この記事は2025年12月1日に配信されたメールマガジン「アンダースロー(ウィークリー):高市政権の経済政策マクロ戦略の解釈」を一部編集し、転載したものです。
目次
アンダースロー(ウィークリー):高市政権の経済政策マクロ戦略の解釈
- 企業の設備投資サイクルをバブル崩壊後の圧倒的高水準まで強く押し上げることで、企業を貯蓄超過から投資超過に転換させ、コストカット型から投資・成長型に移行する。
- 需給ギャップ2%超の高圧経済を実現し、景気回復の実感を、内需・中小企業・地方にまで広げる
- 0%を基準にした低圧経済の経済政策運営を見直し、企業の成長・収益期待を押し上げる。投資は短期的に需要であるため、高圧経済の方針で、需給ギャップの上振れ余地を作ることが重要である。
- 市場原理に過度に依存する新自由主義による効率化の量の成長から、官民連携の成長投資による経済・社会の課題解決の付加価値型成長に、グローバルな経済政策の潮流は変化している。
- PB黒字化目標では、将来の成長と所得を生む成長投資も税収の範囲内に収める必要があるため欠陥がある。成長投資が柔軟にできる財政目標に変更し、社会的割引率も引き下げ、積極財政で潮流の変化に乗る。
- 高圧経済を実現するため、消滅してきたネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)を、官民連携の成長投資と家計支援の財政支出で-5%(GDP比)まで拡大し、経済の膨らむ力と家計に所得が回る力を強くする。
- ネットの資金需要を-5%以内とすることを、フローの財政規律とする。ネットの資金需要-5%と需給ギャップ+2%が、内需拡大による2%台の物価上昇率の安定と整合的である。
- 国債による成長投資は、資産と負債の両建てとなるため、純負債残高GDP比の参照が整合的である。比率の引き下げをストックの財政規律とする。フローとストックの財政規律で、積極財政を責任あるものとする。
- 純債務残高GDP比を、成長の促進によって、国債格付AAA格の50%まで引き下げ、財政健全化を実現する。
- 日銀には、強い経済成長と物価安定の両立を目指したデュアル・マンデートを課す。
図1:企業貯蓄率と設備投資サイクル
図2:企業貯蓄率と設備投資サイクル
出所:内閣府、日銀、クレディ・アグリコル証券)
図3:ネットの国内資金需要(企業貯蓄率+財政収支)
図4:国債格付けと政府の純負債残高GDP比
以下は配信したアンダースローのまとめです
20兆円規模の経済対策の長期金利の上昇が15bp程度なのであれば安いコスト(11月27日)
高市政権は、足元の景気は十分に強くなく、需給ギャップ0%近傍では地方や中小企業まで景気回復の実感が広がらないという現状認識にたっている。「依然として『デフレ・コストカット型経済』から脱し切れておらず、成長に向けた投資拡大と生産性向上を伴う『成長型経済』への移行が道半ばにある」と、21日に閣議決定された総合経済対策の基本的枠組みで記している。また、高市政権は、日本の財政状況が深刻であるとは考えていない。フローである財政収支の赤字はほぼゼロとなり、ストックである純負債残高GDP比はピークの133%から85%まで改善し、加えて企業は、自己資本である株式を除いたネットの負債残高GDP比は-10%と、負債が消滅してしまっている。このように民間で空前の金余りとなっている状況下では、国債という安全資産への需要は根強く、内需拡大によるインフレ圧力も強くなく、長期金利が急騰することは起こり得ない。高市政権下での初めての経済対策である、21.3兆円の財政支出が長期金利に与える押し上げ寄与は限定的であり、マーケットが懸念する財政不安やインフレ懸念による「日本売り」は全く当てはまらない。
日本の長期金利(国債10年金利)のマクロ・フェアバリューは、企業貯蓄率と財政収支を合わせたネットの国内資金需要(対GDP比%、マイナスが強い)、日銀の政策金利(コールレート)、日銀の長期国債買入れ額(対GDP比%)、米国10年国債利回り、緩和的金融政策のコミットメントの強さを表すダミー変数で推計できる。企業と政府の支出をする力であるネットの国内資金需要(マイナスが需要拡大、対GDP比%)が国内のマクロ経済要因、日銀の政策金利であるコールレートと長期国債買入れ額(対GDP比%)が金融政策要因、そして米国債10年金利がグローバルな金利動向の代理変数となる。さらに、政策金利を引下げるコミットメントを強めたマイナス金利政策実施後から、インフレ率を下回る政策金利を維持することで実質の政策金利がマイナスとなっている足元までの期間を緩和的金融政策として捉え、ダミー変数とする(2016年1-3月期以降を1、マイナス金利を解除した2024年4-6月期以降は0.75、追加利上げを行った2025年1-3月期以降と、それ以外の期間は0とする)。なお、一過性のショックなどで長期金利がマクロ・ファンダメンタルズから一時的に大幅に乖離した局面(外れ値)を、アップダミーとダウンダミーというダミー変数(モデルの標準誤差が±1を超えるときに1、それ以外は0)を入れることで取り除き、マクロ・ファンダメンタルズにより適合したフェアーバリューを算出する。
