工場の製造設備・装置に組み込まれる機械部品や備品・消耗品といった生産間接材を製造・EC販売している株式会社ミスミグループ本社。商品の問い合わせは、国内の技術サポート関係だけで、年間約10万件にのぼります。
「時間戦略」に基づき、人手不足に悩む製造業に「時間」という価値を提供し続けるミスミでは、問い合わせの対応時間の短縮を目指し、2025年8月より顧客対応に、生成AIを活用したチャットボットを本格導入しました。
「回答時間9割減」という劇的な改善の背景には、どのような試行錯誤があったのか、膨大な商品数というミスミならではの難しさがある中で、生成AIの正答率を上げるためにどんな工夫をしたのか。株式会社ミスミグループ本社のデジタルサービスモデル開発・ハブ 執行役員の寺田智彦氏と、購買プロセス革新統括 兼 ジェネラルマネジャーの神林健博氏に、コアコンセプト・テクノロジー(CCT)マーケティング部の市川貴浩部長が迫ります。
総合電機メーカーの情報システム部門にて、海外現地法人および国内組織の責任者を歴任。2017年にミスミへ入社後は、IT基盤のクラウド化や情報セキュリティガバナンスの強化を推進。近年はデジタルトランスフォーメーションの推進、AI技術の業務活用に注力。
食品業界にて赤字店舗の立直しや新規モデル店舗の立上げを経験後、ミスミへ入社。日本や中国での営業マネジメントを経て、設計から購買、現場ユーザー向け新サービス開発組織マネジメントを担当。2026年からは購買プロセスに集中した新モデル開発組織の統括として活動。
国内大手ITベンダーで事業企画・マーケティングを担当し事業の黒字化を達成。2016年MBA取得。Japan Business Model Competitionで審査員特別賞受賞。2023年外資系ITソリューションプロバイダーで担当製品の16年ぶり国内出荷No.1を達成。現在CCTでマーケティング責任者として顧客目線の施策を実行中。
目次
膨大な商品数と多様なニーズ、有人対応が直面した「1時間の壁」
市川氏(以下、敬称略):生成AIを活用したチャットボット導入に取り組み始めた最初のきっかけについて、教えてください。
寺田氏(以下、敬称略):2022年11月にChatGPTが世界的に公開され、実際に使ってみたところ「これはいろいろと活用できるのでは」と感じました。最初は社内からの問い合わせ対応に導入したのですが、外部からの問い合わせ対応にも利用できるのではないかと考え、神林さんに相談したのが最初のきっかけです。
市川:生成AIを導入する以前は、顧客からの問い合わせ対応にどのようなご苦労があったのか、感じていた課題などはありましたか。
神林氏(以下、敬称略):当社では、メカニカル部品からエレクトロニクス部品、金型部品など、かなり幅広い商品を取り扱っています。商品数は3,000万点超、1商品の中でもネジの長さや材質などを変更できるものもあるので、組み合わせ商品バリエーションは800垓(1兆の800億倍)もの数にのぼります。加えて、購買から設計、組み立て、さらには保全など、様々な業務を担当している方から問い合わせがあり、さらに内容も、価格に関する質問、納期や在庫に関するもの、仕様や技術的に関する相談など多岐にわたります。多種多様な業種のお客様から、膨大な数の商品に関する、しかも内容が異なるお問い合わせをいただくことから、対応する従業員の知識の獲得が難しく、どうしても回答までに時間がかかっていました。
また、かつてはお客様からの問い合わせに対して対応窓口の部署だけでは確認できない場合、商品事業の部署など他部署にエスカレーションし、さらに当社取り扱いでも製造が他社の場合は、仕入れ先の他社に確認をとる必要があるケースもありました。
5年前の段階では問い合わせから回答するまでの時間が約5時間かかっていたところ、回答内容をナレッジ化するなど努力を重ね、なんとか平均1時間ぐらいまでには短縮できたのですが、それ以上は人間の対応ではどうしても短くすることができませんでした。
お客様の業務を止めないよう、なんとかこの回答時間を早めることができないか、デジタル技術の活用を模索していたというのも、生成AIの導入にチャレンジした背景です。
正答率50%からの脱却。テストユーザー50名超と歩んだ改善の軌跡
市川:生成AIの導入は、最初から問題なく進んだのでしょうか。活用するにあたり、御社ならではのご苦労などがありましたらお伺いできますか。
神林:お伝えしたような有人で対応していたときの難しさが、そのまま生成AI導入の難しさにつながりました。実は、問い合わせは回答品質改善を目的にデータとして蓄積していました。生成AIが参照するデータが豊富にあるため、大丈夫だと思っていたのですが、いざテストをしてみると、問い合わせに対する正答率は50%未満でした。
