この記事は2023年12月14日に三菱総合研究所で公開された「1万人調査に見るマイナ保険証への賛否」を一部編集し、転載したものです。
目次
普及のカギは「ベネフィット」の実感
POINT
- 登録は進むものの、「信頼の獲得」と「ベネフィットの実感」が課題
- マイナ保険証への賛否は拮抗
- 医療費抑制やサービスの質向上など間接的なベネフィットへの理解促進を
分水嶺にあるマイナ保険証
2016年に交付が開始されたマイナンバーカードの申請率は今や78.5%となった。健康保険証としての利用登録率も74%※1に至り、着実に普及が進む一方で、さまざまな課題も明らかになった。
一点目は、住民票の誤発行や情報登録時のひもづけ誤りなどが発生し、その信頼性に疑問が呈されていることである。2023年11月末をめどに、国・自治体によるマイナンバー情報の総点検が行われたが、情報システムを運用する上で信頼の担保は最優先事項と言える。
二点目は、健康保険証をマイナンバーカードへ一体化する「マイナ保険証」のベネフィットを、国民が十分に実感できていないことである。厚生労働省が2023年5月に実施した実態調査※2によると、マイナ保険証への切り替えによって得られるベネフィットを認知している人は2~3割にとどまっている※3。
マイナ保険証が社会に受容されるのかどうか、まさに分水嶺にいる今、大切なのは信頼性の確保とベネフィットの実感であろう。リスクの解消を前提とした上で、マイナ保険証本来のベネフィットを実感できることが重要になる。
ベネフィットとは?
それでは、マイナ保険証の導入にはどのようなベネフィットがあるのだろうか?
利便性向上と負担軽減
「過去の診療や処方薬の情報を簡単に把握できること」や、「高額な医療にかかったときの手続きが簡素化されること」などで、利用者の負担が軽減される。患者にとっては、検査や治療の重複は、費用に加えて心身の面から負担はとても大きい。重複投薬や多剤投与※4といった、薬剤費負担や副作用などのリスクにつながり得る処方・調剤を、電子処方箋の活用により適正なものにできる。さらに他の医療機関での検査の実施有無や、過去の診療実績を共有するため、患者は入院・転院した際に、最適な診療を受けることが可能だ。
将来の社会保障の持続性を向上
医療機関や介護施設・事業所間での情報連携基盤は、私たちが受ける医療や介護の質の向上や、将来の医療介護費の負担抑制につながる(具体例は後述)。いわば、間接的なベネフィットといえる。
実は、このような社会保障制度を支える持続的なシステムの普及は、2001年策定の「保健医療分野の情報化にむけてのグランドデザイン」※5の時から訴えられてきた、20年来の悲願だ。表1に将来的にマイナ保険証が実現を目指すベネフィット※6の例を示した。さまざまな医療データを政策や医学研究に活用することで、医療、介護サービスの質の向上や、効率的な制度運用につながることが期待される。
表1 マイナ保険証にて2030年にかけて実現を目指すベネフィットの例
1万人調査で分かった賛否「現状では拮抗」
マイナ保険証の国民の認知や理解はどの程度なのだろうか?
当社の「生活者市場予測システム(mif)」が持つアンケートパネルを用いて、1万人を対象とする調査を2023年9月に実施した。20代から80代の男女、合計1万人を対象とした(詳細な属性分布は参考資料を参照)。
結果として、マイナ保険証への賛否は拮抗した(図1)。
図1 マイナ保険証への賛否
では、これらの賛否を分ける要素はなんだろうか?
