DX推進は、デジタル技術を活用して既存のビジネスモデルを革新し、競争力を維持するための重要な手段です。一方、すでに従来のマーケティング手法をデジタル技術によって破壊(disrupt)し新しい価値観を市場にもたらし成功している企業(デジタル・ディスラプター)が台頭しています。
既存の価値観にしがみついたままではディラプターの脅威に対抗し生き残ることは難しいでしょう。しかし具体的に、何をすべきかわからないという方も多いのではないでしょうか。この記事では、ディスラプターの成功理由とその脅威に焦点を当てながら、ディスラプターへ対抗するためのDXの具体的な取り組みについて解説します。
目次
デジタルディスラプターとは何か
最初に、デジタルディスラプターの概要について解説します。
ディスラプター(破壊的企業)とは
ディスラプター(英:Disruptor)は” disrupt”からきており「粉砕する」「瓦解させる」という意味があります。ここから、ディスラプターとは新しいアイデアや技術を駆使し、従来のやり方に挑戦してときに破壊し、市場に革新をもたらす存在をいいます。
デジタル・ディスラプターの意味|DXとディスラプターの関係
デジタル時代の創造的破壊のことを、「デジタルディスラプション (digital disruption)」と呼びます。そして、デジタル時代のルールを前提に各業界に新規参入するプレイヤーが、「デジタルディスラプター」です。すなわちデジタルディスラプターとは、デジタル技術を駆使して既存の業界やビジネスモデルに大きな変革をもたらす企業や組織を指します。
デジタルディスラプターは、最新のデジタル技術を活用して企業の取り組み方自体を最適化させています。彼らの成功の要因は、デジタル技術への深い理解と最大限の活用、素早い市場の変化への対応能力です。先端技術を駆使し、よりスマートで効果的なソリューションを提供します。そして、何よりユーザーファーストでの視点での既存モデルの無駄を省くことで、提供価値を最大化させます。
そして、ビッグデータを用いて顧客のニーズを抽出し、新たなビジネスモデルやサービスを創造します。また従来の産業の隙間に着目し、効率性の向上や顧客体験の革新などを実現することで市場の支配力を握っているのです。
デジタルディスラプターの出現は、既存の企業や旧態依然でこれまで生き残ってきた産業にとって脅威となっています。一方で、新たなビジネスチャンスを生み出す可能性を体現した存在ともいえます。彼らの成功は、伝統的な市場構造やビジネスモデルを揺るがし、競争環境を変える力を持っています。
企業がデジタルディスラプターと競争し新たな時代に生き残るためには、DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進が必要不可欠です。DXにデジタル・ディスラプターネスモデルや現行プロセス、課題を見直し、デジタル技術を組み込むことで競争力を維持し、デジタル・ディスラプターとの戦いを拮抗したものにできるでしょう。
(参考)総務省:令和3年版 情報通信白書|デジタル・ディスラプション
デジタルディスラプターの5つの成功事例
ここでは成功例をおさめたデジタル・ディスラプターを紹介し、そのビジネスモデルを解説します。
ディスラプターを取り巻く現状
Amazon.com、Uber、Airbnb、Spotify…これらは、実は全てデジタル・ディスラプターです。デジタル・ディスラプターの多くはデジタル技術を前提とした新興企業(デジタルネイティブ企業)であり、従来の「足かせ」が無い状態でデジタル時代に最適化したビジネスモデルで各業界に参入することにより、驚くべきスピードで業界のシェアを奪っていくことが特徴です。
その他にも、既存のビジネスモデルや商習慣を破壊し、新たなコスト構造や効率重視の手法で既存企業を脅かしている例が数多くあります。以下は総務省資料にあるデジタル・ディスラプションの例です。
小売業界においては、Amazon.comなどのEC事業者の攻勢により、玩具小売大手のトイザらスが経営破綻に追い込まれるといった事例が現実に起こっています。
デジタル・ディスラプターの5つの成功事例
Uber(ウーバー)
Uberはタクシー業界にデジタル・ディスラプションをもたらしたとされるアメリカの企業です。現在はコロナ禍におけるフードデリバリーの立役者として一躍有名になったUber Eats(ウーバーイーツ)、宅配便ほかのサービスも展開しています。
タクシー事業成功の理由は、モバイルアプリを通じた簡単な予約、便利な支払いシステム、リアルタイムの位置情報に基づく運賃設定など、「顧客体験の革新」です。これにより、従来のタクシーサービスに比べて利便性が高まり、利用者数を急速に拡大しました。
Airbnb(エアービーアンドビー)
