「ミライを、人で、つなぐ」。これは、関東エリアを中心に生鮮食品や飲料などの食料品を24時間体制で配送する運送会社、株式会社日東物流の経営理念である。物流業界におけるその独自の経営手法と革新的な取り組みが注目を集める同社の先導者、代表取締役の菅原拓也氏に、これまでの歩みと自社のビジョンについてお話を伺った。
安全管理の徹底とともに、働きやすい労働環境の提供といった社員の生活安全向上に向けた取り組みを行うことで、同社は業界の課題に対応し、新しい時代に求められる最高の輸送サービスを提供している。菅原氏のリーダーシップの下、日東物流は変化し続けている。 (執筆・構成=川村 真史)
菅原 拓也(すがわら たくや)――株式会社日東物流 代表取締役 大学卒業後、大手運送会社などを経て2008年、家業である日東物流に入社。2017年9月、代表 取締役に就任。コンプライアンスの徹底や健康経営の実践を通して、企業体質の健全化のみな らず財務体質を強化させる経営手法が評価され、千葉県の物流企業として初 めて、経済産業省の認定する「健康経営優良法人」に選出されるほか、リクルート主催 「GOOD ACTIONアワード」を受賞するなど、物流業界にて注目を集めている。
父による創業と事業の変遷
―菅原社長は二代目ということで、貴社はお父様が立ち上げられた会社だと認識しています。お父様がどういった経緯や思いで起業されたのか、教えてください。
父がこの仕事を始めた理由はただ一つ、家族を養うためでした。父はサラリーマンをしていましたが、千葉県に住んでいた頃、関西への転勤がきっかけで会社を辞めました。その後、知り合いの紹介で、築地市場でトラックを使った仕事を始めました。当時は物流業界の免許制度が厳しくて、名義を借りて、個人事業主のような形で働いていました。やがて仕事が増えて、身内や知り合いを入れて法人化するようになりました。休みもなく働き続けていたと聞いています。
―おそらくご家族はご苦労されて、子供時代はなかなかお父様とコミュニケーションを取る機会がなかったと想像します。現在の会社体制を築く一つの大きなきっかけに自社ドライバーの追突事故があったとお聞きしました。事故が起きた後にどのような取り組みがされたのか、また、財務的な苦しみの乗り越え方や長期的なコンプライアンスの強化について教えてください。
事故が起こった後、被害者の方に誠意を持って対応するだけでなく、営業停止に伴う財務的な問題や不完全な労務問題に対処する必要がありました。そのためには、より強固なコンプライアンス体制を築くことが重要だと考え、全社的にその取り組みを行いました。それにより、事故を教訓にした成長を遂げられたと自負しています。
運送業界の労働環境改善: 事故から改革への歩み
―事故が起きた経緯についてお伺いしてもよろしいですか?
事故自体はおよそ15年前、僕が入社した2ヶ月後に起きた事故です。原因は会社の労働環境とは無関係でしたが、その他の部分において法律が正しく守られていない部分もあったため、結果として営業停止処分を受けました。私が入社した頃、会社はどんどん仕事を受けてドライバーさんたちもたくさん働くことで、売上と給料が上がっていました。しかし、事故が起きて営業停止となり、今までのやり方を見直さなければならないと考えるようになりました。
―その当時の運送業界はどのような状況でしたか?
運送業界では、綺麗事を言っているだけでは成り立たないという考えがあり、法令に適合しない部分を見ずに商売をするような風潮があったように思います。しかし、事故はいくら気をつけても起こり得るものです。私たちは、事故が起きたときに法令を順守していなければ、社会に受け入れてもらうことが出来ず、会社が存続できないという危機感を持ち、コンプライアンス体制に大きく方向転換することにしました。
事故を乗り越え、父と理解し合い経営を継承した社長
―事故の後、社長としてどのような経験がありましたか?
当時社長であった父が冷静に対処してくれたことで、自分の無力さを実感したとともに、それを通して私は経営者としての役割を初めて理解しました。
―その後、10年経って事業を引き継いだ時、どんな苦労がありましたか?
事業引き継ぎ時の苦労は避けられないものですが、私が一番苦労した点は、法令遵守をはじめとする様々な考え方における、父を含む旧体制との方向性のズレでした。つまり、私のコンプライアンス重視の考え方と、父の現場重視の考え方とが、ぶつかっていたのです。結果的に、私の考え方が受け入れられるまでには時間がかかりました。
―どのようなことがきっかけで、風向きが変わったのですか?
いくつかの要因がありましたが、一番大きかったのは労務トラブルへの対応です。当時、運送業界は、その労働環境の特殊性から労働問題も多く、ユニオンや弁護士などを通した訴訟問題に発展することが多かったですが、私たちの会社も退職した従業員がユニオンを通して、団体交渉を申し入れてきましたことがありました。その時、労働環境改善やコンプライアンスを推進していた私が先頭に立ち、毅然とした態度で対応することで、問題を適切に対処することができました。その結果、父は私の考え方が会社を守る上で重要だと理解し、徐々に私の方向性に賛同するようになりました。
―そこから、社長への道はスムーズに進みましたか?