寺田:最初は、その過去の問い合わせデータを参照するところから始めたのですが、過去の問い合わせは、一部の商品に関する一定範囲の相談に限られてしまいます。そのため、正答率を上げるためにはAIが参照する範囲を広げる必要がある、とスタート時点から感じていました。
市川:どのようなステップで正答率を上げていったのですか。
神林:まず、基礎データの量と質の確保が始めのステップです。そして、二つ目のステップが作業指示の作成、さらに三つ目のステップとして、結果を分析し、基礎データと作業指示を見直す。これを何度も繰り返しました。
基礎データとしては、問い合わせデータベースに過去の問い合わせデータが数十万件、Webカタログの商品情報と技術情報を合わせて、こちらも数十万ありました。これだけ大量のデータがあるのになぜうまくいかないのかを理解するためには、徹底的にユーザー視点に立ち戻る必要があると考えました。そこで、よく問い合わせをいただくお客様にお願いし、50名超の方にテストユーザーとして参加いただきました。問い合わせをいただきAIが回答する、間違っている部分を確認し、正しい答えを返すにはどうしたら良いのかを考えて修正する、というテストを繰り返したんです。
寺田:作業指示の修正も重要でした。人間が時間をかけて確認すると正しい答えを出せるのに、生成AIだと答えられない。その違いはどこにあるのかを探り、例えば人間が見ている情報を生成AIも見に行けるように、生成AIの独特の動きを理解した上で正しく動くように見直していきました。それから、誤回答の原因を探ると、そもそもこちらが入れた過去ログなどのデータが間違っている場合もありました。
特に苦労したのは、答えがわからない質問に対して「わからない」と答えさせることです。実は、生成AIが回答する際、過去の問い合わせ対応のデータベースを利用しているケースは10%ほどしかありません。過去に質問されたことがない新しい質問が日常的に寄せられており、そういう場合はWebの情報などを参照します。よって、Webに情報がないことは答えられないはずなのですが、生成AIは質問者が喜ぶような答えをしてしまう場合があり、エビデンスがないのになんとか回答しようとしてしまうんです。基本的にはエビデンスがあるものを回答するように指示していますが、それを抑制するのが大変でしたね。
市川:最終的に、現在のAIのエンジンの仕組みとしては、どのような構成になったのでしょうか。
寺田:当社のチャットボットでは、一つのAIエンジンだけではなく、「親のAIエンジン」の下に、情報ソースごとに数種類のいわゆる「子どものAIエンジン」がいて、それらが協調して答えを考えて回答するという仕組みになっています。
お客様から問い合わせがあると、まずはその質問の種類を親のAIが判断して、「この質問に対する回答はこことここの情報ソースから取ってきた方がいいだろう」と考え、子どものAIたちにその情報を取ってくるよう指示をします。指示されたAIたちが該当する情報を取ってきて、親はいろいろなソースから集まってきた情報を使ってまた別のAIに回答の作成を指示し、最後は親が回答します。
それぞれ別々のAIエンジンを使っているのですが、新しいモデルも日々登場しており、良さそうなものがあれば都度切り替えているので、今日使っているAIモデルと、明日使っているモデルが異なるということもありますね。
平均回答時間は98%削減の40秒に。劇的なスピードアップがもたらす顧客満足
市川:現在の正答率はどのくらいですか。また、導入の目的だった回答時間は、どの程度短縮できたのでしょうか。
神林:リリース当時の正答率は75%前後でしたが、現在は85%くらいになっています。リリース後も日々の改善を続けており、緩やかではありますが、上がっています。
問い合わせ件数に関してもどんどん増え続けています。先行して2024年11月に技術サポートに関する問い合わせ対応をリリースしたのですが、12月の時点で1日当たり78件だった件数が、今月は今のペースでいくと大体250件ぐらいになります。有人の問い合わせ対応も続けているのですが、もう少したつと、AIによる回答件数が有人の件数を上回るのではないかと思います。
回答時間については、例えば技術サポートに関して言うと、AIによる平均回答時間が約40秒となり、人が対応していたときの1時間から比べると約98%削減することができました。全体でも97〜98%の削減となっており、人手不足に悩む製造業に「時間」という価値を提供するという当社の「時間戦略」においても、大きな貢献につながったと考えています。
市川:問い合わせをするお客様からは、どのような声が寄せられていますか。うれしい反応や今後改善すべき課題につながる意見も含め、主なものを教えてください。
