両候補の政策方針を整理

選挙直前に差し掛かった現状でも両候補の支持率は拮抗しており、今回の選挙は両にらみの当選を想定して準備をしていく必要がありそうです。まずは、両候補者の政策について、特に経済や地政学リスクに関連しそうな部分をまとめました。

(画像=「RENOSY マガジン」より引用)

ハリス候補の経済政策

ハリス候補の政策案の土台は、中間層に配慮した内容となっています。アメリカの中間層の賃金や労働条件の改善、団結する権利の拡充などを主張しているのが特徴です。たとえば、アメリカ全土の労働者の最低賃金を15ドルに引き上げる考えを示しています。

財源確保のための増税は、年収40万ドル未満の層には実施しない意向を示す一方で、法人税の引き上げ、上位1,000人の富裕層の増税を検討しているようです。また、投資収益に課されるキャピタルゲイン課税について20%から28%へ引き上げる意欲を示しています。

そのほか、中間層の暮らしを豊かにするための補助金や政策を検討しています。たとえば、食料品価格の不当な釣り上げを取り締まることにより、価格高騰に歯止めをかける狙いです。国民の負担を軽減するとともに、インフレ対策へも目が向けられています。

住宅購入の自己資金を最大2.5万ドル補助金として支給することで、住宅購入の促進を目指しています。さらに子育ての負担軽減のために生まれた子供に対して6,000ドルの税額控除も考えています。

ハリス候補の政策は、財政に対するインパクトがトランプ候補と比べて限定的なのが特徴です。超党派で構成される「責任ある連邦予算委員会」によると、ハリスの公約は今後10年間で3.5兆ドルの財政赤字の拡大インパクトがあるとしています。この後紹介するトランプ候補のインパクトは7.5兆ドルとなる見込みです。

トランプ候補の政策

トランプ候補が当選した場合、上院・下院とも実質的に共和党が実権を握ることになるため、彼の意図通りに政策を進めやすいと想定されます。トランプ候補は「減税」と「規制緩和」「関税」といった要因を重視しています。

まず、減税については、法人税の減税と前政権期間中の2017年に導入した個人所得減税(いわゆるトランプ減税)の恒久化を目指しているようです。法人税については、前政権下で税率を35%から21%に引き下げていますが、今回再当選を果たした場合には15%まで引き下げる意欲を示しています。

トランプ減税の恒久化は、10年間で財政赤字を5.3兆ドル拡大させるインパクトがあると想定されています。そのほか、トランプ候補は化石燃料産業をはじめとした、多様な産業における規制緩和を進める意欲があるとされています。前政権時代にはドット・フランク法を緩和した実績があることから、金融セクターの規制緩和に対する期待も高まっています。

そのほか、前政権時代と同様に保護主義的な政策の継続が想定されているのが特徴です。たとえば、不法移民の強制送還の拡大、中国を主要なターゲットの一つと置いた関税の導入・拡大などが想定されます。

関税については、中国からの輸入品に一律60%、その他の国からの輸入品に最大20%の関税増加を課すと見込まれています。これらは4.3兆ドルの税収増加となると見込まれているのです。

それぞれの候補者当選後に想定される市場の動き

(画像=「RENOSY マガジン」より引用)

両者の候補者の支持が概ね拮抗している状況のため、逆にどちらの候補が当選してもサプライズとはなりにくいため、今回の選挙結果による市場の動きは緩やかなものになると想定されています。

長期で見ると、ハリス候補が当選したケースの方が市場の変動リスクは抑制され、トランプ候補が当選した方が変動リスクが高まる可能性があります。

ハリス候補が当選した場合は

今回の選挙では、どちらの政策もある程度は財政赤字の拡大が懸念されます。財政の悪化は、アメリカの金利に上昇圧力をもたらします。ただし、相対的にはハリス候補の政策の方が、財政へのインパクトが限定的と想定されているのが特徴です。

そのため、中長期で見た金利上昇幅は、ハリス候補が当選した場合の方が限定的と想定されます。今後アメリカはFRBによる利下げが断続的に行われると想定されている状況です。

政策の金利上昇インパクトは、FRBの金融緩和と相殺される可能性もあるため、実際には金利上昇は発生しない可能性も十分にあります。この点はFRBの政策やハリス氏の実際の政策次第といえるでしょう。

さて、米ドルについてはトランプ候補が政局を握るケースと比べて落ち着いた値動きとなりそうですが、ドル高局面というほどの状況になるかは不透明です。幅は小さいとはいえ、財政赤字の拡大は明らかにドル安要因となります。

この要因を、インフレ緩和の政策によりどの程度相殺できるかがポイントです。しかしながら、同時期に利下げを軸とした金融緩和が進むとすれば、やはりドル安の要因となります。不確実性が大きい状況ながら、筆者はハリス候補が当選したとしても、緩やかなドル安傾向を想定しています。

株式市場については、かつては共和党政権の方がポジティブと言われていました。今回も共和党の積極的な減税が株式市場の短期的な下支え要因となり、その点ではハリス候補当選が短期的な失望売りを招く可能性があります。

しかし、長期的には財政赤字幅の拡大抑制や、関税の維持による貿易へのネガティブインパクトの回避、国内物価の安定化が市場を下支えするでしょう。そこに緩和的な金融市場が追い風要因となり、長期的には株価にポジティブな作用をもたらすと想定されます。

トランプ候補が当選した場合は

トランプ候補が当選した場合には、短期的には金利上昇の進行が懸念されます。財政赤字を大幅に拡大させる政策メニューが多いため、投資家は財政悪化への懸念を強めるでしょう。

