特集「令和IPO企業トップに聞く 〜 経済激変時代における上場ストーリーと事業戦略」では、IPOで上場した各社のトップにインタビューを実施。コロナ禍を迎えた激動の時代に上場を果たした企業のこれまでの経緯と今後の戦略や課題について各社の取り組みを紹介する。
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創業時からの事業変遷
ーー創業から上場までの事業変遷についてお伺いします。特に、大学時代の講義が影響を与えたという話が印象的です。当時、どのような方々の話が心に響いたのでしょうか?
株式会社ROXX 代表取締役社長・中嶋 汰朗氏(以下、社名・氏名略) 大学時代に受講していたベンチャー企業論の講師がイーアクセスの共同創業者・千本倖生さんでした。ちょうどソフトバンクにイーアクセスを売却された直後で、規模感やビジョンを持った企業家の姿に非常に刺激を受けました。また、リブセンスの代表取締役社長・村上太一さんや元ライフネット生命保険取締役会長の岩瀬大輔さんなど、当時すでに上場企業の経営者として注目されていた方々の講義もありました。規模の大きさと成功を収めた彼らの話が、非常に印象に残っています。
ーー講義が刺激になったとのことですが、創業時に至る背景や、周囲の環境からどのような影響を受けられましたか?
中嶋 創業のきっかけは、大学3年生の時に身近な課題に目を向けたことです。当時、周囲には就職活動がうまく進まない友人も多く、そうした人たちを支援したいという思いがありました。手当たり次第にテレアポをして企業と学生を繋げることから始めたんです。正直、最初は大きなビジョンがあったわけではなく、目の前の課題に取り組むところから人材支援の事業がスタートしました。
ーー 事業が進む中で、2016年に「SCOUTER」という新たなサービスを立ち上げられました。この取り組みの意図と、その後の展開について教えてください。
中嶋 当時、VCから出資を受ける学生起業家が増えており、私たちも市場や会社規模の拡張性が高い事業を目指しました。当時の労働集約型のモデルから脱却し、大きな事業を作るための最初の挑戦が「SCOUTER」でした。VCからの資金調達やピッチイベント等にも積極的に参加し、人材採用の領域で新しいサービスを目指しました。しかし約2年間で累計2億円を投じたものの結果として上手く収益化ができず、事業はサービス停止という結末に至りました。
ーー失敗から得られた学びや、次の「Zキャリア」への転換について、どのように分析されていますか?
中嶋 一つはターゲットの選定や営業戦略の甘さです。大きくしようという思いが先行し、小さく始める重要性を軽視していました。また、ニーズの把握が不十分だったこともありました。とはいえ、失敗の中でも成果はありました。「SCOUTER」の運営を通じて、学歴や職歴を問わない未経験の正社員募集かつ、毎年数百から数千名を採用する企業への紹介実績だけが積み上がっていたことから、今のメインターゲットである未経験×正社員というノンデスク領域の採用ニーズに気づくことができました。
ーー「Zキャリア」の現在の状況についても教えてください。
中嶋 現在、「Zキャリア」はノンデスク領域に特化した採用サービスとして成長しています。外部の人材紹介会社(以降、パートナー紹介会社)向けのプラットフォーム型ビジネスから始まりましたが、現在は当社自らがマッチングの主体となる取り組みも進めています。この1年で自社紹介の割合が大幅に増加し、売上は前年比で2倍以上、直近の年間売上は約20億円を超える規模になるほど、大きな成長を遂げています。今後も、自社とパートナー紹介会社の両面で事業を拡大していく計画です。
ーー「back check」というサービスも非常に興味深いです。参入障壁が高そうですが、このサービスを始めたきっかけを教えてください。
中嶋 転職のプロセス全体を考える中で、採用の透明性や信頼性を高める必要性を感じました。面接だけでは候補者を十分に評価するのが難しいケースも多く、海外では一般的だったバックグラウンドチェックを国内でもデジタル化して提供することが「back check」の始まりです。コンプライアンスチェックとともにリファレンスチェックの重要性が増す中で、一緒に働いた方による客観的な評価を取り入れることは採用の質を向上させる重要なピースとなっています。
ーー上場に至るまでの資金調達についても教えてください。かなり積極的な投資を行われてきた印象がありますが、どのようにファイナンスを考えられていたのでしょうか?
