この記事は2025年12月19日に配信されたメールマガジン「アンダースロー:高市政権は日銀に事実上のデュアルマンデートを課している」を一部編集し、転載したものです。

アンダースロー
(画像=years/stock.adobe.com)

目次

  1. シンカー
    1. 米国:企業の価格転嫁余力は低下している
    2. ECB12月理事会: 次の一手が利上げとなることを示唆
  2. 高市政権は日銀に事実上のデュアルマンデートを課している

本年最後のアンダースローです。お読み下さりありがとうございました。日経ヴェリタスのアナリスト調査のご支援をよろしくお願いいたします

シンカー

米国:企業の価格転嫁余力は低下している

米国のCPIは10月分が公表されず、11月のコアCPIは9月比で+0.16%と、低い伸びとなった。2カ月の伸びを年率に直せば+0.96%となる。11月前年比は+2.6%となった(9月同+3.0%)。データ集計の制約があったため幅をもってみる必要はあるものの、利下げ継続の見通しを維持させる結果だったといえる。労働市場の停滞もあり、賃貸市場では空室率の上昇が続いており、家賃の伸びはさらに減速していくとみられる。新型コロナ前の伸び率を下回る可能性もあり、CPIでウェイトの高い「住居」の大きな押し下げ要因となる。

また、インフレを生み出す企業の利益マージンは圧縮されつつあり、緩やかに消費需要が減退していることを示唆している。消費者にさらに価格転嫁を進める余力は限られているとみられる。雇用需要の減退でFRBは引締め度合を弱める利下げを続けているものの、多くのFOMCメンバーは依然インフレの先行きに強く警戒しており、2026年の利下げは25bpのみとなるのがコンセンサスとなっている。現状水準のインフレ率が続けばインフレ期待が押し上げられ、自己実現的にインフレのトレンドが上がってしまうことを懸念するコメントがみられる。

ただ、需要減退を背景とした現実のインフレ率が鈍化していくことを想定すれば、期待インフレ先行で現実のインフレ率が高止まりもしくは加速するリスクは低い。サービス価格鈍化にはラグがありながらも、一部メンバーが懸念するインフレ期待の上方シフトには繋がらないだろう。インフレ率の高止まりが続くためには、何かしらの要因による供給制約か、家計所得を強く支える財政サポートなどが必要だろう。

ECB12月理事会: 次の一手が利上げとなることを示唆

ECBは12月理事会で政策金利の現状維持を決定した。公表された経済見通しでは、GDP成長率およびインフレ率の見通しをともに上方修正した。見通しは幾分楽観的であり、GDP成長率見通しはコンセンサスをやや上回っており、コアインフレ率については概ねコンセンサス並みである。一方で、CACIBのインフレチームの予測はこれを大きく下回っている。

比較的タカ派的なマクロ経済見通しにもかかわらず、ラガルド総裁は可能な限り中立的な姿勢を維持した。ECBは依然として「良いポジション」にあること、また理事会が会合ごとに判断するアプローチ(meeting-by-meeting approach)を堅持する点で全会一致であることを確認した。ただ、マクロ経済見通しの上方修正は、ECBの次の一手が利上げであるとのCACIBの見方を裏付けるものである。(松本賢)

高市政権は日銀に事実上のデュアルマンデートを課している

  • 12月の金融政策決定会合で、日銀は政策金利(無担保コールレートオーバーナイト物)を0.75%に、0.5%から引き上げた(9対0)。1月以来の利上げである。高市政権下でも、来年1月までの日銀の1回の利上げは規定路線であった。政府の利上げ容認は、円安を懸念する財務省中心の動きだとみられる。年末年始の流動性が小さい局面で、円安が大きく進行した場合、財務省は積極的に為替介入をすることになるだろう。円安を抑制する為替介入の前に、日銀に利上げをさせ、為替介入の名目をつくる動きだ。

  • 高市首相、城内経済財政大臣、内閣府は、日銀の前のめりの利上げに消極的な姿勢であるとみられる。高市政権は、「今後の「強い経済成長」と「安定的な物価上昇」の両立の実現に向けて、適切な金融政策運営が行われることは非常に重要である」とし、日銀に事実上のデュアル・マンデートを課した。日銀が、景気に中立的な金利水準を声明文で公表できなかったのは、政府とのコミュニケーションが財務省に偏っていて場当たり的なもので、日本経済再生のマクロ戦略の一環として高市政権の中枢としっかりとしたコミュニケーションが出来ていないことを示している。2026年度の日銀の実質GDP成長率の見通しは+0.7%で、潜在成長率なみでしかなく「強い経済成長」ではない。日銀も、「成長ペースは緩やかなものにとどまる」と判断している。

