日本酒メーカー(酒蔵)の倒産が相次いでいる。しかも零細企業ではなく、長い歴史を持ち地元を代表する老舗酒蔵ばかりだ。日本食ブームと共に、海外でも高く評価されている日本酒。酒蔵ごとに製法や味が異なるだけに、その消滅は「酒造文化」の多様性を失うことを意味する。
相次ぐ老舗酒蔵の倒産
2023年だけでも6月に福岡県久留米市の酒造メーカー鷹正宗とグループ会社の叡醂酒造が福岡地裁に民事再生法の適用を申請、昨年から事業を停止していた竹下登元首相の生家事業でもある島根県雲南市の竹下本店も10月に松江地裁より特別清算開始命令を受けている。そして12月1日には、静岡県富士宮市の富士正酒造が静岡地裁に民事再生法の適用を申請した。
鷹正宗は天保年間(1830〜1844年)、竹下本店と富士正酒造は1866年(慶応2年)と、いずれも江戸時代の創業だ。歴史があるだけではない。鷹正宗は1988年に北九州コカ・コーラボトリング(現・コカ・コーラボトラーズジャパン)の出資を受けて1996年9月期に年商34億5400万円、竹下商店は竹下首相就任時に発売した「出雲誉」のヒットで1988年9月期には同約3億円、富士正酒造も芋焼酎や梅酒、発酵調味液などの醸造も手がけて2002年9月期には同約2億3000万円を計上するなど、老舗らしからぬ新機軸を打ち出して経営を維持してきた。
しかし、国内日本酒需要の落ち込みに加えて、2020年からの新型コロナウイルスのパンデミック(感染爆発)で飲食店向けの販売が激減したのが致命傷となり、相次いで力尽きた。救いは3社とも廃業ではなく、第三者の支援や事業承継で酒造が継続されることだ。
事業承継型M&Aで日本酒文化を守る
鷹正宗は9月の「第11回福岡県酒類鑑評会」で、「本格麦焼酎 めちゃうま麦ゴールド」と「本格麦焼酎 こげん」が「福岡県議会議長賞」を受賞するなど気を吐いた。竹下本店は特別清算前の2022年10月に地元財閥の田部(たなべ)が事業を譲受し、「田部竹下酒造」として再出発。富士正酒造も営業を継続しており、静岡県や首都圏で39店舗の「沼津 魚がし鮨」を展開する沓間水産(静岡県裾野市)の支援で経営再建を進める。
酒類の製造には免許が必要で、清酒については輸出用を除いて新規免許の交付が事実上、認められていない。清酒製造に新規参入するには既存酒蔵の買収しかないのが現状だ。そのため近年は酒蔵が倒産しても、再建支援企業が見つかるケースが多い。
国内では消費が伸び悩んでいる日本酒だが、海外では高級酒として高値で取り引きされている。スタートアップのClear(東京都渋谷区)は「日本酒のラグジュアリーブランドをつくる」ことを狙い、高品質の日本酒造りを全国の酒蔵に委託して「SAKE HUNDRED」ブランドとして販売している。
英国の「インターナショナル・ワイン・チャレンジ SAKE部門」、香港の「オリエンタル・サケ・アワード」、フランスの「Kura Master」、米国の「全米日本酒歓評会」といった海外日本酒コンクールで上位の賞を相次いで獲得した。
代表銘柄の「百光」は720mlで3万8500円もの高級酒だが、2024年1月に醸造する新酒は抽選販売するほどの人気を集めている。新しい「日本酒ブランド」づくりのためのオープンイノベーションとも言える酒蔵のM&A。日本酒文化を守る手法として注目されている。経営が厳しい酒蔵経営者にとって、事業承継型M&AというEXIT(出口)は有望な選択肢だろう。
文:M&A Online