観光産業は今、かつてないスピードで多様化し、需要の波も大きく揺れ動き、かつてのように“インバウンド頼み”では安定しない局面に入っている。
一方で、多くの地域が共通して抱える課題は変わらず、人材不足、運営コストの上昇、資産の老朽化などに悩まされている。需要があっても稼働率が上がらない施設も少なくない。
こうした状況の中で注目され始めているのが、単なる“省人化”ではなく、ヒトの価値を高め、空間の潜在力を引き出し、地域全体の生産性を底上げする“運営の再設計”である。
だが、多くの企業がDXを掲げながら、ツール導入や外部委託だけに頼り、根本的なオペレーション改革に到達できないまま「DXの罠」に陥っているのも現実だ。
そんな中で、ホテル運営と自社プロダクト開発の両方を手がけ、人・空間・デジタルの設計を一体化させることで収益構造を変えつつあるのが、株式会社SQUEEZEだ。
同社が運営する一部施設では、GOP(営業総利益)が業界水準を上回る70%台を達成するケースもある。それが実現できているのは、単に「人件費を削ろう」とするのではなく、テクノロジーで人がより価値ある仕事に集中できる環境をつくり、空間の収益性と体験価値を同時に引き上げようという運営思想があるからだ。
この“持続可能なホスピタリティ運営モデル”を統括しているのが、2024年に参画した安養寺鉄彦CFO。スタートアップ、上場企業、DX企業の社長経験まで持つ安養寺氏は、「健全に成長角度を上げる」ための仕組みづくりに軸足を置き、“再現性のある運営改善”を提示する。
安養寺氏の提案、そしてSQUEEZEの構想には、ホテル運営を超え、日本のサービス産業全体、あらゆる労働集約産業が抱える課題解決のための示唆に富んでいる──。
なぜ日本のDXは「部分最適」で終わるのか? コンサル丸投げの限界
多くの日本企業が掲げる「DX推進」。しかし、その実態は「デジタル化」の域を出ないことが多い。
安養寺氏は東京大学経済学部卒業後、グリーでは財務・投資・IRマネージャーとしてM&A・アライアンス業務に従事。ContractSでは代表取締役を務め、2024年にSQUEEZE入社、2025年3月には取締役CFOに就任した。日本企業におけるDXの成功と失敗の分かれ道について、安養寺氏はこう分析する。
「DX推進を成功させている企業に共通するのは、経営層が主体的に関与し、組織全体を変革の対象ととらえている点に加え、"聖域なき変革"を実現できるだけの自由度と裁量が推進者に与えられているかどうかに尽きます。部分的な改善で終わるケースでは、その裁量が与えられていないために、変革の範囲が限定的になったり、多くの調整によって骨抜きになったりしてしまうのです」
安養寺氏が指摘するのは、外部パートナーの活用そのものの問題ではなく、「全体像を描き、全体を実際に動かせる存在がいないこと」が変革を難しくする、という構造だ。
「外部のコンサルティング会社やシステムベンダーは、高い専門性を持つ重要なパートナーですが、DXの本質は“業務や価値提供のあり方そのものを見直すこと”にあります。その設計思想は自社の経営戦略と一体でなければなりません。部分的にデジタル化しても、それだけではトランスフォーメーションにはならないのです」
自身の経験を踏まえ、安養寺氏は「変革の主体が内側にあること」の重要性を強調する。
「我々のビジネスモデルは、ホテルオーナー様とのプロフィットシェアで成り立っています。収益が上がらなければ、我々も成果を得られない。だからこそ、オーナー様の利益最大化につながるDXを本気で考え抜き、運営全体を再設計する必要があります。外部の知見も活用しつつ、自社が主体となって“全体最適”をつくることが、持続的な成功を生むと考えています」
SQUEEZEがこの「全体最適」のアプローチを取れる背景には、創業時の特殊な事情がある。同社は2014年の創業当初、民泊運営代行事業からスタートした。当時は民泊向けの既存システムなど存在せず、集客から予約管理、清掃手配、ゲスト対応まで、すべてを自分たちで構築し、回す必要があった。