FRBが利下げを継続できる場合には上昇幅は抑制されますが、万が一、インフレの再拡大により利下げができない状況に陥った場合には、一段と金利上昇リスクが高まります。インフレの悪影響が国内経済に波及して、以前懸念されていたスタグフレーションの懸念が再び高まるでしょう。

為替については、ハリス候補と比べてドル安リスクが高いと考えられます。財政悪化、インフレに伴う景気悪化はいずれもドルが下落する要因です。また、万が一経済環境がマイルドだった場合にも、FRBの利下げ・金融緩和が進められる可能性があり、これもまたドル安要因となります。どちらにしても、ドル安が進みやすい局面が想定されるのです。

株式市場については、短期的にはポジティブな反応を示す可能性がありますが、長期的には下落する可能性があります。

短期的には減税や規制緩和が効果を発揮する見通しです。しかし、時間が経つと、徐々に財政の悪化や関税引き上げに伴う国内物価の上昇といった悪材料が目立ち始めると想定されます。

そのため、最終的にはトランプ候補が当選したケースの方が株安が進みやすいと考えられるのです。

アメリカ選挙直後は株が上昇する傾向にある

アメリカ選挙後の半年を見ると、過去の傾向で言えば株価が上昇するケースが多いのが特徴です。1970年以降の選挙で見ると、選挙後半年で株価が上昇した局面は9回であるのに対して、下落したのは4回です。

また、下落した局面で10%以上の下落を記録したのはオバマ大統領就任時のみです。当時は2008年で、リーマン・ショックの影響が色濃かった可能性も加味すると、選挙直後に、選挙自体の影響で大幅な下落を記録するリスクは低いと考えられます。

逆に選挙完了後は、どちらの政党の大統領が就いたとしても、政策に対する期待感から株価は上昇する傾向にあります。就任直後から経済や金融市場の逆風となるような運営は行わないだろうとの思惑も、金融市場を下支えする要因となると考えられます。

なお、アメリカの大統領選挙は、近年11月に行われますが、年末にかけては年末の消費拡大などを反映して株式市場が上昇しやすい傾向にあります。そのため、そもそも選挙後の株価上昇が、選挙結果を理由にもたらされているものなのかを判断するのは容易ではありません。

アメリカ選挙後の注目イベント

アメリカ選挙後は、主に二つのイベントの注目度が高まると想定されます。一つはFOMCで、年内は11月6日〜7日と12月7日〜8日の2回の会合が予定されています。

(画像=「RENOSY マガジン」より引用)

9月に示した2024年末の政策金利見通しは4.4%でした。近年の政策金利で見られる0.25%のレンジでの提示方法であることを踏まえると、4.25%〜4.5%がターゲットとなると考えられます。

他方で10月末時点の政策金利は4.75%〜5.0%なので、見通しに変化がなければあと0.5%の利下げ余地がある状況です。9月には一気に0.5%の利下げが行われましたが、過去には0.25%刻みで利下げ・利上げする局面が多かったことも踏まえると、11月・12月と連続して利下げに踏み切る可能性もあります。

年内の利下げは短期的には金利を引き下げる要因となりますが、両候補の政策による財政赤字の拡大、特にトランプ氏が当選した場合のインフレリスクの拡大が意識されれば、金利の市場変動を拡大させる要因となる可能性があります。

ついで、年明けの1月に大統領の就任式と就任演説が予定されています。伝統的には現地時間1月20日に実施するものとされています。演説及びその前後では、大統領の政策方針についてより明確なメッセージが発信される可能性があります。そのためしばしば就任式は選挙後の注目イベントの一つとされるのです。

(画像=「RENOSY マガジン」より引用)

このタイミングで政策のスタンスがマイルドな方向にも過激な方向にも変化するリスクがあり、その方向性に応じて市場の値動きも発生する可能性があります。また、就任式までのおよそ2カ月強は、政策に関する発言や市場の思惑で相場が動きやすい時期でもあります。

基本的な方向性は先に書いた通りですが、市場の思惑を変化させるような発言や情報がでてトレンドとは異なる値動きがでる可能性もあります。年末に差し掛かるタイミングでもある中、市場の変動性が高まりやすいので注意が必要です。

片方に過度にベットしない両にらみでの対応が重要に

(画像=「RENOSY マガジン」より引用)

アメリカの大統領選挙はすぐ目の前まで迫っていますが、両者の支持率は拮抗しており、選挙後の市場見通しに対しては、不確実性の大きい状況となっています。

どちらかの候補が当選すると安易に決め込むことなく、また市場変動が大きくなることを想定して投資を行うのが得策です。さまざまな資産に分散投資し、さらに資産全体のリスクを抑えるのが有効な戦略と言えます。

また、アメリカの株・金利・為替いずれも変動幅が大きくなるリスクがある中、日本国内の資産に多くを振り向けるのも一つの戦略です。日本株や債券、REITなどに目を向ける良いタイミングとも言えるでしょう。

この記事を書いた人

伊藤圭佑
証券アナリスト
資産運用会社に勤める金融ライター。証券アナリスト保有。
新卒から一貫して証券業界・運用業界に身を置き、自身も個人投資家としてさまざまな証券投資を継続。キャリアにおける専門性と個人投資家としての経験を生かし、経済環境の変化を踏まえた投資手法、投資に関する諸制度の紹介などの記事・コラムを多数執筆。