高市政権は、需給ギャップが+2%を十分に超えるまで、積極財政と緩和的金融政策、官民連携の投資・需要の拡大によって、「高圧経済」を目指していく。まずは、政府の投資と家計への支援を含む21.3兆円(一般会計歳出は17.7兆円)の経済対策を実施することで、需給ギャップの上振れを目指す。高市政権の積極財政の方針によって、昨年の一般会計歳出13.9兆円を大きく上回る。ここで注意が必要なのは、投資は長期的には供給能力の拡大であるが、短期的には需要であることだ。需給ギャップの上振れ余地がなければ、官民連携の投資の拡大はできないことになる。投資による需要の拡大によって需給ギャップが上振れても、投資がいずれ供給能力を拡大するため、インフレ圧力が持続的に高騰することはない。
20兆円規模の経済対策で政府の財政赤字が同水準で増加すると仮定すれば、財政赤字はGDP比3.2%分の拡大となる。マクロ・フェアバリューモデルの係数を踏まえれば、経済対策による財政赤字拡大からの10年金利への直接的な押し上げ寄与は+15bp程度となる。高市政権が目指す「高圧経済」では、社会課題解決のため「危機管理投資」と「成長投資」など官民連携で投資を拡大していくことを明確にしており、中長期的なスパンでの投資戦略を示すことで、企業の予見可能性と成長期待を高めることが期待される。直近の2025年4-6月期時点で企業の貯蓄率はGDP比+4.3%と大幅な貯蓄主体であり、官民合計の貯蓄投資バランスであるネットの資金需要は同+3.6%と、国内の資金需要は消滅してしまっている。企業の異常な貯蓄超過(プラスの企業貯蓄率)が示すコストカット型経済から、正常な投資超過(マイナスの企業貯蓄率)に転換することによる成長型経済への移行の足掛かりである、20兆円規模の財政支出で長期金利の押し上げが15bp程度なのであれば、安いコストだといえる。経済対策によって、日本経済が好転することを期待した上昇分を割り引けば尚更安いコストだ。
積極財政の継続で企業貯蓄率が低下に向かえば、ネットの資金需要の拡大で10年金利はさらに押し上げられると考えられるものの、名目成長率3%と整合的なネットの資金需要-5%程度の維持に必要な財政赤字幅はその分、縮小する。その際には、政府の財政赤字や負債残高のみに着目することによる、マーケットの過度な財政不安は払拭されるだろう。なお、日銀の政策金利は100bpの利上げで10年金利を69bp押し上げ、25bpの利上げであれば17bpの押し上げ寄与になることがモデルでは示唆され、今回の20兆円の財政拡大とほぼ同水準である。長期金利の動きに政策金利が与える影響が大きいことを改めて認識すべきだろう。この観点では、高圧経済を掲げる高市政権の下で、日銀は日銀法4条で政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるようコミュニケーションをとることが求められており、明確に内需が拡大するまでは利上げは慎重になることが想定され、今後も長期金利を抑える要因となるだろう。そして、高市政権下での高圧経済により「成長型経済」に完全に移行し、潜在成長率の押し上げとともに中立金利に向けた利上げサイクルの開始が十分に織り込まれる環境となれば、堅調な株式市場と安定的な金利動向は維持されつつ、為替は健全な形で円高方向に向かうことにより、あらゆる資産での「日本買い」が見込まれるだろう。
国債10年金利(%)=0.24 +0.68 コールレート (%)+0.28 米国債10年金利(%)-0.043 ネットの資金需要 (%GDP)-0.024日銀長期国債買入額(年率換算、対GDP比)-0.38緩和的金融政策ダミー +0.49 アップダミー -0.44 ダウンダミー; R2 =0.99(アップ・ダウンダミー修正前R2=0.98)
アベノミクスとは全く違う高市政権の経済政策の方針の全貌(11月28日)
12月21日に、21.3兆円(一般会計歳出17.7兆円)の経済対策が閣議決定された。報道により、経済対策にともなう2025年度の補正予算案が明らかとなった。2025年度の新規国債発行額は11.6兆円の増加となる。本予算と合計した2025年度の新規国債発行額は40.2兆円となり、2024年度の42.1兆円を下回る。補正予算では、2025年度の税収見通しが77.8兆円から80.7兆円へ増加した。7-9月の実質GDPが前期比年率-1.8%とマイナスとなり、トランプ関税の影響による輸出セクターの減速を懸念し、歳出額は膨らんだとみられる。11・12月の鉱工業生産指数も自動車を中心に大きな減産見通しとなっている。
日銀資金循環統計ベースの一般政府の財政収支(4-6月期までの1年間)は-0.8%(GDP比)と、財政状況は大きく改善している。2025年度の税収の実績のトレンドを年度末まで延長すると、2025年度の税収見通しは85.3兆円程度となる。補正予算では、2025年度の新規国債発行額を40兆円程度として、2024年度の額を下回るためにはこれ以上の財政拡大ができないように、税収見通しを下方に調整したと解釈できる。