「ホテル業界は規模が大きいので、清掃は清掃会社、システムはシステム会社といった分業が当たり前です。しかし我々は、民泊というスモールな領域から入ったため、最初からワンストップでやらざるを得なかった。結果として、システム開発から現場のオペレーションまでを垂直統合で手がける独自のケイパビリティ(組織の実行力)が育ったのです」
「縦割り」を壊せ。クラウドがつなぐ「横串型」オペレーションの正体
SQUEEZEが実現している高収益の背景には、単に「固定費を圧縮する」という発想ではなく、人・空間・デジタルの価値を最大化する「運営構造そのものの再設計」がある。
一般的なホテル運営は施設単位で完結する“縦割り”構造だ。総支配人、レベニュー担当、フロント、清掃といった体制が一つの施設ごとに置かれ、稼働が下がっても一定の人件費が発生し、ノウハウも分断される。
SQUEEZEはこの前提を“横割り”に切り替えた。複数施設をまたぎ、役割ごとに最適配置するクラウド型オペレーションである。
「現在、全国で運営する施設に総支配人は置いていません。価格調整や販促といった専門性の高い業務は本部で一括して行い、ゲスト対応もクラウドレセプションが担う。拠点は分散していても、機能は一本化されているのが大きな特徴です」
この“横串運営”を支えているのが、自社開発の運営OS、suitebook(スイートブック)だ。予約・料金・清掃・ゲスト対応といった運営情報はリアルタイムに統合され、離れた場所にいるスタッフでも現場と同じ精度で判断・対応できる。
「suitebookは単なるPMS(注)ではなく、運営の“頭脳”のような存在です。現場の状況が可視化されることで、人が本当に価値を出せる仕事に集中できるようになる。それが結果として生産性を押し上げ、空間の潜在価値も最大化されるのです」
(注)PMS……Property Management System(プロパティ・マネジメント・システム)
たとえば忘れ物対応であれば、従来はフロントが清掃担当に電話をし、確認し、記録し……という非効率なプロセスが発生する。suitebook上では、清掃時の写真・記録・ステータスがログとして残るため、遠隔のサポートチームが即座に状況を把握し、そのまま配送手配まで完結できる。これは“効率化”というよりも、現場の負荷を減らし、人が価値を生む領域にシフトするための仕組みである。
SQUEEZEの強みは、この運営OSと現場が「共進化」していく点にある。社内にエンジニアとオペレーションが同居しており、毎日の運営から出るフィードバックが即座にプロダクトに反映される。
「いわゆるドッグフーディングを、非常に高速で回している状態です。『ここが使いにくい』『こう動けたらもっと効率が上がる』といった声が日々あがり、その日のうちに改善案が出ることも多い。“人が働く現場”と“システムをつくる現場”が同じ会社の中で連動していることで、運営そのものがアップデートされ続けるのです」
この仕組みが評価され、外部チェーンでも採用が広がっている。特に全国でホテルを展開するミナシア(ホテルウィングインターナショナル)は、長年使ってきた外資系システムからsuitebookへの全面切り替えを決断。全37施設のシステム刷新は大規模プロジェクトだったが、現場定着の速さ、教育コストの削減、収益管理の高度化など顕著な成果が出ている。
「ホテル業界は、一度導入したシステムが長く固定化され、環境変化に追随しづらい“ベンダーロックイン”が起きがちです。でも今は、運営スピードも顧客体験も、年単位のプロジェクトでは追いつけない時代。suitebookのように、現場で磨かれながら変化し続ける運営OSが求められていると強く感じます」
埋もれた「宝の山」とグローバルチームの真価
安養寺氏がもう一つ、観光産業の大きなポテンシャルとして挙げるのが「データ活用」だ。
「観光産業は、実はデータ活用において非常に恵まれた業界です。なぜなら、『2ヵ月後に、どこの国の、どんな属性の人が来るか』が事前に分かっているからです。これほど精度の高い未来予測データを持っている業界は他にありません」
しかし、多くのホテルはこの「宝の山」を活かしきれていないという。「予約が入った」という事実を確認するだけで、そこから逆算した戦略を打てていないのが現状だ。