神林:導入前は「否定的な意見が多数寄せられるのでは」と不安を感じていた部分もあるのですが、予想に反してかなりポジティブな反応が多かったですね。特に、回答の仕方に対するお褒めの声をたくさんいただきました。当社のチャットボットでは、結論を先に伝えて、その後に理由などを補足する答え方をしています。最初に結論があるので、忙しい時に助かるとか、なぜそのような回答をしたかというエビデンスもあるので理解しやすいなどの声をいただいています。
一方で、数は少ないながらも、冷たい感じがするとか、AIに対する抵抗感があるという意見もいただきました。お客様からの評価も継続して見ているのですが、現在の満足度は大体75%くらいです。利用数も増えているので、より満足していただけるように改善を続けていきたいと思います。
情報の整備こそがAIの鍵。商品登録から検索まで広がる活用範囲
市川:AIの導入によって、お客様の時間、そしてミスミ様のカスタマーサポートの業務時間、双方で大きな削減効果が出ているわけですね。一方で、現在感じていらっしゃる課題や、これから解決すべき難しい対応などはありますか。
神林:現在WEB公開されている情報は高確率で正しく答えることはできています。しかし、お客様の期待に応えるためには、今は情報がないものに対しても回答できる体制を作らなければなりません。そのためには、教師データとなるWeb情報の拡充や、過去のナレッジの蓄積をさらに進める必要があります。正答率だけでなく、満足度を向上させることが目標です。
また、大きな課題として「設計相談」があります。ミスミは商品販売会社ですので、商品のデータは豊富に持っていますが、それをどう設計に組み込むかという「設計」側の情報は、本来はお客様(設計会社)側にあります。しかし最近では、商品知識だけでなく「どう設計に組み込むべきか」という相談もあり、今後増えていくと予測しています。
市川:その設計に関する相談は、現時点でも発生しているのでしょうか。
神林:全体の1〜2%程度ですが、既に発生しています。若い設計者の方が増え、先輩や同僚に聞くよりも、まずは自分で手軽に解決したいというニーズが高まっているようです。「ミスミなら技術情報も多いし、答えてくれるのではないか」という期待を感じますね。
市川:なるほど。そこでも「担当外です」と断るのではなく、応えていくことを目指されているのですね。
神林:はい。最近ではアクチュエーターやロボットなど、設計技術の要素が強いユニット商品の販売も強化しています。メーカーとしてこれらを扱う以上、設計領域の知識を蓄積していくことは必須だと考えています。
さらにもう一つの課題は「グローバル展開」です。海外のお客様からの問い合わせは、日本に比べて情報が限られているケースが多いんです。
市川:情報の粒度が違うということですか。
神林:そうです。Excelの断片的なデータや、写真1枚だけを送ってきて「これで答えてほしい」といった、非常にラフな問い合わせが目立ちます。こうした画像やファイルベースの問い合わせにどう対応していくかが、今後の強化ポイントだと捉えています。
寺田:技術的な観点では、AIの世界は日進月歩ですので、新しい技術を適宜評価し、効果があるものは速やかに導入するサイクルを継続していきます。
ただ、どれだけAIが賢くなっても、核となるのは「データ」です。AIが答えられないということは、社内に情報がないということ。それをトリガーにして社内情報を増やしていくような、データの整備と技術適用の「両輪」で改善を進めていきたいと考えています。
市川:現在はチャットボットでの活用が中心ですが、今後、ミスミ様の事業領域で生成AIを活用できそうな場面は他にありますか。
寺田:膨大な「製品登録」の自動化です。日々、新しい製品を登録していますが、現在はカタログから仕様を読み取ってデータ化する作業に人力を割いています。これを生成AIに渡し、カタログから必要な項目を自動抽出してデータ化する仕組みを検討しています。
神林:私は「商品検索」への組み込みを考えています。現在のチャットボットという窓口だけでなく、Webサイトの検索ボックスに生成AIを組み込み、より直感的に商品を探せる動線を作りたいですね。
さらに社内活用で言えば、日々の業務の無駄を見つけるようなモニタリングもAIに任せられるかもしれません。お客様に価値ある時間を提供していくためには、我々自身もより付加価値の高い業務へシフトする必要があります。生成AIは、そのための強力な武器になると確信しています。
【関連リンク】
株式会社ミスミグループ本社 https://www.misumi.co.jp/
株式会社コアコンセプト・テクノロジー https://www.cct-inc.co.jp/
(提供:Koto Online)