日本大学アメリカンフットボール部の違法薬物事件で辞意を表明した日本大学の澤田康広副学長(競技スポーツ担当)が、林真理子理事長にパワーハラスメント被害を受けたとして1000万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした。大学の副学長や理事長といえば、企業では取締役に当たる。果たして取締役間でも「パワハラ」は成立するのだろうか?
取締役同士でもパワハラは認められる
会社と取締役との契約は「委任契約」なので、「雇用契約」を結んでいる一般の労働者ほど保護はされない。とはいえ、度が過ぎれば取締役同士でもパワハラは成立する。福岡地裁が2022年3月1日に判決を出した損害賠償請求事件「令和1(ワ)2592」では、会長(当時)による社長(同)に対するパワハラを認定し、損害賠償を命じている。
パン・菓子類の委託加工と製造販売を手がけるリョーユーパン(福岡県大野城市)で会長が社長に対して「会議の席などで,『バカ者』『無能』『会社の経営のことを考えようとしないサラリーマン』『会社の金を横領した奴より悪質』などという悪罵を続け,その度合いは次第に激しく,執拗なものになった」(判決文より)という。判決ではこれをパワハラに当たると認定した。
さらに社長の退任に当たり、同社総務部長が退職慰労金内規に従い原告に対する退職慰労金の支給手続を進めていたにもかかわらず,会長が手続を差し止めて不支給の指示をしたことに悪意または重過失があると判断。会長が社長の役員報酬を月額100万円から同50万円に減額したことも不当とし、会社と会長に対して1045万円の損害賠償を命じている。
では、林理事長にも1000万円の損害賠償が命じられるのだろうか?理事長による執拗な辞任要求や会議出席禁止命令がパワハラと認められたとしても、1000万円の満額判決が出る可能性はほとんどない。リョーユーパンのパワハラ裁判でも慰謝料は100万円に過ぎず、残りは未払いの役員慰労金と減額された役員報酬だった。
理事長・大学側から反訴の可能性も
パワハラ慰謝料の判断にしても、リョーユーパンのパワハラでは会長が社長に対して会議の席で人格を否定する罵倒を繰り返しているが、報道によると日大の場合は理事長と副学長の個人面談であり、激しい人格否定をしているわけではない。
理事長が副学長に辞任を求める背景には、日大の権威失墜や補助金打ち切りという大きな損害をもたらした違法薬物事件への副学長の不適切な対応があった。これは理事長の独断ではなく、第三者委員会が副学長の行動について「大麻の可能性が高い植物片を見つけながら12日間、警察に報告しなかった」ことを問題視している。
そのため裁判で理事長のパワハラが認められたとしても、リョーユーパンほどの違法性はないと判断されることになりそうだ。損害賠償額は100万円を下回るだろう。
一方で理事長側が「反撃訴訟」に出る可能性もある。日本私立学校振興・共済事業団が日大に3年連続で経常費補助金(私学助成)を支給しないと決めた根拠として、副学長から理事や警視庁への報告が遅れるなど法人内部の情報伝達がうまくいっていないことを挙げている。
こうした事実をもとに、理事長や大学が副学長に対して損害賠償訴訟を起こすこともありうる。一般企業では取締役には善管注意義務があり、故意または過失により委任者である会社に損害を与えた場合は損害賠償義務を負う。会社役員に相当する副学長においても同様の義務が課せられている。
副学長がそうした義務履行を怠り、大学に多大な損害を与えたという訴えだ。ただ、取締役の善管注意義務違反の立証も複雑で、一筋縄ではいかない。係争の長期化は双方にとってメリットが少ない。反撃訴訟があったとしても、理事長と副学長の双方で和解の道を探ることになるだろう。
文:M&A Online