実現イメージの有無
調査では、表1に例示した「2030年にかけて実現を目指すベネフィット」を10項目示し、それぞれ「実現したら便利だと思う」、「実現しても便利だと思わない」、「実現のイメージがつかない」のどれに該当するかを質問した※7。
調査結果によると、将来実現する施策について、反対寄りの人※8では「実現のイメージがつかない」という回答が賛成寄りの人よりも約15%多い(図2参照)。ベネフィット以前に、「何をどのように実現しようとしているのか」が具体的に国民に伝わることが、マイナ保険証への賛同が広まるために重要と考えられる。
利便性の認知
「将来、施策が実現した場合に便利になるか」という観点でも、賛成と反対の人別に大きな差があった(図2参照)。施策が実現した場合に便利だと思うかどうかが、賛否と関連していることがわかる。
通院などの受付の際の手続き簡素化や、自分自身の服薬の履歴をマイナポータルで閲覧できるといった現状の機能から得られる利便性の認知には限界がある。「将来実現を目指す施策の具体化」と、「施策の実現によって得られる国民の利便性」を明確にすることが、賛同を得るためには求められているのである。
図2 2030年にかけて実現を目指していること※9に対する考え
DXの果実を活用し、ベネフィットの実感を
マイナ保険証の社会受容性を高めるためには、マイナ保険証で実現できることを知ってもらうことに加え、国民にとってのベネフィットを実感してもらうことが重要だ。
それでは、国民に伝えるべき施策とベネフィットは具体的にどのようなものがあるだろうか? 求められるのは「デジタル化による利用者の利便性向上」や「行政手続きコストの削減」にとどまらず、その先にある税・社会保険料負担の抑制や医療・介護の質の向上にまで結びつく施策だ。
例えば、データを活用した政策課題の解決が挙げられる。生活者視点、利用者目線にたつと、医療や介護は、「同時に」「切れ目なく」利用されているのが特徴だ。しかし医療と介護のデータをひもづけて、「介護サービスを使う高齢者が利用する医療」や、「退院後の生活で利用されている介護施設・サービス」の把握が技術的に難しく、なかなか進んでいない。
「急変時に対処できる医療体制」や「退院後の介護体制」、「かかりつけ医機能」などの一体的な体制整備、すなわち国民へのベネフィットの提供が不可欠だ。信頼性を担保した二次利用を前提とした上で、医療介護現場や政策立案での積極的なデータ活用が求められる。
さらに「自分が利用する健診や診療、介護は、長い目で見て費用対効果が大きいか」という視点も欠かせない。データの活用は、要介護度や健康寿命の改善に効果のある予防・診療の長期的な効果検証を可能にする。よって自治体や、健康保険組合や共済組合といった保険者はこれまで以上に、根拠に基づいた効果のある施策を後押しできるようになる。これはすなわち国民が、負担の増加を抑えながら、効果の高い医療や介護を受けられることにつながっていくのだ。
納得感のある伝え方を
制度運用の効率化施策は、国民にどのようなメリットをもたらすだろうか?
医療費や介護費全体の伸びを抑制することを通じて、私たちが支払う保険料・税負担の引き上げ幅を抑えることにつながる。また効率的な提供体制は、医療介護の質の面からも必須だ。非効率な提供体制を前提とした患者・利用者の集中や連携調整が、医療・介護従事者へ過重な負荷をもたらし、私たちの生活に大きな負担を強いたことは、新型コロナウイルス感染症拡大の記憶に新しいだろう。
マイナ保険証が国民に受容されるためには、信頼回復とともに、マイナ保険証を利用することそのもの(一次利用)のベネフィットに加え、マイナ保険証の基盤を前提としたデータ活用といった、二次利用のベネフィットまで結び付けることが重要だ。社会保障制度の持続性を高める観点でも、DXと制度改革の相乗効果を最大化することは、待ったなしと言えよう。
マイナ保険証の社会受容性を高めるためには、デジタル化の先にある、政策・研究を具体化し、負担の抑制や医療・介護の質の向上の効果を、国民目線でも納得感がもてるよう伝えていく努力が重要だ。
参考資料
※1:デジタル庁「マイナンバーカードの普及に関するダッシュボード」(更新日:2023年10月22日)申請率は人口に対する申請件数、登録率はマイナンバーカード累計交付枚数に対する登録数。
https://www.digital.go.jp/resources/govdashboard/mynumber_penetration_rate#frequency(閲覧日:2023年11月4日)
※2:厚生労働省「診療報酬改定結果検証部会からの報告について(総—4)」
https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001110541.pdf(閲覧日:2023年11月13日)
※3:直近3カ月以内にマイナ保険証で受診をした人の回答。
※4:重複投薬者は「同月内に同一薬を3医療機関以上から処方された者」、多剤投与者は「同月内に15種類以上投与された65歳以上の患者」といった定義がある。65歳以上の患者の同月内処方薬種類数は、6剤以上の人で3割以上を占めている。(2022年10月13日 第155回社会保障審議会医療保険部会 資料1-3)
※5:保健医療情報システム検討会「保健医療分野の情報化にむけてのグランドデザイン最終提言」
https://www.mhlw.go.jp/shingi/0112/dl/s1226-1.pdf(閲覧日:2023年11月17日)
※6:「将来実現すること」の項目内容は、医療DX推進本部(第2回) 資料4「医療DXのメリット」をもとに三菱総合研究所作成。
※7:調査結果の詳細は参考資料を参照。
※8:本稿では、「健康保険証のマイナンバーカードへの一体化に関する考え」として、「賛成だ」または「どちらかと言えば賛成だ」と答えた人を「『賛成』寄りの人」、「反対だ」または「どちらかと言えば反対だ」と答えた人を「『反対』寄りの人」としている。
※9:「2030年にかけて実現を目指していること」の詳細は、参考資料を参照