共働き、子育て、介護。現代の家庭は、時間に追われる中で日々の食事の準備という大きな課題を抱えている。この問題に対し、冷蔵・週替わり・サブスクリプションという独自のモデルで挑み、急成長を遂げているスタートアップがある。株式会社Antwayだ。彼らが目指すのは、単なる食事宅配サービスではない。「あらゆる家庭から義務をなくす」という壮大なミッションを掲げ、日本の家庭内労働市場の変革、そして「食のユニクロ」として時価総額10兆円企業になるという未来だ。

前島 恵(まえじま けい)── 代表取締役社長CEO
大学院で研究者の道を志すも、社会問題を高速かつ広範に解決できるビジネスの力に魅了され、キャリアチェンジ。2015年、株式会社リクルートホールディングス(現・リクルート)に新卒入社。Webエンジニアとしてキャリアをスタートし、保険・美容領域の新規サービスで開発統括を歴任。2018年よりビジネスサイドへ異動し、新規事業開発を推進。同年11月、株式会社Antwayを創業。

株式会社Antway

「あらゆる家庭から義務をなくす」をミッションに、手作りおかずの宅配サービス「つくりおき.jp」を運営。2020年に東京都心の一部エリアでサービスを開始し、現在は全国46都道府県へと拡大。累計提供食数は2,500万食を突破し、創業5年で売上高約50億円を達成した。家族との時間やキャリア形成など、人生の様々な機会に誰もが前向きに取り組める世界の実現を目指している。

目次

  1. ◼︎ピボットを経てたどり着いた「日常の食事」という巨大市場
  2. ◼︎成長のカギは「データ活用」と「自社工場のリスクテーク」
  3. ◼︎原体験にある「機会の平等」への強い想い
  4. ◼︎次なる挑戦は「海外展開」と「カテゴリー創造」
  5. ◼︎10兆円企業への未来構想

◼︎ピボットを経てたどり着いた「日常の食事」という巨大市場

── 会社を設立されたのは2018年だったとか。

前島氏(以下、敬称略) 2018年11月に会社を設立し、現在の『つくりおき.jp』事業を開始したのが2020年2月です。実は、そこに至るまでの一年半は、海外事例をリサーチしながら別の事業を試すなど、いわゆるピボットを繰り返しながら事業探索をしていました。

現在の事業を開始してからは5年半が経ちますが、2020年2月に東京都内5区からスタートしたサービスは順調に拡大し、今では沖縄を除く日本全国をカバーできるまでになりました。直近では海外進出も進めており、9月にはシンガポール法人を設立し、東南アジアから事業展開を加速させていく計画です。

── フードデリバリーやミールキットなど、類似サービスも多い中で、貴社の強みや競合優位性はどこにあるのでしょうか。

前島 我々の競合優位性は、お客様に見える「表層」の部分と、それを支える「深層」の部分に分けてご説明できます。

まず「表層」の強みですが、私たちはお祝い事などの「ハレの日」ではなく、普段の「ケの日」の食事の大変さを解消するサービスを提供しています。実は5年半前に事業を始めた当初、この領域に特化したサービスはほとんどありませんでした。

食事に手間をかけたくない、でも、できるだけ質の良いものを食べたい。これがお客様の根本的なニーズです。例えば、フードデリバリーサービスは便利ですが、ご家族がいらっしゃる家庭で毎日使うというのは価格の面で厳しいのが現実でしょう。ミールキットなどもありますが、調理に数十分かかってしまい、「手間を削減したい」というニーズに応えきれていません。冷凍のお弁当も、温めに時間がかかったり、冷凍食品を毎日食卓に出すことへの罪悪感があったりと、課題が残ります。

私たちのサービスは、こうした手間や心理的負担を徹底的に排除し、冷蔵で、週替わりの飽きないメニューをサブスクリプションでお届けしています。手づくりよりもクオリティが高く、美味しくて安心できる。この価値を提供することで、「食事をすべてお任せできる」という独自のポジションを確立できました。

── その独自のサービスは、なぜ今まで存在しなかったのでしょうか。

前島 それが競合優位性の「深層」につながります。

「食事は家庭で作るべき」という規範意識が根強かったこと。そのため、最後の調理工程を残すミールキットが主流でした。しかし、「安心で美味しいものなら、作らない方がいい」と考える人が多数いるという実態との間にズレが生じていました。

そして、技術的な難易度が非常に高いことです。冷凍サービスが多いのは、特定の品目を集中して作り、在庫としてストックできるため、オペレーションが比較的簡単だからです。しかし、私たちの「冷蔵・週替わり」でサービスを提供するには消費期限があるため、多品目を一度に、かつ大量に作らなければなりません。さらに、その製造ラインを週ごとに変えていく必要があります。

「多品目」と「大量生産」は、製造業の常識では矛盾する概念です。普通は大量生産のために自動化・大型化を進めると、作れる品目は少なくなります。逆に多品目を作ろうとすれば、人の手が必要になり、量は作れません。

我々はこの矛盾を、自社で工場を設計し、独自のオペレーション、マニュアル、そしてそれを支えるデータとソフトウェアを内製することで乗り越えました。これが、他社には真似できない参入障壁になっています。

◼︎成長のカギは「データ活用」と「自社工場のリスクテーク」

── その独自の製造オペレーションを構築するうえで、大きく成長するきっかけはどこにあったのでしょうか?