中嶋 人材業界の中で、当社が注力しているノンデスク領域は約6,500億円の市場規模です(※1)。一方で既存の人材紹介サービスでは年収400万円未満、つまりノンデスク領域の求職者向け採用サービスは少ないため競合が少なく、ポジションを築くチャンスでもあります。そのため、利益を追うよりもまずは市場をしっかり押さえることを最優先にしてきました。累計で約40億円の資金調達を行い、その多くを開発費や採用活動における事業拡大に投資しました。今後、事業が成熟していけば黒字化も視野に入りますが、現時点では市場を獲得することが最も合理的だと考えています。
(※1)年間転職者数(約209万人)に対して、国税庁「令和4年分民間給与実態統計調査結果」における年収400万円未満比率(約52.6%)及びZキャリアの平均採用単価(約60万円)を乗じて算出
上場を目指された背景や思い
—— 上場を目指された背景についてですが、スピード感を持って成長していくためには、エクイティを活用して資金を調達し、投資をしていくことが非常に重要だとお考えでしょうか。
中嶋 エクイティで集めた以上、その出口が必要になります。適切なプライシングと次の成長を支えてくれる投資家の方々が各フェーズにいらっしゃいますので、未上場のフェーズでやれることをしっかりやって、成長のドライバーを作り、目指すべき市場が見えてきたタイミングでの上場です。目先の赤字や黒字の議論はありますが、今はそれを置き換えるタイミングですね。
—— 上場をテコにどんな世界観を作っていきたいのか、少し伺えたらと思います。
中嶋 我々は、働く人々の所得を上げることを事業テーマに掲げています。当社の求職者の平均年収は約260万円で、手取りだと約10万円台後半で生活している方々が多く、生活のためのお金に余裕がないことが課題です。所得が上がれば、資格試験を受けることやこれまでできなかった趣味など、新しい消費に回すことができます。
また、年収が300万円未満の30代男性の未婚率は90%以上にのぼるといわれています(※2)。Zキャリアを通じて、所得を上げるきっかけを作り出し、日本経済を良くしていきたいと考えています。
(※2)内閣府「結婚・家族形成に関する調査」
—— 具体的に、御社のサービスを使うことでどのように所得が上がるのか、サービスの概要も含めて伺えればと思います。
中嶋 基本的には人材不足を背景に、規模の大きい企業ほど学歴や職歴、経験を問わず良い条件で採用する求人が増えています。一方で、求職者の多くは「やりたいこと」が明確でない方が半数以上を占めています。そのため求職者は求人検索を使って希望求人を見つけられない問題や、そもそもパソコンを所有していない方が約64%もいることがわかっています(※3)。
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なので履歴書を書く段階でつまずくこともあり、一般的な経験者転職とは異なるところで転職活動を進められなくなってしまう。そこで我々「Zキャリア」が間に入り、キャリアアドバイザーが求職者の「やりたくないこと」や「苦手なこと」を聞き出し、その方々に最適な求人を提案します。それだけではなく書類や面接の仕方も支援することで、高い成約率を実現できております。また非正規雇用から正規雇用に転職するだけで給料が上がり、残業代もしっかり出るし、スキルを身につけることができる職場に転職ができます。加えて、人材不足を背景に基本給も改善されているという市場の変化も追い風となっています。
(※3)Zキャリア登録者のうち42,156名のデータ(2024年4月〜2024年9月)
—— 認知が高まることで競合も増えてくると思いますが、参入障壁や差別化要因についてどのように考えていらっしゃいますか。
中嶋 求職者が集まれば出口=採用ニーズはいくらでもありますし、今後も増え続けるでしょう。我々の調査では「正社員になるためのサービスがない」という回答が約63%(※4)という結果が得られており、この市場にはまだまだチャンスが残されている。したがって先んじて「正社員になるならZキャリア」という第一想起を取ることが最優先の戦略になります。
また、AIを使った面接にも注力しています。求人企業は採用人数が多いため、年間の面接回数は数千回に及びます。「Zキャリア AI面接官」を活用していただくと採用担当者の大幅な工数削減に貢献できます。一方で、当社の求職者層は早く内定が決まった求人に決める傾向があります。そのため採用決定までのスピードはZキャリアのサービスにおいて重要であり、競合に対する大きな差別要因であると考えています。求職者が「Zキャリア AI面接官」を使って、バイトがない土日などの好きなタイミングでスマホで10分話せば面接が終わる体験が好評です。転職活動開始から採用決定まで24時間で完結するという、どこよりも早く採用が決まる世界を目指したいと考えています。
(※4) ノバセル株式会社「非正規雇用者への転職サービスに関するアンケート調査(対象は全国の男女、20-29歳、派遣社員 / パート・アルバイト / 無職、305名)」
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—— 御社が作られたシステムを求人企業が導入し、求職者がAIシステム上で面接を行うということですね。
中嶋 その通りです。求人企業様にツールとして導入していただき、URL一つで選考が完結します。
技術力のある社員が生成AIの技術を活用して取り組んでいます。我々はプラットフォームとして大量の選考データを持っています。当社の場合、1つの求人に対して年間数千件の紹介をしているので、どういう人が受かるか落ちるかのデータが蓄積されているため、選考判断の自動化も人事担当者の判断に近い精度で実現できると考えています。
今後の事業戦略や展望
ーー 今後の事業戦略や展望についてお聞かせください。短期的というよりも、5年、10年という長いスパンで、どのような形を実現していきたいとお考えでしょうか。