「CNBC Disruptor 50」(※1)に選出された企業です。Airbnbは宿泊業界において大きな変革をもたらしました。シェアリングエコノミーの代表例ともいわれています。
成功の理由は、個人の空き部屋や物件を簡単に貸し出すプラットフォームを提供したことです。これにより従来のホテル業界とは一線を画し、手頃な価格で宿泊施設を提供できるようになりました。多様な宿泊体験を求める顧客の需要を満たすことが鍵だったと考えられます。
Amazon(アマゾン)
言わずと知れた、小売業界におけるデジタル・ディスラプションの代表的な成功例です。従来の小売業の市場の風習や価値観を破壊したといえます。近年は小売業だけでなくクラウドサービスやサブスクリプションの提供、AI音声認識サービス”Alexa”(正式名称は”Amazon Alexa”)の開発など幅広い分野に進出し成功をおさめています。
小売業革新が成功した主な理由は、オンラインストアと効率的な物流システムを組み合わせたこと。幅広い製品を低価格で提供し、顧客の利便性と選択肢を大幅に拡大しました。また、パーソナライズされた推薦システムやレビュー機能なども成功の要因です。
Netflix(ネットフリックス)
Netflixは映画やテレビ番組のストリーミングサービスを提供し、映像コンテンツ業界に大きな変化をもたらしました。顧客はインターネット経由で視聴でき、個別の利用者に合わせたパーソナライズされたコンテンツが提供されます。
成功の理由は、顧客の需要の変化に合わせたオンデマンドの視聴体験を提供し、大量のコンテンツライブラリを構築したことです。この手法は後に他にも映像コンテンツ提供企業を生み出しました。
Tesla(テスラ)
Teslaは電気自動車市場でのデジタル・ディスラプションを牽引しています。従来の車が一度購入したら乗り換えるまでほぼそのままのスペックであるのに対し、Teslaは購入後も次々と新しい機能が付け足されていきます。まるでスマホアプリのアップデートのように、車に装備されている機能のパフォーマンス、スペックが上がっていくことが他の自動車メーカーの作る車とは大きく異なります。
成功の理由は、高性能で持続可能な電気自動車を提供し、充電インフラストラクチャの整備にも取り組んだことなどが挙げられます。しかしTeslaの成功における最も重要なポイントは、車の「価値」の付け方を変えている点といえます。
※1「CNBC Disruptor 50」:経済ニュースチャンネルCNBCが毎年発表しているリスト。デジタルディスラプター企業をランキング化しています。革新的な技術やビジネスモデルを持つ企業を選出し、既存の業界に与える影響力と成長のポテンシャルを評価しているもので、選出基準は、成長率、市場の大きさ、資金調達の成功、競争力などさまざまな要素に基づき決定されます。このランキングは投資家や起業家、業界関係者にとって注目すべき企業のリストとして広く認識されています。
デジタルディスラプターの脅威に備えるためのDX推進
ディスラプターの脅威は企業にとって現実のものとなりつつあります。ディスラプターに対抗するためには、組織全体でのデジタルトランスフォーメーションを進め、市場の変化に柔軟かつ迅速に対応する力を築く必要があります。ここではディスラプターの脅威に対抗するために企業がすべき取り組みについて解説します。
デジタルディスラプターに対抗するための3つのバリュー
スイスのIMDビジネススクールのマイケル・ウェイド教授らによる共著「対デジタル・ディスラプター戦略」(2017年/日本経済新聞出版)では、成功しているディスラプターには3つのバリューがあると説明されています。
- コストバリュー
製品の非物質化(デジタル化)、仮想化を進めることで、既存のビジネスモデルの価格構造を破壊してカスタマーに低コストでのサービス提供を実現することです。例えば、Netflixが登場する前は映画館やレンタルDVDショップに足を運び、映像コンテンツを観るのが主流でした。しかし、Netflixは世界中の人に同時に配信できるプラットファームを構築し、カスタマーは低コストでいつでも好きな時間にサブスクリプションで豊富な映像コンテンツを楽しむことができるようになりました。
- エクスペリエンスバリュー
「エクスペリエンス=体験」の通り、デジタル技術を活用して、ユーザーの購買体験に付加価値を与え、利便性の向上も実現します。Amazonでは消耗品は毎月定期便で商品が届けられたり、類似商品のレコメンド機能などカスタマーが商品を購入する機会を常に失わないように徹底的に設計されています。
・プラットフォームバリュー 上記でGoogle、Uber、Netflix、Airbnbなどディスラプターはプラットフォームを構築して、世界中でネットワーク効果を生み出しています。プラットフォームは規模が大きくなるほどカスタマー(一般生活者)とサービスの提供者の双方が集まり、大きな経済圏を生み出します。