前島 やはり、裏側のオペレーション、特に「データ活用」が最大のカギです。

冷蔵で、物量も品目も日々変わり続ける中で、お客様の満足度を高めてLTV(顧客生涯価値)を伸ばしつつ、食材原価や人件費を一定に保ち続けることは非常に困難です。例えば、お客様の満足度を上げようとすれば、普通は原価を上げたり手間をかけたりしますが、それでは利益が出ず、事業の持続性が失われてしまいます。

そこで私たちは、お客様から得られる膨大なデータを活用し、「満足度は高いが、原価は抑えられ、製造の手間もかからないメニューの組み合わせ」を常に算出し続けるデータ分析モデルを構築しました。日々のデータを取得・分析し、製造工程やメニュー開発に反映させる。このデータドリブンな仕組みこそが、我々の事業の心臓部であり、ブレイクスルーの源泉です。

── 自社で工場を立ち上げるなど、そこに至るまでにはご苦労もあったかと思います。

前島 はい、当初は外注を検討し、さまざまな工場に相談したのですが、「冷蔵で週替わり、多品目大量生産は不可能だ」と、ことごとく断られました。それならば、と自社でやることを決意したわけですが、当時の会社の規模からすると、自社工場への投資は本当に大きなリスクでした。

いざ始めてみると、やはり世の中に前例のないオペレーションなので、当初は原価率や人件費などの数値がまったく安定しませんでした。良かれと思って提供したメニューの評価が低かったり。逆にお客様に満足いただけるメニューではあるものの、作るのにものすごく手間がかかってしまったり。

そうした失敗を繰り返しながら、アンケートデータや製造現場のデータを地道に蓄積・分析し、先ほどお話ししたデータ分析モデルを構築していったのです。

◼︎原体験にある「機会の平等」への強い想い

── そもそも、なぜこの「家庭の食事」という領域で事業を立ち上げようと思われたのでしょうか。

前島 それは私の人生のテーマである「機会の平等を実現する」という想いと深く結びついています。

日本は平和に見えますが、まだまだ機会の平等を損なう要素はたくさんあります。その一つが、家庭内に存在する炊事、掃除、育児、介護といった莫大な量の「家事労働」です。これは年間で賃金換算すると140兆円以上になります。特に多くの女性の時間やキャリアの機会を奪っていると考えています。

個人的な話をすると、私の両親も共働きで、小学生のころに父がうつ病を患い、母の家事負担が非常に重かったのです。大変そうな母を見て育ち、家事を手伝うとものすごく喜ばれた経験から、家事労働、特に炊事の大変さは幼心に強く意識していました。

また、前職でソフトウェアエンジニアとして、いわゆるDXの分野に携わっていた経験も大きいです。食品や製造の業界は、IT化や効率化の面でまだまだ改善の余地が大きい。これは裏を返せば、テクノロジーで変革を起こせる巨大なチャンスがあると感じました。自身の志とキャリアが、この事業に結びついた形です。

◼︎次なる挑戦は「海外展開」と「カテゴリー創造」

── 現在、最も関心を寄せているトピックは何でしょうか?

前島 「カテゴリーメイキング」と「海外展開」です。

「食事を全てお任せするサービス」という新しいカテゴリーを確立し、名実ともにNo.1になりたい。そのためのブランディングに、今まさに本格的に動き出しています。

もう一つが海外展開です。まずはシンガポールからアジア圏を中心に攻めていきます。現地調査やパイロットテストを重ねてきましたが、結論から言うと「間違いなく成功する」という手応えを感じています。

── 海外、特に食文化の違いがある中で、なぜそれほどの手応えを感じているのでしょうか?

前島 ベースとして、日本の食のレベルは非常に高く、世界中で日本食ブームが起きています。これは単なるイメージではなく、実数としてアジア圏の日本食レストランの店舗数は年々かなりの勢いで増えています。

ただ、重要なのはここからです。私たちが提供している家庭料理は、現地の感覚からすると厳密な「日本料理」ではなく、「フュージョンフード(多国籍料理)」ととらえられるのです。シンガポールやマレーシアなどの人々は、日常的に外食でさまざまな国の要素が融合した料理を食べています。

つまり、私たちのサービスは「日本人が作った、ハイクオリティなフュージョンフード」として、まったく違和感なく受け入れられる土壌があるのです。日本で培ったこのビジネスモデルは、世界で通用すると確信しています。

◼︎10兆円企業への未来構想

── 組織の課題や、今後の事業展開についても教えてください。

前島 我々の競合優位性は、お客様に見える「表層」の部分と、それを支える「深層」にあります。急成長の過程で、組織の課題も顕在化しました。カルチャーが浸透しないことで、社員が共通の価値観を持ちづらく、結果的に社員の離職が続く時期がありました。その反省から、私を含めた経営陣が全社員の前でオープンに振り返りを行い、オンボーディングの仕組みを整えたり、カルチャーや関係性づくりに意識的に時間を使ったりと、今は組織として非常に良い状態に向かっています。

今後の未来構想として、私たちは「食のユニクロ」になることを目指し、将来的には時価総額10兆円という目標を掲げています。文化や規範を変えるには、それくらいのインパクトが必要だと考えているからです。

そのマイルストーンとして、2033年に売上2000億円の達成を目指しています。やるべきことはシンプルです。

  • より良い商品を作り続けること
  • 再現性高く、大量に作る技術を磨くこと
  • その価値を広く伝え、多くの人に届けること

この三点を徹底的にやり抜く。市場は非常に大きいので、これをやりきれば目標は達成可能だと考えています。そのために、未上場最後のラウンドとなる可能性のあるシリーズDでの資金調達を進め、テレビCMなどのマーケティングや海外展開、そして我々のビジョンに共感してくれるメディア企業などのM&Aも積極的に進めていきます。

私たちの挑戦はまだ始まったばかりです。IPOはあくまでも通過点ですが、日本の家庭、ひいては世界の家庭から「義務」をなくすという大きな挑戦に、ぜひご期待ください。

氏名
前島 恵(まえじま けい)
社名
株式会社Antway
役職
代表取締役社長CEO