中嶋 先ほどお伝えしたように、所得を上げるという軸で領域を広げていこうと思っています。当社の場合、正社員になりたいという形でユーザーが入ってくるわけですが、言い換えればそのニーズは転職だけに限らず、生活コストを下げる、あるいは別の収入を得るということになります。
例えば、住む場所の問題や短期的なお金の問題があります。正社員になるための転職活動がうまくいっても、最初の給料日まで生活するお金の余裕がない方もいます。そのため、非正規雇用から抜け出せないという悪循環が生まれてしまう。当社はどこに入社してどれくらいの定着率があるのかというデータを持っているため、短期的な融資や目先のお金の課題解決も可能になると考えています。他にも携帯代等のコストを下げられる余地が大きかったり、生活コストを改善できるポイントは幅広く存在していることから、採用や転職に限らずやっていきたいと思います。
また、これらのソリューションを用意することは難しくないと思っています。当社で作るか、外部とアライアンスするか、どちらも可能です。どんなビジネスでも集客の原価やマーケティング費がコストとして大きくなるので、追加で提案できるものが増えれば、当社としては既存の集客コストに対して収益性が高まると見ています。前澤さんがカブアンドという形で、光熱費や通信キャリアの分野で事業を横展開しているように、転職という切り口から生活に関するものまで提供できるようになればさらなる成長機会が得られると考えています。
ーー既存のプレイヤーとのアライアンスを強化していくということですね。例えば、アイフルさんのような企業と連携しながら、求職者や会員にサービスを選択してもらうという形ですね。長期的な目標数値や道筋、どんな壁があり、それをどう超えるかについてお聞かせください。
中嶋 HRの事業領域では、少なくとも今の延長で売上約500億円、業界特化などの方法で売上約1000億円を目指せると思います。人材不足が続く中で、それをどれだけ実現できるかが重要です。そこから先は生活水準を上げることに向けて、住む場所や通信などの市場規模が大きい分野を当社の事業領域として広げていきたいと思っています。売上約1000億、利益約100億をしっかり出せる会社に時間をかけてでもしていきたいです。
ーー いつ頃までに達成したいとお考えですか。拙速にならないようにということも考えているのでしょうか。
中嶋 どの時間軸でも良いと考えていますが、全てをオーガニックでやれるわけではないので、M&Aやファイナンスをしっかり活用して進めることが重要です。もちろんなるべく早く達成したいと考えていますが、まずは次の10年で売上約1000億を実現できる基盤を作っていきたいです。
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ーーありがとうございます。利益も100億という話がありましたが、収益性の面ではどうでしょうか。投資しているので、見かけ上は赤字に見えますが、事業単体で見た場合、10パーセントの確保は可能でしょうか、それとも効率化が必要でしょうか。
中嶋 今期(※5)、マス広告に約5億円を投資していますが、それを差し引くと営業利益で約2億、3億程度は出る状況です。Zキャリアを主軸に投資をしつつ、毎年100人以上採用していますが、前年度のQ4は四半期単体としての黒字化も実現しました。また売上成長率は直近2期連続で約70パーセント、今期は計画値でも約50パーセント成長を掲げているので、高成長を実現しながら黒字化も狙っていきたいです。来期以降については具体的な数値計画はまだお伝えできませんが、ご期待に添えるように日々尽力しております。
(※5)2024年9月期時点
ーー今の局面では、売上やマーケットを取ることが資本市場からも大事だと見られていると思います。株価も上がってきていますので、期待されているのだと思います。
中嶋 おっしゃる通りで、早く成果を出したいと思っていますが、早期に止まることの方が問題ですので、しっかり向き合っていきたいと思っています。
今後のファイナンス(調達・投資)計画について
—— 今後のファイナンスの計画についてお伺いします。先ほどM&Aについてもお話がありましたが、どのような領域に、どのような形で投資していきたいのか、またM&Aを実施する場合、どのような領域でシナジーが見込めるとお考えですか。この辺りを伺えればと思います。
中嶋 ファイナンスに関しては、まだ未定です。上場時に調達した金額もありますし、赤字も減少傾向にありますので、成長可能な領域を見つけて、そこに投資していく考えです。M&Aに関しては、基本的には集客力の強化が重要です。各地域や各業界で、正社員を目指すという広い切り口で取り組んでいますが、専門性や地域性のある領域もたくさんあります。そういったバーティカルなものを組み合わせることで、より確実に大きく成長できると思っています。そのようなものを探していきたいと考えています。
ZUU onlineユーザーならびにその他投資家へ一言
—— IRの観点や事業のPR、あるいは経営者としてのメッセージを一言いただければと思います。
中嶋 金融リテラシーの高い皆さんの中では、年収200万円台の生活をイメージしづらいかもしれません。しかし、日本には生活が苦しいと感じている方々が多くいます。たとえば、最近は闇バイトの話題がありますが、悪事を働きたくてやっているのではなく、目先のお金の不安をどうにかしたいという気持ちから出てきていると思います。
「Zキャリア」での支援を通じて景気を良くし、日本経済を回していくことが重要です。金融市場もその影響を受けるので、私たちは所得向上によって社会課題の解決を目指している会社であることを知っていただければと思います。
- 氏名
- 中嶋 汰朗(なかじま たろう)
- 社名
- 株式会社ROXX
- 役職
- 代表取締役社長