  • 高市政権は、官民連携の成長投資と「高圧経済」で、企業の国内支出を拡大し、企業を異常な貯蓄超過(プラスの貯蓄率)から正常な投資超過(マイナスの貯蓄率)に回復させ、日本経済をコストカット型から投資・成長型に移行させるマクロ戦略をとっている。この1回の利上げの後、1年間は利上げが止まり、「高圧経済」と「官民連携の成長投資」の政府の経済政策の基本方針を、日銀は支援していくことになる見通しに変更はない。次の利上げは2026年12月となるだろう。2028年には、企業を異常な貯蓄超過(プラスの貯蓄率)から正常な投資超過(マイナスの貯蓄率)に回復させ、日本経済をコストカット型から投資・成長型に移行させることが完了するだろう。2027年に3回、2028年に2回の利上げを経て、ターミナルレートは2.25%となり、実質政策金利は2%の物価安定目標対比でマイナスを脱するだろう。

  • 自民党と国民民主党は所得税の非課税枠「年収の壁」を178万円に引き上げることに正式合意した。基礎控除の上乗せ対象は中間層を含む年収665万円以下となる。今回の合意を経て国民民主党の協力姿勢が強まることで、2026年度の政府予算と特例公債法を通常国会で3月末までに順調に国会を通せる可能性が高まった。夏までの通常国会の後半で、高市政権は追加経済対策を実施し、2026年度の予算を石破色から高市色に変え、6月の骨太の方針(2027年度の予算編成の方針)で積極財政を打ち立てるとみられる。通常国会後半か、秋の臨時国会で、衆議院が解散され、高市政権は政治的求心力を高めようとするとみられる。政治に動きが出ていく中で、日銀の追加利上げが後ずれする理由ともなる。


12月の金融政策決定会合で、日銀は政策金利(無担保コールレートオーバーナイト物)を0.75%に、0.5%から引き上げた(9対0)。1月以来の利上げである。高市政権下でも、来年1月までの日銀の1回の利上げは規定路線であった。この利上げ期待を消してしまえば、ドル・円が円安に大きく振れ、積極財政がやりにくくなるからだ。利上げが12月なのか、1月なのかは、日銀が行儀が良いのかどうかで決まった。日銀は、1月の通常国会冒頭の衆議院解散によって利上げが遅れることを恐れ、12月に駆け込みで利上げを強行する行儀の悪い形となった。政府の利上げ容認は、財務省中心の動きだとみられる。年末年始の流動性が小さい局面で、円安が大きく進行した場合、財務省は積極的に為替介入をすることになるだろう。円安を抑制する為替介入の前に、日銀に利上げをさせ、為替介入の名目をつくる動きだ。

高市首相、城内経済財政大臣、内閣府は、日銀の前のめりの利上げに消極的な姿勢であるとみられる。高市政権は、政府の経済政策の基本方針と整合的な金融政策を求める日銀法第4条を重要視している。政府の経済政策の基本方針は、「高圧経済」と「官民連携の成長投資」である。11月12日の高市政権で初の経済財政諮問会議では、高市首相は植田日銀総裁の前で、「今後の「強い経済成長」と「安定的な物価上昇」の両立の実現に向けて、適切な金融政策運営が行われることは非常に重要である」と発言し、日銀に事実上のデュアル・マンデートを課した。日銀が、植田総裁が示唆していた景気に中立的な金利水準を声明文で公表できなかったのは、政府とのコミュニケーションが財務省に偏っていて場当たり的なもので、日本経済再生のマクロ戦略の一環として高市政権の中枢としっかりとしたコミュニケーションが出来ていないことを示している。

政府は、「需給ギャップは0%近傍となったが、景気は十分に強くなく、地方や中小企業まで景気回復の実感はまだ広がっていない」との認識で、景気を強くする経済対策を決定した。7-9月期の実質GDPは前期比マイナス成長(前期比年率-1.8%から-2.3%に下方修正、4-6月期の同+2.1%を打ち消した)と弱く、2026年度の日銀の実質GDP成長率の見通しは+0.7%で、潜在成長率なみでしかなく「強い経済成長」ではない。日銀も、「成長ペースは緩やかなものにとどまる」と判断している。12月16日に、経済対策の補正予算が国会を通過した直後に、景気を下押しする利上げを、日銀が12月の金融政策決定会合で決定したことは常識的ではない。政府の経済政策の物価高対応と整合的に、利上げによって物価安定を図るというのが日銀の論理とみられるが、利上げで景気を下押して物価を押し下げることは政府の経済政策の基本方針である「高圧経済」と整合的ではない。1月の支店長会議で政府が懸念している地方経済の状況を確認し、展望レポートで、政府の経済政策の効果を検証して、2026年度の実質GDP成長率の見通しを1%程度まで引き上げ、1月に利上げを決定するのが行儀が良い対応だった。

