESGへの取り組みを過不足なく伝えることが求められています。
サステナビリティレポートの必要性と求められる背景
そもそも、近年はなぜサステナビリティレポートがこれほどまでに注目されているのでしょうか? その背景には、SDGsやCSR(企業の社会的責任)の浸透と、ESG投資の広がりが挙げられます。
SDGsやCSR(企業の社会的責任)の浸透
2030年の目標達成を目指すSDGsや、2050年までを目標とするカーボンニュートラルなど、近年は人権や環境に関する話題がさかんに語られています。消費者や諸団体からの関心も高まり、いまや企業がこうした問題に配慮することは当然とする風潮もあります。いわゆるCSR(企業の社会的責任)の浸透です。
CSRが当たり前となる中、企業には、風評被害やレピュテーションリスクを避けるためにESGに関する取り組みを公開することが求められています。サステナビリティレポートの作成は後述するメリットも生み出しますが、それ以上に企業としての生き残りに欠かせない課題となりつつあります。
財務情報以外も考慮する「ESG投資」の広がり
SDGsやCSRが社会的に浸透するにつれて、近年は投資家にも責任が求められる時代となりました。財務面のみを考慮する従来の投資に代わり、企業のCSR的側面も見つめる「ESG投資」が広がっています。
世界におけるESG投資額を集計している国際団体GSIA(Global Sustainable Investment Alliance:世界持続的投資連合)の報告によれば、2020年時点での世界のESG投資の総金額は35兆3千億米ドル(約3,883兆円)にも上るとされています。
(出典:「GLOBAL SUSTAINABLE INVESTMENT REVIEW 2020」を参考。1米ドル=110円換算。)
この数字は2年前と比較して15%も増加しており、調査地域内の全投資金額の36%にも及びます。昨今の情勢も鑑みると、CSRやESGを考慮しない投資は今後ますます淘汰されていくでしょう。サステナビリティレポートの作成は、資金調達における将来の不利を避けることにもつながるのです。
サステナビリティレポートを作成するメリット
企業がサステナビリティレポートを作成するメリットについてあらためて見ていきましょう。
ステークホルダーからの信頼を獲得できる
最大のメリットは、ステークホルダーからの信頼を獲得できることでしょう。前述の通り現代企業には、自社の取り組みについて消費者やESG投資機関などへ説明をすることが求められています。
単に特定の施策や取り組みについてリリースを流すだけでは不十分です。サステナビリティレポートで過不足なく情報をまとめ、いつでも誰でも確認できるように公開すれば、ブランドイメージの向上につながります。
自社のCSR活動を社内でも整理できる
サステナビリティレポートの作成は企業内部にも好影響をもたらします。質の良いレポートの作成を目指すことで自社のESGに関する活動を振り返ることができるためです。
取り組みが十分であれば、社内での公表により社員のモチベーションアップが期待できます。万が一、不十分であった場合でも、今後どのような施策が必要かを検討するきっかけとなるでしょう。
有力なイニシアチブへの参加も視野に入る
情報の整理は、自社がSBTやRE100などの有力なイニシアチブへ参加・賛同する足掛かりにもなります。イニシアチブにはそれぞれ「温室効果ガス排出量を○%削減する」「自社の消費電力のうち○%を再生エネルギーで賄う」といった基準があり、達成には科学的根拠に基づいた計画が必要だからです。
イニシアチブへの参加は、環境負荷を許さない企業だと強力にアピールすることと同義です。消費者からの信頼獲得、ESG投資の確保、意欲的な人材の雇用など、企業活動のさまざまな面でポジティブな効果を期待できます。
サステナビリティレポートと関連書類の違い
サステナビリティレポートには、名称や役割が似た関連書類があります。これらの定義は使い手によっても異なるものの、一般的な違いを確認していきましょう。
CSRレポート(CSR報告書)との違い
CSRレポート(CSR報告書)は、企業がどのように社会的責任を果たしているのかを報告する書類です。サステナビリティレポートと内容が近しく、同一視されることもあります。
大和ハウス工業株式会社によれば、両者の違いは視点にあります。その定義は以下の通りです。
サステナビリティレポート:持続可能な社会の実現に向けて企業がどのような取り組みをしているかをまとめています。(=社会視点) CSRレポート:自社が社会的に果たしている責任について報告するものです。自社がビジネスを通じて社会や環境に与える責任という視点でまとめています。(=企業視点) (出典:大和ハウス工業株式会社「大和ハウスグループが考える「サステナビリティレポートとCSRレポートの違い」」より引用)
