数あるビジネス書や経済小説の中から、M&A Onlineがおすすめの1冊をピックアップ。M&Aに関するものはもちろん、日々の仕事術や経済ニュースを読み解く知識として役立つ本を紹介する。

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図解&ストーリー「子会社売却」の意思決定 岡俊子 著、中央経済社刊

M&Aの主役は「買い手」である。M&Aという用語自体「Merger(合併)and Acquisitions(買収)」の略で、「会社あるいは経営権の取得」を意味する。つまり「売り手」、ましてや売られる(あるいは買われる)ターゲット企業は完全に「蚊帳(かや)の外」なのだ。M&Aについてのニュースや書籍についても、そのほとんどが「買い手」視点の内容である。唯一とも言える例外は小説であり、ベストセラーとなった「ハゲタカ」シリーズは、敵対的買収のターゲットとなった企業の視点から描かれた。

M&A Online

(画像=「M&A Online」より引用)

本書は小説仕立てのストーリーと解説を組み合わせた、ターゲット視点からの平易な解説書である。とはいえ内容は実践的で、これから子会社を売却する親会社、あるいはカーブアウト(切り出し)される子会社の関係者にとっては必読の書である。

ストーリーは次期中期経営改革の策定に入ったプライム上場の非鉄金属メーカー「ミツカネ工業」の取締役会からスタート。会議では本業である非鉄事業の業績伸び悩みや、製造現場で多発する事故などが懸念材料として浮上する。

社内では「本業に集中すべきだ」との意見が多数派で、その対策として成長著しい子会社「ミツカネ電子」をカーブアウトし、その売却益で本業を立て直そうとの意見が優勢だった。

親会社から売却を打診されたミツカネ電子は驚くものの、むしろ事業売却を前向きに捉えることで自社の成長につなげようと動き出す。親会社から言われるままに「身売り」されるのではなく、自社でベストな売却先を探そうと奮闘努力が始まる。

「ベストオーナー」を探すためにフィナンシャルアドバイザー(FA)やコンサルティング会社の選定から、売却先を同業者にするか否か、海外企業も視野に入れるのか、投資ファンドも候補にするのかなど、ミツカネ電子のプロジェクトチームは侃々諤々(かんかんがくがく)の議論と検討を続けていく。

ところがセラーズデュ−デリジェンス(売り側の立場から実施する事前調査)で予想以上の高値が想定され、親会社が「もっと高値で売れるのでは」「むしろ電子事業を本業にした方が良いのではないか」と、早期の売却に疑念を抱く…というシーンで終わっている。小説としては結末がはっきりしないだけに、物足りなさを感じるかもしれない。だが、実際の子会社売却には、そのような紆余曲折があるものだ

ミツカネ電子にとっては唐突に「売却する」と言い渡され、気を取り直して売却に向けてお膳立てをしたら「まぁ、待て。売却ありきで物事を進めるな。まだ正式には決まっていない」とストップをかけられたわけだ。「ハゲタカ」は敵対的買収で狙われた独立企業の悲劇だが、小説としての本書は親会社の都合で右往左往させられる子会社の悲劇である。

一方、解説書としての本書は、カーブアウトで親会社と子会社はどのような意思決定と社内調整、売却に向けた準備が必要かを網羅(もうら)した内容であり、小説仕立てと相まって臨場感がある。まるで読者自身が現場にいて体験したかのような読後感がある。初心者から現場でカーブアウトに従事するプロまで、おすすめできる1冊だ。(2023年8月発売)

文:M&A Online