高市政権の初の経済対策では、個別のメニューだけではなく、「経済の現状認識・課題及び経済対策の基本的枠組み」が含まれる。高市政権の経済政策の方針の全貌としての、日本経済の再生のマクロ戦略が初めて公式に明らかになった文章だ。マクロ戦略として、企業を国内支出の拡大で貯蓄超過から投資超過に回復させ、日本経済をコストカット型から成長型へ移行する。マクロ戦略を実現する戦術がある。需給ギャップ0%でも景気は十分に強くないという認識は、需給ギャップを更に押し上げる「高圧経済」の方針を示している。新自由主義から経済・社会課題の解決を目的とする官民連携の投資拡大の新機軸に、グローバルな経済政策の潮流は変化していることが意識されている。
経済対策では、家計に所得を回すために、企業の賃上げを要請するだけではなく、企業と政府の支出する力を十分に強くすることを明記し、ネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)を十分なマイナスに戻すことを示している。将来の経済成長をもたらす投資の歳出は躊躇しないとし、財源としての国債発行も躊躇しないことを示唆している。そして、日銀には強い経済成長と物価安定の両立の実現を期待し、高市政権では事実上のデュアル・マンデートが課されていることを示す。
高市政権の経済政策の方針は、アベノミクスとは全く違うものだ。そもそも、アベノミクスの大規模な金融緩和に対して、高市政権では金融政策は利上げ方向である。財政政策も、総需要の単純な追加より、成長投資による将来の供給能力の拡大が重視されている。成長戦略も、アベノミクスの新自由主義的なものではなく、経済・社会課題を解決するための官民連携の成長投資の新機軸に変化している。
需給ギャップの上振れによる「高圧経済」は、単純な総需要の追加ではなく、投資が短期的には需要であることによる上振れ余地の確保だ。需給ギャップの上振れ余地がなければ、官民連携の投資の拡大はできないことになる。投資による需要の拡大によって需給ギャップが上振れても、投資がいずれ供給能力を拡大するため、インフレ圧力が持続的に高騰することはない。供給能力の拡大が、インフレと為替相場を安定化させ、国力の源となる。
「強い経済」を実現する総合経済対策
日本と日本人の底力で不安を希望に変える
「経済の現状認識・課題及び経済対策の基本的枠組み」(要旨)
日本経済は依然として「デフレ・コストカット型」から脱し切れておらず、成長に向けた投資拡大と生産性向上を伴う「成長型経済」への移行が道半ばにある。
需給ギャップは0%近傍となったが、景気は十分に強くなく、地方や中小企業まで景気回復の実感はまだ広がっていない。
主要国の経済政策の潮流は、市場原理に過度に依存する新自由主義的発想から、経済・社会課題の解決を目的とする官民連携を強化し、戦略的な国内投資の拡大を通じて国力の増大を目指す新たな時代の政策へと大きく転換している。
日本もこの潮流の変化を的確に捉え、「責任ある積極財政」の下で、「危機管理投資」と「成長投資」を通じて、時代の要請に答える経済運営を力強く進めていく。
大胆かつ戦略的な「危機管理投資」と「成長投資」を進め、「暮らしの安全・安心」を確保するとともに、雇用と所得を増やし、潜在成長率を引き上げ、「強い経済」を実現する必要がある。
様々な社会課題に対して、官民が手を携え、先手を打って取り組む「危機管理投資」を成長戦略の肝とする。
これにより、世界共通の課題解決に資する製品・サービス・インフラを創出し、日本の持続的な成長力と国際的な存在感を高める。
経済政策の目的は、財政規律そのものではなく、国民一人一人の暮らしを豊かにすることにある。
経済財政運営の手段と目的を取り違えることなく、これまでの発想を躊躇なく見直し、経済成長の果実を広く国民に届け、景気の体感温度を確実に高める。
企業と政府の支出する力を十分に強くし、家計に所得が回る力を強くする。
将来の経済成長をもたらす投資をはじめ、足元で必要な政策を果断に実施するための歳出は躊躇せずに行う。
「責任ある積極財政」の下、戦略的に財政出動を行うことによって、国民の暮らしの安全・安心を確保し、所得と消費を押し上げ、経済成長を通じて税収を増やし、成長率の範囲内で債務の伸びを抑制し、結果として政府債務残高GDP比を引き下げる。
日本銀行への期待として、今後の強い経済成長と物価安定の両立の実現に向けて、適切な金融政策運営が行われることが非常に重要である。
政府は、経済成長の果実を広く国民に行き渡らせ、誰もが豊かさを実感し、未来への不安が希望に変わり、安心できる社会の実現を目指す。
図1:需給ギャップ=2%超の高圧経済を目指す
出所:日銀、内閣府、クレディ・アグリコル証券)
図2:ネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)=企業と政府の支出する力
日本経済見通し
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