CSRレポートはビジネスを通じての社会的責任が中心で、サステナビリティレポートのほうがより幅広い内容を取り扱うイメージです。ただし、近年CSRレポートをサステナビリティレポートに改名した企業もあり、この使い分けは厳密なものではありません。
アニュアルレポート(年次報告書)との違い
アニュアルレポート(年次報告書)は、株主や投資機関などに対して企業が任意に発行する書類です。義務である有価証券報告書などとは異なり、一年間の財務情報に加えて社長メッセージやサステナビリティへの考え方を記載する書類として知られています。
しかし、アニュアルレポートはあくまでも当該年の財務情報に関する報告がメインです。金銭以外の内容が主役であるサステナビリティレポートとは、その点で違いがあります。
統合報告書との違い
統合報告書は、財務情報もESGなどへの取り組みも統合して記載された報告書です。アニュアルレポートのような一年間の話ではなく、中長期的な経営計画など企業の持続可能性にも触れられています。
サステナビリティレポートとの最大の違いは想定読者です。サステナビリティレポートがステークホルダーに情報を開示しつつESG評価機関をメイン読者とする一方、統合報告書は投資家への情報開示を目指しています。
また、一般的にサステナビリティレポートでは統合報告書ほど財務情報について詳しく説明されません。そのため、サステナビリティレポートと統合報告書の両方の書類を公開する企業もあります。
評価の高いサステナビリティレポートの作り方
では、評価の高いサステナビリティレポートを企業が作るためのポイントを見ていきましょう。
- 作成の目的を明確化する
- ベースとなるガイドラインを入手する
- 他社事例も参考に作成を進める
- 公式サイトなどを通じて大々的に公開する
作成の目的を明確化する
もっとも大切なのは、目的の明確化です。「どんな相手へ」「何を公開したいのか」「何のためにサステナビリティレポートが必要なのか」を検討しましょう。
ひと口に「自社のESGに関するすべての取り組みを網羅する」といっても大変です。目的を明確化すれば、サステナビリティレポートに記載すべき情報を取捨選択しやすくなります。
また、サステナビリティレポート作成に関する作業は広範にわたります。この段階で担当チームを設立し、「○ヵ月後の公開を目指す」といった大まかなスケジュールを定める必要があるでしょう。
ベースとなるガイドラインを入手する
目的や担当する人員が決まったら、次はサステナビリティレポート作成のベースとなるガイドラインを入手します。
国内企業のサステナビリティレポートでは、主要なガイドラインの形式を参考に肉付けして作られたものがよく見られます。とりわけ、GRIスタンダードを採用して対照表を作り、重要事項を見落としなく記載している例が目立ちます。
2023年時点で大手企業にも採用されている人気のガイドラインは以下の通りです。
- 環境省「環境報告ガイドライン2018年版」:
https://www.env.go.jp/policy/2018.html - GRI「GRIスタンダード 日本語版」:
https://www.globalreporting.org/how-to-use-the-gri-standards/gri-standards-japanese-translations/ - 日本規格協会グループ「ISO26000」:
https://webdesk.jsa.or.jp/books/W11M0100/index/?syohin_cd=340245 - 気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言:
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/disclosure.html
他社事例も参考に作成を進める
ガイドラインの入手後は、形式に沿って必要な情報を集め、内容を肉付けしていきます。
この際、同時に競合他社のサステナビリティレポートの分析を進めることも大切です。競合の事例を参考に、自社ならではの強みとして訴求できる部分を明らかにしましょう。その内容を折り込むことで、独自性があり評価の高いサステナビリティレポートに仕上がります。
参考となる国内企業のサステナビリティレポートの事例は、次の見出しでご紹介します。
公式サイトなどを通じて大々的に公開する
どれほど優れたレポートであっても、人目に触れなければ意味がありません。サステナビリティレポートの完成後は、公式サイトなどを通じて誰でも確認しやすい形式で公開しましょう。