「たとえば、2ヵ月後にファミリー層の予約が急増しているなら、子供向けのイベントを企画したり、近隣のテーマパークと連携したチケット付きプランを販売したりといった手が打てるはずです。データはあるのに、何も手を打っていない。これは非常にもったいないことです」
SQUEEZEでは、これらの予約データをクラウドで一元管理し、AIやデータ分析チームが解析することで、ダイナミックプライシング(変動料金制)の精度を高めている。さらに、そのデータを活用し、街全体での周遊を促すような取り組みも進めている。北海道日本ハムファイターズの新球場「エスコンフィールドHOKKAIDO」内のホテル運営などは、その象徴的な事例だ。
そして、この高度なオペレーションを支えているのが、カンボジアにあるグローバル拠点だ。SQUEEZEは創業初期からカンボジアに拠点を構え、開発チームやカスタマーサポートチームを育成してきた。
「私たちがカンボジアで運営チームを構築しているのは、単なるコスト削減目的のオフショアではありません。カンボジアには観光立国として培われてきた豊かなホスピタリティ文化があり、優秀な人材が多くいます。しかしコロナ以降、国内市場だけではその力を十分に発揮できる機会が限られていました。一方、日本は観光需要はあるのに人材が不足している。この両国のギャップを補完関係として捉え、グローバルに役割を分担しながら運営力を高めていく──それが我々の戦略です」
現在、カンボジアのチームは、日本語を含む多言語でのゲスト対応や、高度なシステム開発を担っている。物理的な距離を超え、クラウド上で一つのチームとして機能するこの体制こそが、SQUEEZEの競争力の源泉であり、日本の労働人口減少社会における一つの解でもある。
「日本のホテルでは、清掃体制の確保が難しい場合に、稼働率をあえて抑える『売り止め』が発生することがあります。本来は稼働させられるはずの客室が運用できない状況は、施設の価値を十分に活かしきれないという点で大きな課題です。我々は、カンボジア拠点や国内の在宅ワーカー、スポットワーカーを柔軟に組み合わせることで、安定的に高い稼働率を維持できる体制を整えています。これにより、運営効率と収益性の改善につながっています」
日本は「観光後進国」ではない。2026年、世界へ
SQUEEZEは今後、どのような未来を描いているのか。安養寺氏に2026年に向けた展望を聞くと、「グローバル」というキーワードが返ってきた。
「すでに海外展開の準備は進めています。社内では当たり前のように英語が飛び交っていますし、海外のホテルチェーンやパートナー企業との協議も始まっています。2026年には、日本で培ったこのDXモデルを、海外のホテルにも展開していくフェーズに入っているでしょう」
安養寺氏は、インタビューの最後に「悔しい」という言葉を口にした。それは、日本がデジタル分野において「後進国」のように扱われる現状に対してだ。
「日本はDXが遅れていると言われますが、本来、日本企業はDXが得意なはずなんです。トップダウンでビジョンを掲げ、現場が高いフォロワーシップで一丸となって改善に取り組む。この『現場力』と『団結力』は日本の強みです。ソニーやパナソニックがかつて世界を席巻したように、正しいリーダーシップとツールがあれば、日本企業は驚くべきスピードで進化できる」
特にホスピタリティ産業において、日本のおもてなしの心(ソフト)と、SQUEEZEのような洗練された運営システム(ハード)が組み合わされば、世界でも勝てる最強のパッケージになる──。安養寺氏はそう確信している。
「海外のホテルシステムを見ると、アップデートが止まっているものも多い。また、職務分掌が明確すぎて、日本のような『三方よし』のチームワークが生まれにくい側面もあります。だからこそ、日本発の、滑らかで美しいDXモデルが世界で評価されるチャンスは大いにある。私は、日本のホスピタリティ産業は、世界をリードする『トップランナー』になれると信じています」
GOP70%という驚異的な数字は、単なる効率化の結果ではない。それは、古い慣習に縛られず、テクノロジーとグローバルな視点でビジネスモデルそのものを再構築した結果だ。
「人手不足だからDX」という守りの姿勢ではなく、「世界で勝つためにDX」という攻めの姿勢へ。SQUEEZEの挑戦は、すべての日本企業に「逆襲のシナリオ」を提示している。