そうですね。その後は比較的父親や組織が理解を示してくれるようになり、事業承継はスムーズに進んでいったと思います。
経営者としての方針
―菅原さんは経営の難しい時期もあったとお聞きしました。精神面で自分をコントロールするために行ったことは何かありますか?
確かに、相談できる相手は少なかったですが、友人や取引先関係に相談できる方が何人かいました。彼らに話を聞いてもらえることは大変心強かったです。しかし、自分の精神的な部分をコントロールするために最も重要だったことは、腹をくくることでした。例えば、どんなに困難な状況でも、正しいことをやっていくことを心掛け、大きな壁が立ちはだかっても、諦めずに取り組むという姿勢を持ち続けることでした。
こういった考え方が商売に支障を来す場合もあると言われるかもしれませんが、私は正しくない方法で儲けることを望まず、正当な方法で会社を発展させたいと考えていました。そのためにも、私は経営者として、正しい方法で会社を運営し続ける決意を固めたのです。腹をくくることは大変ですが、覚悟を決めて自分の方針を貫くことで、少し心が楽になったと思います。
―そのような考え方で経営に取り組んだ結果、会社はどのように変わりましたか?
会社を変えていくプロセスは大変でしたが、正しい方法で会社を運営する決意を持つことにより、経営者としての自信ややりがいを感じることができました。これにより、従業員や取引先にも信頼されるようになり、会社全体の風土が変わっていくことを実感できました。 私はこの方法が正しかったと確信しており、今後もこの方針を継続していくつもりです。
―菅原社長はもともと前向きな思考の持ち主だったのでしょうか?
基本的には、保守的にものを考えるタイプでネガティブに考えてしまうことも多くあります。しかし、考え抜くと最終的にやるしかない、前を向くしかない、という結論になります。そういった性質が働いて、最終的には前向きな思考をもつようになったのかもしれません。
―たくさんのご苦労がある中で、自分でコントロールしながら進められているわけですね。様々な変革をされてきましたが、特に良かったと思う点はありますか?
物流業界の問題は多岐に渡りますが、そのひとつに平均経常利益率が0%近いともいわれる現状があります。利益率の低さゆえ、健康や労働条件改善、その他様々な問題への投資が出来ず、いつまで経ってもその他の問題が改善されないという悪循環に陥ってしまう。当社もかつてはその傾向にありました。
これを解決するためには、凝り固まった考え方を変えることが重要でした。付き合いやノリ、感覚で取引してしまうような業界の悪い商習慣を断ち切り、作業工程とコストを正確に計算し、エビデンスを持ってお客さんと運賃交渉をしたり、利益の出ない仕事は断るなど、自分たちの基準をしっかり持って、判断する事を心掛けました。そうした努力の結果、財務体質もより改善し、利益を使ってコンプライアンスや健康経営など、胸を張って働ける環境整備が出来るようになりました。この好循環が作れたことが一番良かったと思います。
強みと利益の秘訣
―株式会社日東物流の強みについてお聞かせいただけますか?他社の記事で利益率が5%から6%ほどであると拝見しましたが、その秘訣は何でしょうか。
冷凍チルドの食品輸送は、運賃が比較的高い反面、トラックには高価な装備が必要で365日稼働しなければならないため、事業運営が大変です。しかし、生活に必要な商品を運ぶことから、安定的に仕事があるというメリットもあります。弊社の強みは温度管理に特化している点で、その分野での競争力は高いです。利益を出す秘訣は、特別な戦術ではなく、お客さまも当社も不利益にならないような適正な運賃で、質の良い輸送サービスを提供することを実直に考えて実行しているだけです。
例えば、1台のトラックに2人のドライバーを割り当てることで、1日のトラックの稼働時間を増やしたり、運賃が適正かどうかを常に評価し、適正でなければ交渉に赴くなど、当たり前のことを徹底的に行っています。当たり前のことを粘り強く実行し続けることが、最も重要なポイントだと思います。
―お客様との交渉の中でどんなコツや考え方を持っているのですか?
まず大前提として、日東物流という会社を評価して頂けるようになることが大事です。そのためにも、お客様に迷惑がかからないように迅速な対応が重要であり、ドライバーさんやトラックに不足の事態があれば、迅速にリカバー出来るような体制を整えておくなど、安定的な輸送サービスを提供出来るようにしておくことで、評価・信用して頂けるようになってきます。
また、料金交渉の際には原価を計算し、根拠を明確にしてお客様に説明します。双方にメリットが無い場合は、仕事をお断りすることも考慮しますが、どのような仕事においても、最も重要なのは、お客様の荷物を確実に届けることです。
―安心安全にお客様の荷物を届けてくれる、大切なドライバーさんたちには、どのような環境で働いてほしいと考えていますか?