政府と日銀のコミュニケーションは、財務省主導になりすぎ、ぎくしゃくしている。現在、政府は2026年度の政府予算の編成局面にある。成長投資と危機管理投資の戦略分野を中心に増額を目指す試みに政府内で反対する勢力が、日銀の12月の利上げの実施を容認することで増額の阻止を企てている動きが出た可能性がある。2026年度の政府の一般会計予算の歳出は120兆円台との報道があり、名目GDP比では18.4%(120.9兆円の場合)となる。2025年度の当初予算は18.3%と変化はない。6月の石破政権による緊縮的な骨太の方針の影響を2026年度の予算編成が強く受け、日銀の利上げの逆風もあり、高市色を出すことはできなかったようだ。日銀とのコミュニケーションに不安を感じた政府は、来年4月と6月の政策委員会審議員の人事では、利上げに慎重な候補を任命することになるだろう。

日銀資金循環統計では、2025年7-9月期の企業の貯蓄率(GDP%、4QMA)は+3.2%となった。高市政権は、官民連携の成長投資と「高圧経済」で、企業の国内支出を拡大し、企業を異常な貯蓄超過(プラスの貯蓄率)から正常な投資超過(マイナスの貯蓄率)に回復させ、日本経済をコストカット型から投資・成長型に移行させるマクロ戦略をとっている。企業の貯蓄率は、2023年7-9月期から+4%前後で硬直していて、企業の国内支出は十分に増えていない。2024年3月の日銀のマイナス金利政策の解除からの拙速な利上げで、企業が国内投資を抑制してしまっている結果とみられる。この1回の利上げの後、1年間は利上げが止まり、「高圧経済」と「官民連携の成長投資」の政府の経済政策の基本方針を、日銀は支援していくことになる見通しに変更はない。日銀の予想でも、インフレ率は減速する局面にあり、利上げを遅らせるコストは小さいと判断するだろう。次の利上げは2026年12月となるだろう。11月のコアコア消費者物価指数(生鮮食品・エネルギー除く)は、前年同月比+3.0%と、7月の+3.4%のピークから減速してきている。

2028年には、企業を異常な貯蓄超過(プラスの貯蓄率)から正常な投資超過(マイナスの貯蓄率)に回復させ、日本経済をコストカット型から投資・成長型に移行させることが完了するだろう。2027年に3回、2028年に2回の利上げを経て、ターミナルレートは2.25%となり、実質政策金利は2%の物価安定目標対比でマイナスを脱するだろう。自民党と国民民主党は所得税の非課税枠「年収の壁」を178万円に引き上げることに正式合意した。基礎控除の上乗せ対象は中間層を含む年収665万円以下となる。今回の合意を経て国民民主党の協力姿勢が強まることで、2026年度の政府予算と特例公債法を通常国会で3月末までに順調に国会を通せる可能性が高まった。夏までの通常国会の後半で、高市政権は追加経済対策を実施し、2026年度の予算を石破色から高市色に変え、6月の骨太の方針(2027年度の予算編成の方針)で積極財政を打ち立てるとみられる。通常国会後半か、秋の臨時国会で、衆議院が解散され、高市政権は政治的求心力を高めようとするとみられる。政治に動きが出ていく中で、日銀の追加利上げが後ずれする理由ともなる。

図1:企業貯蓄率と需給ギャップ

企業貯蓄率と需給ギャップ
(注:バブル期含む1995年以前の需給ギャップは+5を上乗せ
出所:日銀、内閣府、クレディ・アグリコル証券)

図2:日銀の政策金利

図11:日銀の政策金利
(出所:日銀、総務省、クレディ・アグリコル証券)

図3:日銀の見通し

日銀
(出所:日銀、クレディ・アグリコル証券)

図4:CACIBの見通し(経済対策の効果を織り込む)

CACIB
(出所:クレディ・アグリコル証券)

図5:経済見通し

日本経済見通し
(出所:日銀、内閣府、総務省、Bloomberg、クレディ・アグリコル証券)

図6:米国CPI「賃貸」と空室率

米国CPI「賃貸」と空室率
(出所:BLS、BEA、クレディ・アグリコル証券)

図8:ECBコアインフレ率見通し

ECBコアインフレ率見通し
(出所:ECB、クレディ・アグリコル証券)

図9:ECB預金ファシリティ金利

ECB預金ファシリティ金利
(出所:ECB、Bloomberg、クレディ・アグリコル証券)

会田 卓司
クレディ・アグリコル証券 東京支店 チーフエコノミスト
松本 賢
クレディ・アグリコル証券 マクロストラテジスト

本レポートは、投資判断の参考となる情報提供のみを目的として作成されたものであり、個々の投資家の特定の投資目的、または要望を考慮しているものではありません。また、本レポート中の記載内容、数値、図表等は、本レポート作成時点のものであり、事前の連絡なしに変更される場合があります。なお、本レポートに記載されたいかなる内容も、将来の投資収益を示唆あるいは保証するものではありません。投資に関する最終決定は投資家ご自身の判断と責任でなされるようお願いします。