階層の浅いアクセスのしやすい場所に設置するのはもちろん、会員登録やメールアドレスの入力を求めずワンクリックでレポートを開けるのが理想です。また、毎年の定時株主総会の時期に公開するなど、自社に注目の集まるシーズンを見極めるのも有効な手段となります。
サステナビリティレポートの国内企業の事例
最後に、2022年分のサステナビリティレポートについて国内企業の事例を紹介します。
ソフトバンクグループ
携帯電話3大キャリアの一つとして知られるソフトバンクグループは、「情報革命で人々を幸せに」を経営理念とし、「300年間成長し続ける企業グループ」を目指して持続可能な取り組みを進めています。
サステナビリティレポートでは、社外監査役比率が100%であることや、2020年度からグループとしてカーボンニュートラルを継続的に達成していることが触れられています。また、社員とその家族や取引先、医療従事者や地域住民へ合計で約24万回ものコロナワクチン接種を実施するなど、安心して働ける労働環境の整備と社会貢献を実施していることも公表済みです。
凸版印刷グループ
国内屈指の総合印刷会社である凸版印刷グループは、以前から自社の取り組みを積極的に外部へ公開してきた企業です。1998年~2003年までは「環境報告書」、2004年~2017年は「CSRレポート」、2018年以降は「サステナビリティレポート」と名称を変え、情報開示を行っています。
2022年レポートでは、ウイルスの増殖を抑える「トッパン抗ウイルス・抗菌クリアシート」や再生PET樹脂を使用した環境配慮型ICカード「TOPPAN リサイクルPETカード」など、社会のニーズに応じて発売されたアイテムを振り返っています。
また、「TOPPAN VISION21」としてサステナビリティの基本原則となる行動指針や考え方を公表しており、将来のビジョンに期待感が持てるレポートに仕上がっている点も注目です。
三菱電機グループ
大手総合電機メーカーとしてお馴染みの三菱電機グループは、2022年度に大きな変化の見られた企業です。2021年度まで発行していた「環境報告書」を取りやめてサステナビリティレポートに統合し、さらに年度を通じてレポートの情報を都度更新することに挑戦しています。
レポート内では以下の5つの課題領域を掲げサステナビリティ経営を目指すとした上で、具体的な取り組み内容も紹介しています。
カーボンニュートラル
サーキュラーエコノミー
安心・安全
インクルージョン
ウェルビーイング
各事業部の本部長による顔写真付きメッセージが記載されている点も特徴の一つです。親しみやすさを生み出すとともに、各部が認識している社会課題と今後の取り組みを明らかにしています。
富士フイルムホールディングス
SDGsの達成期限と同じ2030年をターゲットに自社独自のCSR計画「Sustainable Value Plan2030」を進めているのが富士フイルムホールディングスです。
富士フイルムホールディングスのサステナビリティレポートは、その見やすさに特徴があります。見栄えの良い写真や画像はあえて採用せず、文章・表・図を適切に組み合わせ、数値やデータを確認しやすい書類に仕上げています。
レポートのページの直下にアンケートボタンを設置しているのも魅力です。届いた意見は今後のCSR活動やサステナビリティレポートの作成に活かすとして、人々の声に耳を傾ける姿勢を示しています。
花王グループ
「自社の統合レポートを補完する書類」と位置づけサステナビリティレポートを公開しているのが花王グループです。
花王グループは2021年度から「K25」と呼ばれる新たな中期経営計画に取り組んでいました。その基本的構想として掲げているのは、以下の3点です。
- 持続可能な社会に欠かせない企業になる
- 投資して強くなる事業への変革
- 社員活力の最大化
(出典:花王グループ「花王サステナビリティレポート2022」より引用)
しかし、コロナ禍で主力製品であるメイク品の売り上げが落ちたことなどを理由に、現時点で経済的な側面では苦戦しています。レポートではその事実を率直に認めた上で、ESGにも配慮した形での未来型商品を目指すことなど、将来の展望を語っています。
サステナビリティレポートの作成はCSR活動に欠かせない一部
この記事ではサステナビリティレポートについて、概要や取り組むべき理由、メリット、評価の高いレポートの作成ポイントや最新の国内事例を紹介しました。
サステナビリティレポートの作成に法的な義務はありません。しかし、ステークホルダーやESG評価機関に自社の取り組みをアピールすることは現代企業にとって大きな意味を持ちます。
優れた取り組みも、その内容を対外的に公表して初めて評価されます。サステナビリティレポートの作成はいまや企業のCSR活動に欠かせない一部であるといっても過言ではないでしょう。