社会インフラとして生活必需品を安定的に輸送するためには、ドライバーを含む従業員とその家族みんなが心身ともに健康でなければなりません。そのためにどんな時代においても働きやすい職場環境の提供が重要ですし、これを実現することが私の仕事だと思っています。
経営判断と社員教育について
―お客様との交渉は、基本的に全て菅原社長がされているのでしょうか。
そうですね。これまでは僕が全てやっていましたが、現在は昨年入社した実弟が営業を担当しています。弟には弊社初の営業職として活躍してもらっているので、お客様との交渉も少しずつ引き継いでいるところです。
―営業だけでなく、ドライバーさんもお客様と接点があると思います。会社の代表としての役割もあると思いますが、教育や意識づけの面で特に気にされていることはありますか?
ドライバーさんに関しては、安全推進部という部署で安全運行に必要なスキルや知識、さらには一人一人の健康状態までを管理しています。リアルタイムで運転席の状況もカメラで把握出来るなど、デジタル化も進めています。管理職においても、昔は指示を待って動く人も多くありましたが、現在は自分たちが与えられた業務を自発的に動かすようになってくれています。
―それが成果として会社全体の利益に繋がったのでしょうか?
そうですね。彼らが自分の仕事に誇りを持って頑張ってくれていることで、会社全体の利益も上がっているので、いい結果が得られていると思います。一般的な管理職の教育プログラムはほとんどやっていないのですが、彼らは自分の仕事の中で成長していて、色々なことを考えるようになってきているので、それが良かったのではないかと思います。
社長が語る物流業界の未来ビジョン
―それが結果的に組織力の向上に繋がっているということですね。会社の展望についてお伺いしたいのですが、5年後、10年後、あるいはもっと先を見据えて、どのように会社を発展させたいとお考えでしょうか??ビジョンをお聞かせいただければと思います。
物流は「社会の血流」と称されるように、生活に無くてはならない存在です。しかし、労働条件が悪いことや待遇面が良くないことで、トラックドライバー不足が問題になっています。こういう問題を抱える物流業界において、地方の中小物流企業が、頭を使って考え、実直に行動すれば利益を出せて、ドライバーの待遇を改善でき、経営が成り立つということを、業界全体にも、社会的にも示したいです。
また、高齢者やトラックの運転を引退した後の元気な人たちを再雇用し、地域と連携して仕事を創出したいと考えています。さらに、業界全体の暗いイメージを払拭し、物流の業界が素晴らしいと認識されるように努力したいですね。それが業界にとって良いことであり、日本にとっても良いことだと確信しています。私自身、物流の仕事が好きでやっていますから。
―御社は独自にさまざまな変革にチャレンジされていることが伺えます。チャレンジをする上で、連携されている経営者さんやベンチマークされている方はいらっしゃいますか?
小さいところでいうと、私達の会社は千葉県の四街道市にありますが、地域と連携し、高齢者や障害者の雇用を作ることを考えており、物流以外のビジネスにも取り組んでいるような企業をベンチマークしています。また、健康経営に励んでいる運送会社やDXを頑張っている中小の運送会社との繋がりを、積極的に作っていますね。
―それらの企業との関係性は、ビジネス的なものではなく、お互い前向きに取り組むための情報交換などが目的ですか?
そうですね。法律も厳しくなっており、人材確保が難しい中、前向きにさまざまなことを考えている人たちと情報交換をしながら、広報活動など情報発信も一緒に頑張っていきたいと考えています。今はまだ、具体的に何かビジネスにつなげて何かをやっていこうということではなく、みんなで繋がり、業界を一緒に盛り上げていくという取り組みをしているところです。
物流業界におけるDXの有効性
―今後デジタル化を進めることを検討されていますか?
物流とデジタルは必ずしも全ての面で相性が良いというわけではありません。一部アナログな部分が残る中、デジタルをどう活用していくかということが課題です。もちろん、ドライブレコーダーやデジタルタコグラフなど、デジタル化できる部分はどんどん取り入れていますし、コンプライアンス上の問題もデジタルで対応できるよう推進しています。
しかし、ただデジタルツールを使うだけで仕事が効率化されるわけではありません。物流業務にはアナログでなければならない部分も多くあります。DXはかっこいい言葉かもしれませんが、言葉のせいで本質的な部分を見落としてしまう事も多くあるように感じます。経営や業務効率が良くなるべきであるのに、DX化で逆に手間が増えてしまうこともありますからね。
―確かに流行り言葉に流されず、本質的な部分を見極めていくことが大事ですね。
そう思います。我が社ではDX化を無闇に進めるのではなく、問題の本質を見極め、問題を改善し、業務効率が向上する物かどうかを適切に判断してから導入を検討します。これからも新しいソフトなどが出てくるかと思いますが、必要な時に必要な分だけ積極的に取り入れていくつもりです。
流行り言葉に流されず、本来の目的を見失わずに、会社として効果的な取り組みを進めていくことが重要だと思っています。
- 氏名
- 菅原 拓也(すがわら たくや)
- 会社名
- 株式会社日東物流
- 役職
- 代表取締役