第4次産業革命と激変するビジネス環境
蒸気機関による工場の機械化が進んだ第1次産業革命、電力による大量生産を実現した第2次産業革命、デジタル技術が発展しパソコンやインターネットが社会に浸透した第3次産業革命に続き、現代は第4次産業革命の真っただ中にあります。(第4次産業革命という言葉は、2016年の世界経済フォーラムで初めて登場しました。)
第4次産業革命では、デジタル技術を前提に、IoT(モノのインターネット)、ビッグデータ、AI(人工知能)、ブロックチェーンなど、次々と技術革新が起こっています。
これまでの産業革命で発展した技術は、あくまでも「人間の判断に基づき利用する」ものであったのに対し、人間の判断を上回る結果をも導き出すAIが登場した第4次産業革命は、人類の歴史の中でも特に大きな意味を持つ転換期であると言っても過言ではありません。
DXによる競争優位性の構築がディスラプターへの対抗となる
IMD(世界最高峰と言われるスイスのビジネススクール)のマイケル・ウェイド教授らは、デジタル・ディスラプターが顧客にもたらしている価値は、
- コストバリュー(価格の低下)
- エクスペリエンスバリュー(利便性の向上)
- プラットフォームバリュー(ネットワーク効果、エコシステムなどコミュニティーの価値)
の3つから構成されると分析しています。
既存企業は、デジタル・ディスラプターの脅威と闘うために、自社のビジネスを一度ディスラプト(破壊)し、強みとして残すものと「足かせ」となる負債の取捨選択を行うとともに、デジタル技術を活用した上記3種の価値を組み合わせることによって、自社ならではの競争優位性を構築していくという考え方が必要となります。
そして、これこそが、全ての企業が今取り組むべきDX(デジタルトランスフォーメーション)のあり方の一つであると言えるでしょう。
ディスラプターがもたらす変革|成功要因や戦略の変化への対応が必須
DXの導入、デジタル化によって、事業の成功要因や戦略が大きく変化しています。「今までは大丈夫だった」「このやり方でずっと自社は成長してきた」「先例に倣っておけばよい」という考え方は通用しなくなっています。
例えば、小売業の構造の変化を考えてみましょう。旧来の実店舗型の小売業者の戦略は、売上拡大に向けた店舗数拡大、コスト削減のための大量仕入れ・取扱商品の絞り込みが基本でした。また、店舗数に比例した固定費が必要となるため、規模の経済を効かせた仕入れコスト削減が特に重要であり、その意味でも店舗数の拡大が鍵となっていました。
一方、デジタル化により一般的となったeコマースでは、競合に勝ち売上を拡大するために必要となるのは「ECサイト上での利便性の高い顧客体験」であり、その主な構成要素は、圧倒的な品揃え、使いやすく便利な機能、短納期、です。固定費の多くはシステム開発費が占めますが、実店舗と異なり規模に応じて増えるものではありません。よって、成功の鍵は、ECサイトの機能や、ビッグデータを活用した売上予測・在庫管理システムを進化させ続けることであり、そのために必要なのは優秀なITエンジニアの確保、ということになります。
このように、デジタル化によって事業の成功要因やとるべき戦略は大きく変化しています。重要なのは、「従来のやり方では不十分」であるにとどまらず、「従来のやり方や蓄積してきた資産が、新しいルールでは逆に足かせになってしまうこともある」という点です。経営者の方は、その現実を直視し、思い切った戦略の見直しが必要な時代であると言えるでしょう。
ビジネスにおける外部環境分析を行うためのフレームワーク、”PEST” (Politics=政治、Economy=経済、Society=社会、Technology=技術の頭文字をとったもの)というワードをご存じでしょうか。事業に大きな影響を与え得る外部要因」を洗い出すための考え方です。まさにこの中の一つである「技術」が激変しているのが企業を取り巻く現在の潮流といえます。各社事業のあり方を大きく見直さなければならない時期であることは言うまでもありません。
まとめ:DX(デジタルトランスフォーメーション)への取り組みをお考えの方へ
本コラムでは、デジタル・ディスラプターと呼ばれるプレイヤーが、デジタル技術がもたらす新しい価値を武器に各業界のシェアを奪っている現状と、この脅威への対抗手段としてのデジタルトランスフォーメーション(DX)の必要性について解説しました。
「今無理してDXに取り組まなくても…」と感じられている企業の方も多くいらっしゃるかもしれません。しかし、今のままで会社は安泰、と本当に言い切れるのでしょうか。特に会社経営に関わる読者の方は、自社の脅威となるデジタル・ディスラプターや、取り組むべきDX(デジタルトランスフォーメーション)について、是非改めて考えてみて頂きたいと思います。